003 悲劇
着替えるために自室に戻ると、暗がりの中、わたしを出迎える者がいた。
ダンクというこのトイプードルのぬいぐるみはくりくりの瞳を煌めかせてわたしを迎えたが、わたしがボロボロなのに気付くと心配そうな色を瞳に宿す。
「ただいま、ダンク」
いつも通り挨拶をしたその時、わたしはふと思った。
もしかしたら……もう二度とダンクに会えなかったのかも……
そう思うとなんだか恐ろしくなってきて、愛犬をギュッと抱きしめた。小さな体に対し大きな頭に鼻先を埋め、その存在を確かめている内、恐怖が再び胸に起こった。
着替えを終え、ホールに下りて来ると、温かく仄かな酸味を纏った良い匂いがした。
「あ、トマト煮だ!」
「あら、わかっちゃった?」
厨房でトマトソースを煮込んでいたお母さんが言う。
「今日はヴァールさんたちもいらしているからね。特別よ?」
「やったあ!」
歓喜した途端、彼女の腹がぐううう……と鳴った。すると配膳を進めていたお父さんが大きな声で笑う。
「ははは! 喜ぶのも程々にしとかねえと、ぶっ倒れちまうぞ?」
「うう……そ、それより! おじさんたちまだ帰って来てないのに、出しちゃって大丈夫なの?」
「ん? ああ、俺の勘だとそろそろ帰って来る頃合いだな――ほら、ウワサをすれば」
「え?」
わたしが振り返ったその時、ドアに嵌められたガラスに大きな陰が映る。直後、カランとカウベルが鳴り響き、おじさんが大きな体をねじ込むようにして入ってくる。
「ただいまー!」
重低音が店内に木霊し、わたしはまるで太鼓の中にいるように感じた。
「おかえりなさい。今日はトマト煮だって」
「なに⁉ こりゃツイてるぜ!」
ジュルリと舌なめずりする彼の脇をすり抜け、フェアさんとフロイデさんがやって来る。
「ただいま戻りました」
「…………た、ただいま?」
「おかえりなさい。もう手続きは終わったんですか?」
「今日はもう遅いので、詳細な報告は明日に見送られました」
フェアさんは柔和に笑むが、直後、心配そうに目尻を落とした。
「先程は聞きそびれてしまいましたが、お怪我はありませんでしたか?」
「あ、はい。わたしは大丈夫です」
「それは良かった」
彼が安堵の息をつく傍ら、わたしは命の恩人に尋ねる。
「フロイデさんこそ、大丈夫でしたか?」
「う、うん。かすり傷だけ、だった」
フロイデさんは坂から転げ落ちて、捻挫とかをしているんじゃないかと心配していたが、それはまったく杞憂だった。ホッと胸を撫で下ろしていると、厨房の方からお父さんの声がする。
「リーベ、お前も手伝ってくれ」
今日は6人もいて、品数も多いのだ。1人では配膳に苦労するだろう。そう思ったわたしは応援に急いで向かおうとする。
「あ、はーい。――それじゃ、席に着いて待っててください」
そう言うと、フロイデさんが1歩、歩み出る。
「ぼ、ぼくも手伝う……よ?」
「ありがとうございます。でも、フロイデさんはお客さんなので」
そう答えると、彼は残念そうに、そして恥ずかしそう俯いた。その様子にわたしは悪いことをした気分になったが、メリハリは大事だ。
「それじゃ、失礼します」
つい接客時の口調になってしまった。
職業病かな?
