007 冒険者登録
家にお母さんを1人残して、わたしとお父さんはおじさんたちの元へと向う。
道中、相変わらず通行人は少なく、衛兵が行き交うばかりで、まるで街が寂れてしまったかのように感じられて悲しくなった。
「…………」
「これがお前の護るものだ。よく見ておけ」
お父さんの言葉にわたしは息を呑み、街の様子を目に焼き付けながら歩いた。そうして数分の後、目の前には大きな建物が現れる。
テルドルの建物は大抵が石造りのため灰色だが、この建物は例外的に仄赤いレンガで建てられている。橫に広い建物で、正面には大きな窓ガラスが張られており、内部には逞しい男性たちの姿が見える。
「冒険者ギルド……」
「そうだ」
短く答えるとお父さんはわたしの正面で屈み、目線を合わせて問い掛ける。
「もう後戻りは出来ねえぞ。本当にいいんだな?」
「…………うん……!」
「そうか……」
お父さんは物寂しい目をしながらも立ち上がり、わたしを先導して中に入った。
ギルドは天井の高い建物で、利用者層の割りにオシャレな内装をしている。それは屈強な男性たちが集うこの物々しい空間に、一般の人が入りすいようにという配慮であるという。受付に決まって女性が立っているのもその為だ。
「わあ……」
わたしが久々に訪れるギルドの様子を観察する一方、お父さんは弟子の姿を探していた。
「ええと、ヴァールは……と。お、いたいた」
「え、どこ?」
その視線を追うと、建物に入って右手奥の掲示板の前に大きな背中があった。その隣には中小の背中が並ぶ。
わたしたちが近づくと3人は気付いた。
「あ、師匠――リーベ……お前…………」
おじさんはわたしの目を見据えると、お父さんと同様に覚悟のほどを問うてくる。
「本気なんだな?」
「うん……!」
「……そうか。地獄へようこそ。歓迎するぜ」
そう言って手を差し伸べてくる。それを握り返すと、フェアさんとフロイデさんの方を見る。
「ご迷惑を掛けることもあると思いますけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「…………」
フェアさんはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。その一方でフロイデさんは目を丸くし、驚愕を露わにしていた。
「それで師匠、リーベはどっちにすんだ?」
「どっち?」
なんのことだろう?
「女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ」
それでいいな? と呼び掛けてくる。そこでわたしは会話の意味をようやく理解し頷いた。
「う、うん……」
だが本心では、お父さんと同じ剣士になりたかったが、命が掛かっているのだからと呑み込んだ。しかし一方で自分が魔法を駆使して魔物に対抗する姿を想像すると、自然と胸が高鳴った。
いけないいけない! 遊びじゃないんだから!
かぶりを振って妄念を振り払っていると、フェアさんが名乗り出る。
「では僭越ながら、魔法については私の方からご教示いたしましょう」
「よろしくお願いします」
彼が微笑む一方、その相棒が言う。
「それじゃ、冒険者登録に行くか」
お父さんとおじさんに先導されて、わたしは受付へ向かう。道中、周囲の人々がひそひそと彼女を噂する。
「エルガーさんの娘が冒険者になるってウワサは本当だったのか」
「ああ、これでこの街も安泰だな」
その言葉を耳にして気恥ずかしさを覚えつつも、身に余る期待に息苦しいものを感じていた。
考えるまでもなく、今のわたしにはそんな力はない。それでも――だからこそ頑張らなければならないのだ。街のみんなの希望になるために。
決意を新たに受付にやって来ると、カウンターの向こうでは受付嬢のサリーさんが目を丸くしていた。
「リーベちゃん⁉ まさか……ほんとうに冒険者になるの?」
「はい。これからお世話になります」
わたしが一礼するとサリーさんは慌ただしく一礼し返す。
それから金髪を紺色の制服の襟元でちらちら踊らせながら、親子を交互に見る
「え、エルガーさん。本気なんですか?」
振り向いた先でお父さんが頷くと、サリーさんはようやく現実のことと理解したようだ。
「そ、そうですか……リーベちゃんが…………なんだか、感慨深いです」
不安な目をした彼女だが、わたしが視線を合わせて頷くと納得し、小さく咳払いをして気持ちを切り替える。
「こほん……ご用件は冒険者登録でお間違いないでしょうか?」
「はい、お願いします」
サリーさんはにっこりと微笑むと用紙を取り出した。
「それでは、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
「わかりました」
名前・性別・出身・住所・生年月日・家族構成・学歴・職業歴・冒険者学校卒業の有無などなど、空欄を埋めていく中で分からないところが出てきた。
「この『指導者名』っていうのは?」
「そちらは指導者――つまり師匠となる方のお名前を記入する欄となっています」
サリーさんは言いながらおじさんを見やる。
「ああ。だからそこは、俺の名前で良いんだ」
言われた通りに記入していると、わたしはふと思った。
「新人には必ず師匠がつくんですか?」
「いえ。規則では冒険者学校を卒業していない人に限り、師匠に就いて1年以上の指導を受けなければならない決まりとなっております」
「まあ、学校出てる連中も大抵は師匠に就くがな」
