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冒険姫リーベ  作者: 丘引みみず
序章 リーベの罪

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004 星のチョコレート

 しばらくして落ち着くと、わたしは身に着けたままだったエプロンをベッドに脱ぎ捨て、お母さんと共にホールに下りた。


 多数の食卓に椅子が上がっている中、ただ1つだけ、椅子が下りていた。その変わりに食事が載せられていたのだが、何故か2人分しかない。


「あれ? お父さんは?」


座りながら問い掛けると、お母さんは苦々しい顔をした。


「……ギルドに行ったわよ」

「ギルド? こんな朝から?」

「今日は臨時休業だから起こさなかったけど、もうお昼過ぎよ」

「え?」


 壁に掛けられた時計を見やると、短針が右側へ傾きつつあった。


「…………」


 情けない事実にわたしは自分が嫌になった。もしここにお母さんがいなければ、自分の頭をポカポカ殴っていたことだろう。 


「それってやっぱり……」


 気を取り直して問い掛ける。


「ええ……短い間に2度も魔物が来たでしょ? だから騎士団と共同で、今の態勢を見直すから知恵を借りたいって」


 お母さんは妻として夫にギルドと関わって欲しくなかっただろう。だが、それがみんなのためになるならと、我慢しているはずだ。


 わたしはそれと自分を比較して、昨日の自分がどれだけ身勝手だったか思い知った。だがいつまでもクヨクヨはしていられず、気を改めた。


「それより、冷めないうちにいただきましょ?」

「……うん。そうだね――いただきます」


 2人だけの昼食は物寂しく、ひっそりと静まり返った食堂には食器の打つかる音と、雨が街路を叩く音だけが虚しく響いていた。




食事が終わるとお母さんは『今日はゆっくりしてて良いわよ』と言ってくれた。しかし何かをしていないとまた落ち込んでしまいそうで、お母さんといっしょに家事を行うことにした。


 幸い時間はたっぷりとある。だから普段できないところまで徹底的に掃除してやろうと思った。


 掃除をやるときは上からやるのが鉄則であり、2階以上を任されたわたしは屋根裏部屋から取りかかることにした。


 以前はお父さんが収集した魔物の素材が散乱していた屋根裏部屋だが、今や綺麗に片付いている――もっとも、お父さんが捨てがたい品はいくつか残っているが。


 お父さんは片付けはしたが掃除はしていなくて、あちこちにホコリが積もっている。


 これはやりがいがありそうだとわたしは袖を捲った。


「んしょっと」


 移動できるものは部屋から出すと桶に水を張った。はたきでホコリを落としてから、固く絞ったモップで拭き上げていく。


「…………」


掃除とは黙々とこなすものであり、それに従って掃除を進めていたわけだが……やはりというべきか、1人である事を実感すると途端に悲しくなってくる。


「……スーザンさん…………」

 


――☆――☆――



 テルドルの中央区にある冒険者ギルド・テルドル支部。その一室では冒険者ギルドと騎士団の重役が顔をつきあわせて、今回の事件について話し合っている。その中では俺は一般人に過ぎないのだが、冒険者代表として顔を出していた。


 重役たちは煙が好きで、会議室にはもうもうと紫煙が立ち籠めており、誰かが言葉を発する度にくるくると逆巻くのが見える。こんな不健康な環境では、良い話し合いなど出来るわけがない。


 それを証明するかのように会議は紛糾し、責任の押し付け合いへと発展していた。


「…………」


 その様子に俺は辟易しつつも、ひとまず腰を据えて耳を傾ける。


「そもそも! テルドルの近郊に魔物の巣があることを黙認していたからこんな事になったんだ! この怠慢について、どう責任を取るつもりだ!」


 騎士団長が唾をまき散らしながら言うと、ギルドマネージャーが反論する。


「冒険者はただ魔物を倒す職業じゃない! 人間界と自然界。互いが両立できるように最低限、手を加えねばならないのだ! 盗人の巣を取り除くのとはワケが違う!」

「定義に固執するあまり目先の脅威を見逃し、結果被害者が出た。これを怠慢と呼ばずになんと言う!」

「曲解はよしていただこうか! 第一、街の中を護るのは騎士団の務めではないのか? 貴殿の配下らが警邏(けいら)を怠っていたから魔物の襲来に気づけなかったのだ!」

「それは侮辱か! 精強なる我が騎士団において、怠惰な者など一人たりともおらんわ!」


 そうだそうだ、と同意する声が上がる。


「短期間に2度も襲撃をされておきながらどの口が言う!」


 ギルド側からも同様だった。


……残念だが、これがテルドルの守護者たちの現状だ。


 互いに落ち度を認められない……トップの未熟な性質が組織全体の病理となり、今になって表に出てきたのだ。だから遅かれ早かれ、いずれはこうなったのだ。


 俺はフロイデのお陰で娘を喪わずに済んだわけだが……それを実感すると『もしかしたらリーベもいなくなっていたのかもしれない』という可能性に思いが至り、怒りが湧いてきた。


 リーベの為に……街のみんなのために。そしてなにより、犠牲になったスーザンの為に、言うべきことは全部言ってやる!