食卓の上にはトマト煮を筆頭にエーアステ自慢の品々が並んでいて、昼食の時と同様におじさんとフロイデさんがものすごい勢いで飛びつく。
「がつがつ……!」
「もっもっ……!」
2人が一心不乱に掻き込むのを横目に、わたしはフェアさんに尋ねる。
「あの、なんで魔物が街に出たんですか?」
わたしの問い掛けを受け、お父さんが食べる手を止め、弟子に目を向ける。
「それは偏に、エサを取りに来たのでしょう」
人を襲ったのだから当然の答えと言えるが、わたしはどうにも腑に落ちない。
「カラスが狩りをするんですか?」
「ええ。姿はカラスに似ていますが、あれはヘラクレーエという魔物であって、似て非なる存在です。それに、あの巨体を維持するとなると、狩りで大物を仕留めるほうが効率的なんです」
「あ、そっか……」
魔物って意外と奥が深いんだな。
感心しているとお父さんが疑問を呈する。
「だがアイツは人里を襲うようなヤツじゃねえだろ?」
「ええ。ですがこの時期は抱卵期ですので」
「抱卵期……なるほど、そういうことか」
昔お父さんに教わった。
抱卵期とは親鳥が卵を温める期間であり、卵を温めるメスが活動出来ない期間でもある。だからその間オスの鳥はメスの分まで食料を集めようとするために必死なのだ。
「そっか……巣は?」
「報告によると、近郊の断崖にて営巣している様子が観測されています」
フェアさんが予定を読み上げる秘書のように淡々と答えていく傍らで、口下にトマトソースをべったり付けたフロイデさんが補足する。
「……お腹に泥、ついてた」
「なるほどな……だがそうなると、残されたメスが獰猛化するかもしんねえな」
お父さんはスプーンを置き、腕を組んで呻り出す。それは熟考するときの癖なのだ。
そうして話が難解になっていき、わたしはついて行けなくなった。
手持ち無沙汰になってトマト煮を食べ進めていると、お母さんが上辺だけの笑みを貼り付けているのに気付く。その笑みの裏に『食事中にお仕事の話はほどほどにしてください』と書いてあった。
それに気付いてしまった以上、話題を変えないといけない。しかしどう伝えたものかと考えていると、おじさんが口を挟む。
「師匠、アンタはもう引退してるんだから、考えたって仕方ねえだろ?」
言い方は乱暴だったが、その分、明快だった。
「あ、ああ……そうだったな…………」
それまで難しそうな顔をしていたお父さんは考えることをやめるとトマト煮を一口食べた。するとほっこりした顔になって、その様子にわたしは穏やかな気持ちになるのだった。
食後のお茶を愉しみながら他愛もないやり取りをしていると、時計が7時を告げた。
「あ、もうこんな時間か……んしょっと」
おじさんが大きな体を持ち上げると、重量から解放された椅子が小さく軋んだ。
「えー、もう帰っちゃうの!」
「ガキは寝る時間だぞ?」
「ケチ~……それに、まだ冒険のお話を聞いてないよ」
「んなもん、別に今日じゃなくても良いだろ?」
「そうよリーベ。あまりヴァールさんを困らせないの」
お母さんの言葉に「え~」と漏らすと、お父さんが言う。
「そうだぞ。それにヴァールらは街に来たばかりなんだ。疲れも溜まってるだろうよ」
その言葉を肯定するように、フロイデさんが小さく欠伸をする。
「……くぁ~…………」
「ふふ、彼はもう限界のようです。それにリーベさんはお仕事が控えているでしょう?」
フェアさんに言われて思い出した。
明日は食堂の営業日なのだ。燥いでばかりはいられない。
楽しい一時から一転、日常を突きつけられてわたしは仕事が嫌というわけではないが憂鬱になった。
「はは! 明日はきっと、街の連中がうじゃうじゃくるぞ!」
おじさんの言うとおり、平和な街に生きる人々は刺激に飢えている。
今頃、襲われたのがわたしだと知れ渡っているだろうし、事のあらましを聞きだそうと人々が押し寄せて来るのは火を見るより明らかだ。
……明日は忙しくなりそう。
「はあ……」
わたしが深々と溜め息をつく中、おじさんは「うじゃうじゃ~」と愉快そうにはやし立てた。
「まったく、仕方のない人です」
相方の大人げなさにフェアさんは溜め息をつくと、表情を改め、わたしたち一家を見回す。
「せっかくの団欒の日にお邪魔してしまい、どうもすいません」
「いいえ。賑やかな休日になってよかったですよ。ねえ、お父さん?」
「ああ。それにそんな畏まった挨拶するような間柄でもねえだろ?」
すると彼はくすりと、上品に笑んだ。
「ふふ、それもそうですね」
「フロイデくんも、またいつでもいらっしゃいね?」
「う、うん……」
彼は例の仕草ではにかんだ。
「それでは、私たちはこれで失礼致します」
「……ば、バイバイ」
「良い夢見ろよ!」
口々に別れを告げると冒険者3人は宿に帰って行った。
彼らは魔物の状勢が安定するまではテルドルにいるという話だが、お互いに仕事がある以上、会える機会など、あって3回くらいだろう。そう思うと寂しくなってくるが、これ以上憂鬱になってたまるかと持ち直した。
大きく伸びをすると、わたしは提案する。