お父さんは苦笑して言う。
それは多分、純粋に生存率を上げるためなのだろうけど……そうなると、冒険者学校を出る意味って……
新たな疑問が芽生える中、おじさんがわたしの手からペンを抜き取る。
「後は俺が書けば良いんだな」
おじさんがペンを走らせると、用紙には昔ディアンさんに見せてもらった『ショドウ』めいた文字が刻まれていった。その手元を観察している間に記入は終わり、それをサリーさんが確認する。
それから彼女は奇妙な見た目をした器具を取り出す。
真ん中には計器があり、その左右には棒状の取っ手が取り付けられている。
わたしが見慣れぬ器具に興味を惹かれていると、サリーさんが説明する。
「こちらは魔力測定器です。魔力量の多寡が冒険者登録に影響することはございませんが、参考までに測定させて頂く決まりとなっております。差し支えがないようでしたら、左右の取っ手を握ってください」
「わかりました」
言われるまま取っ手を握り込むと、続いて力を抜くように言われた。
すると真ん中の計器がグルグルと回り、3周半と少し回転した。
「361と……」
「あの、これって多い方なんですか?」
「いいえ。成人女性の平均が400ほどですので、リーベちゃんはやや魔力が低い傾向にあるみたいですね」
「そんな……」
これから魔法使いになるというのに……
ため息をつくとサリーさんが慌てて付け加える。
「ですが! 成人男性の平均が300ですので、魔法使いとしての適正が高いことに変わりはありません!」
「そ、そうなんですか」
そういえばさっき、お父さんが『女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ』って言っていたのはこのことか。
男女で魔力量の平均が異なることは知っていたが、100も違うのかと感心した……もっとも、その100がどの程度の差なのか、数字以上にはわからないのだが。
「このまま冒険者カードの作成に移らせていただきます。発行までに少々お時間を頂きますので、掛けてお待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
その言葉を最後にわたしたちは受付を離れ、フェアさんたちの元へ戻る。
「どうやら無事に手続きを終えられたようですね」
彼が微笑む一方、お父さんは深い溜め息をつく。
「ああ……終わったな」
わたしは娘として、その様子に申し訳ない思いでいっぱいだったが、陰気に負けてはいけないと自己を奮い立たせる。
わたしは英雄の娘として、みんなの希望にならないといけないんだから!
「あの! わたしも次の冒険に連れて行ってもらえるんですか?」
勢いに任せて言うと、おじさんが苦笑する。
「そう逸んなって。まだ道具とかも準備できてねえんだろ?」
「あ……そうだった」
わたしがあんぐりとすると、おじさんは微笑みながら頭を掻いた。
「たく。そんな無計画じゃあ、先が思いやられるぜ」
おじさんに無計画だと言われるなんて……
わたしが若干の敗北感を抱いていると、彼は仲間の方へ小さな瞳を向ける。
「んで。お前らはなんか良いもん見つけたか?」
その問い掛けにフロイデが短く答えながら依頼書を取り出す。
「これ」
「どれどれ」
つま先立ちになって横から依頼書を覗き込むと、『フライバーンの討伐』とあった。
「ふらいばーん?」
「馬鹿でかいトンボだ。飛んでるだけで暴風を起こす厄介なヤツなんだよ」
「へえ……」
フライパンみたいな名前……
そんなくだらないことを考えている間にも冒険者3人は依頼を受けるため受付へ向かっていった。
お父さんは彼らを見送ることなく娘に言う。
「リーベ。お前が戦うのはああいう化け物連中だってことを、よく頭に入れておくんだぞ?」
「う、うん……!」
意気込んだその時、サリーさんに呼ばれた。冒険者カードが出来たのだ。
わたしはわくわくさせられたが、そればかりではいけないと気を引き締めた。
冒険者カードは特殊な素材で出来ており、金属のように固く、木材のように軽かった。
お父さんはこれに対し、『火で炙ったくらいじゃへたれねえし、水に沈めても問題ねえ』と絶大な信頼を示した。
滑らかな表面には名前や出身などの情報に加え、冒険者等級と識別番号が彫り込まれている。この数字を見た時、わたしはようやく冒険者になれたと実感できた。
「おお……!」
灰白色のそれは、今のわたしにはまるで宝石のように輝いて見えた。
繁々と観察しているとサリーさんが微笑ましげに笑う。
「そちらはギルドで依頼を受ける他、各地での身分証にもなります。肌身離さず、なくさないようにお気を付けください」
なくしてはいけないものなのだと思うと、途端に重たく感じられた。
「わ、わかりました……」
「ふふ、手続きは以上となります。リーベちゃんの活躍を心より応援しています」
優しい言葉に送り出され、受付を離れるとお父さんは嘆くように独り言ちる。
「はあ……これでお前も冒険者か……」
「お父さん……」
わたしの半歩先を歩いていたお父さんは立ち止まり、振り返る。
その顔には苦しそうでありつつも、何処か清々しいものがあった。その感情がどういうものなのか、わたしには分かりそうで分からなかった。
「これからはヴァールの指示をよく聞いて、従うことだ。……いいな?」
「う、うん……おじさんの言う事は絶対だね」
「そうだ」
わしゃわしゃとわたしの頭を撫でると、「次行くぞ」と促した。