「黙れ!」


 テーブルを殴り付けると卓上に並んだ四つのグラスが一斉に倒れる。


 隣に並んでいるギルドの役員たちは慌てて膝を拭いだしたが、俺はそれを許さない。立ち上がり、自分に注目を集める――そして、街の人間の意思を伝えるために怒鳴りつける。


「お前ら! 俺たちは今、なんのために会議をしてるんだ!」


 ギルドマネージャーに目を向けると、まごつきながら答える。


「それは……事件の要因となった事柄を洗い出すためで……」

「どうなんだ、騎士団長さんよ?」

「お、同じく……」

「そうか……俺にはどうも、無様に責任を押しつけ合ってる様にしか見えねえんだが? そこら辺、どうなんだよ?」


 そう問い掛けると、一座はむっつりと押し黙った。


「ふざけんな! 俺らが護るべきはなんだ! 椅子か!」


 返事はない。その事実が腹立たしいが、一周回って落ち着いてきた。


「……違うだろ? 俺らが護るべきはテルドルに住むヤツら全員だ。立場は違っても目的は同じはず。それなのになんで、こんな大事なときに手を取り合えねえんだよ」


 俺は一同を見回した。


 重役たちは叱られた子供みたいに憮然と俯いている。


 それが情けなくて……スーザンに申し訳なくて…………俺は怒りも通り越して悲しくなった。目頭が熱くなり、顔を背けると、昨夜のリーベの切実な姿が脳裏に浮かび上がる。


「お前らよりも……俺の娘の方が責任感じてるよ」


 その言葉に一同がハッと振り返ったのがわかった。視線を戻すと、その全ての瞳が純朴な煌めきを帯びていた。


 俺はそこに望みを見出して再度問う。


「…………もう一度聞く。俺たちは今、なんのために会議をしてるんだ?」


 その問い掛けに誰もが立ち上がり、こう言った。


「市民を護るためです!」



――☆――☆――



掃除を終える頃には夕方になっていて、わたしとお母さんは夕食を作りながらお父さんの帰りを待っていた。


「お父さん、遅いね……」

「ええ。お昼も食べてないでしょうし、きっとお腹を空かせているわ」

「会議中、グウグウお腹鳴らしてたりして」


 冗談を言うとお母さんはくすりと笑った。


「代わりにお水でお腹をいっぱいにしてるかもしれないわね?」

「はは! してそう!」


 厨房が賑わう中、ホールでカランとカウベルが鳴る。


「ただいまー!」


 お父さんのやけに元気な声がホールに満ちる。


「おかえりなさい」


 呼び掛けると、彫りの深い顔がカウンター越しに厨房を覗き込んでくる。


「お、リーベ。母ちゃんの手伝いとは関心だな」

「ふふ、お父さんったら。わたしはいつもお手伝いしてるよ?」

「はは! そうだったな!」


 短く笑うと、お父さんは意味深長な目線をお母さんに向ける。


「……そんで、今日はなんだ?」

「今晩はビーフシチューにしようと思います」

「お、久しぶりじゃねえか! こりゃ、食い出があるぜ!」


お父さんは何時にも増して元気だった。それが空元気であるのは、鈍いわたしにもすぐにわかった。

 



 お風呂屋さんから帰ってきて、表の戸を施錠するとお父さんは改まって言う。


「ちょっといいか?」


 ランプに照らされたその顔は険しく歪んでいて、これからどんな言葉が発せられるか、わたしには容易に想像ができた。


 それはまるで猶予を与えるかのようで、気付くとわたしは拳を握りしめて備えていた。


「……隠していても仕方ない。明日になれば自然と耳に入るだろうからな。今のうち言っておく」


 悔しげに前置きを挟むとお父さんは告げる。


「今日の夕方、スーザンが遺体になって帰ってきた。遺体は酷くやられてて、ダルにさえ見せられない状態だった」

「……そう、なんだ」


 スーザンさん……ちょっと前まで、あんなに元気だったのに…………


 涙を堪えていると、お父さんは続ける。


「ウワサするヤツも出てくるだろうが、そういう手合いは相手にしないことだ。いいな?」

「はい……」

「…………うん、わかった」


 そう応じるとわたしは自室に下がった。


 そっとドアを閉めた途端、糸が切れたように力が抜けた。


「…………」


 脱力しつつも、どうにかベッドに辿り着くと倒れるように身を横たえる。


 やっぱり、スーザンさんは死んじゃったんだ……


 実感は湧かないが、お父さんが言うのだから間違いはない。そう。間違いは、ないのだ。


「うう……」


 視界が滲む中、わたしは目の前に今朝、脱ぎ捨てたエプロンがあるのに気付いた。そのポケットは口がたるんでいて内部には昨日もらったチョコレートが見えた。


 わたしはそれに手を伸ばすと頭上に掲げ、しばし見つめていた。赤色のオシャレな包装紙に包まれたそれは薄闇の中、ランプの明かりを受けて星のように煌めいている。


「…………」


 むくりと身を起こし、包装紙を解く。


 中から現れたチョコレートは円柱形で、上部にはブランドのものと思しき紋章が浮かんでいる。まるで封蝋のようだが、これは歴としたお菓子なのだ。


「……スーザンさん…………いただきます……」


 チョコを頬張る。


 スプーンのような滑らかな舌触りのそれは、舌に乗せた瞬間からバターのように溶け始める。あめ玉のように長時間滞在してくれるワケではなく、ほろ苦くも甘い、独特の味を舌に焼き付けて消えてしまった。


「……すごく…………すごく、美味しかったです。ごちそうさまでした」


 わたしは包装紙の皺を伸ばし、丁寧に折りたたんで小物入れに収めた。


次回から冒険者編スタートです。

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