「お風呂行こ」
「その前に片付けをしないとね」
母に言われてテーブルを見る。そこには生活感漂う皿の海が広がっていた。
「うわ……」
「なあに、3人でやればすぐに終わるさ」
お父さんはそう言ってわたしの背中を叩いた。
「ほら、俺は皿洗い。お前は皿拭きだ。いくぞ」
「は~い……」
お父さんが厨房へ歩みを進める中、お母さんがくすっと笑うのがホールに響いた。
「またのご来店、お待ちしています!」
ランチを凌いだわたしの耳には
『どんな魔物だったの?』
『怖くなかったかい?』
『リーベちゃんが戦ったって本当かい?』
『さすがエルガーさんの娘だ!』
『リーベちゃんも冒険者になればいいのに』
という言葉が焼き付いていた。目を瞑ればそれらが耳朶に蘇るほどに。
最後の客を送り出したわたしの胸には達成感がこみ上げてくるが、すぐさま疲労の奔流に呑まれ、結局、疲れたという感想しか残らなかった。
「はあ……疲れた」
溜め息と共に笑顔を解き、表の札を『準備中』に替えた。そのまま店内に戻ろうとしたが、溌剌とした声に呼び止められる。
「あら、リーベちゃん。随分お疲れみたいね」
振り返ると、そこには武器屋のスーザンさんがいた。
「はい……お店が賑わうのは嬉しいですけど、忙しい日が続くのも困ったものです」
疲れてるから今は勘弁して欲しいと思いつつ答える。
「ははは! そりゃ、贅沢な悩みだねえ!」
全くもってその通りだった。
「まったく、あんたって子は働きもんだねえ。あたしがリーベちゃんくらいの頃なんて、遊び呆けてたよ」
「ほんとうですか?」
「やぁだ! 世辞に決まってんだろ? あははは!」
裏表のない彼女らしいユーモアについ笑ってしまう。肩をひくつかせていると、スーザンさんはポケットを漁った。
「そうだ、リーベちゃんに良いものあげる」
「良いもの?」
ちょいちょいと手招きをされ、歩み寄ると一口で飲み込めそうな小さな包みを握らされた。
「なんだと思う?」
「……飴、ですか?」
「違う違う! これはチョコレートだよ」
「ええ⁉」
チョコレート――通称チョコは外国名産のお菓子であり、国内ではごく僅かしか流通してない高級品だ。それが今、自分の手の中にある。その事実にわたしは驚愕させられた。
「こ、こんな高級品。貰っちゃっていいんですか?」
「いいよいいよ! リーベちゃんはいつも頑張ってるからね」
そう言うとスーザンさんはずいと顔を寄せ、ひそひそと言う。
「数がないから1つしかあげられないよ。エルガーさんに見つからないうちに食っちまいな」
「あ、ありがとうございます。でも、これからお昼なので。お仕事が終わったときの楽しみに取っておきます」
「なんだい! アンタまさか、ショートケーキのイチゴは最後まで取っておくタイプかい?」
「はい。最後の楽しみなんで」
「かーっ! これだから最近の若いのは! あたしゃ、一番最初に食べるどころか、旦那の分まで奪ってやるさ」
「え、ひどい……」
「やぁねっ! 冗談にきまってるだろ? あははは!」
ケタケタと笑いながらスーザンさんは去って行った。
その青空のような果てのない快活さに、わたしは幾らか元気が湧いてきた。
彼女の背を見送ると、チョコをエプロンのポケットに収め、大きく伸びをする。
「ん~~っ……! ふう。よし、午後も頑張ろ!」
今夜はチョコが待っているのだと思えば、どんなに忙しくても乗り切れそうな気がした。
ディナータイムも忙しいが、わたしはチョコを励みに頑張っていた。
「トマト煮とキノコサラダで頼むよ」
オーダーをメモしつつ、「他にご注文はございますか」と言いかけた時だった。
カウベルが鳴らないほどに早く、乱暴にドアが押し開けられた。それに店内にいた誰もがハッと振り向くと、そこには顔を真っ青にした冒険者のバートさんがいた。
ホールで一緒に働いていたお父さんが険しい顔で尋ねる。
「おいバート。どうした、そんな慌て――」
「ぶ、武器屋の……スーザンさんが…………はあ……」
その言葉になにか恐ろしいものを感じたのかお父さんは彼の口を塞ぎ、逼迫した様子でわたしに命じる。
「! 落ち着け。奥で聞くから――リーベ、水を持っきてくれ」
「わ、わかった」
スーザンさんに何が? まさか強盗にでも襲われたんじゃ……
そんな不安に恐々としながらも、水を持って奥へ――
「スーザンさんが…………スーザンさんがヘラクレーエに攫われたんです!」
「………………え」
グラスを落とした。
グラスが割れた。
グラスが割れた音が響いた。
グラスの水が足を濡らした。
視界が揺らぐ。揺らぎ続ける。
視界だけではない。意識が……わたしの心そのものが激しく揺さぶられていく。
スーザンさんが魔物に……
「うそ…………」
スーザンさんが攫われた。ヘラクレーエに……あの大きなカラスに攫われた。エサにする為だ。こんな夜中じゃ、救助隊も動けないし……もうダメだ。
「う、うう……!」
なんで、なんでスーザンさんが襲われなくちゃならないの? あんなに優しくて、楽しい人だったのに……どうして!
「…………なんで」
途方もない悲しみと身が悶えるような苦しみから逃れるべくダンクをギュッと抱きしめる。そうして感情の奔流を凌いでいると、いつかお父さんが言っていたことを思い出す。
『残されたメスが獰猛化するかもしんねえな』
そうだ。わたしがあの魔物を――つがいを倒したからいけなかったんだ。カラスは賢い。倒すまでしなくても逃げたはずだ……いや、実際、逃げようとしていたんだ。でも、わたしが魔法で撃ち墜としたんだ。
「……わたしのせいだ…………」
魔物と戦っていた時、わたしは昂揚していた。魔物と戦うという未知を、楽しんでいたのだ。
その結果がこれだ。親しい人を殺しておきながら、自分はおめおめと生きている。そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
ゴンゴン!
乱暴気味にドアが叩かれる。
しかしとても人に会える心持ちではなかった。ダンクの腹に顔を埋め、誰かが去るのを待つがしかし、気配が動くことなかった。
「リーベ、起きてるか?」
お父さんの声だった。
「…………」
いやだ……今は1人にして…………
そう訴えるように沈黙を貫くと、ガチャリと音を立ててドアが開かれる。すると廊下からひんやりとした空気が流れ込んできて、スカートの裾からはみ出た脚を冷やした。
「飯の用意ができたぞ」
ダンクから顔を離し、横目で見やる。そこではお父さんがドアに背を凭せていて、憂いを含んだ瞳でわたしを見下ろしている。
「……ひとりにして」
「断る」
短く答えると深い溜め息をつき、諭すような、落ち着いた声を発する。
「お前のことだ。自分がヘラクレーエを倒すのに加担したことを悔やんでるんだろ?」
「…………」
「スーザンを襲ったのがアレのつがいだってことは、時期的に考えて間違いない」
「じゃあやっぱり、わたしが……!」
「違う。前も言ったが、それは結果論に過ぎないんだ。魔物が街に侵入したとき、冒険者は迅速にこれを排除しなければならない。そういう決まりがある。フロイデはそれに準じただけだし、それに手を貸したお前も、魔法使いの心得と……なにより自分の良心に従って行動しただけだ。それを咎めていいヤツなんていねえよ。もちろん、お前自身もな」
「……うう…………」
それからしばらく、お互いに言葉を発しないでいた。
澱んだ空気の中、自分のすすり泣く声だけが響く。その虚しい音の連なりはわたしを一層、惨めな思いに突き落としていった。辛くなって再びダンクに顔を埋めた時、お父さんが言う。
「下に行くぞ」
そう言って歩み寄ってくる。
「シェーンが待ってる。だから行こう。な?」
「いや……」
逃れるようにダンクを強く抱きしめると、お父さんは静かに言う。
「リーベ……人の不幸を悲しめるのは優しさだが、それに人を巻き込むな。シェーンだって不安になってるし、その上、お前が引きこもちまったらどうなる?」
お父さんの言いたい事は理解出来た。しかし、現状ではとても応じられなかった。
「……ごめんなさい」
どうにか声を絞り出すと、お父さんは深い溜め息をついた。
「……腹減っても知んねえからな?」
そう言い残して離れていくと、ドアの前で足音がピタリと止まった。
「……それと、明日は臨時休業だとよ。だから、今はゆっくり休め」
その言葉を最後に、お父さんは今度こそわたしの部屋を出て行った。
遠のいていく彼の足音に申し訳なさが募るが、わたしは今、自分のことで手一杯だった。
気が付けば、朝だった。しかし鳥の声は聞こえず、代わりにパタパタと雨が降る音が響いている。僅かに湿気った空気を胸に取り込むと、なんだか物悲しい気分になってきた。
「……スーザンさん」
呟くと、それに呼応するかのようにお腹が間抜けな音を立てた。
「………………最低だ」
親しい人が亡くなったというのに、自分はなんて呑気なのだろう。
そんな自己嫌悪に苛まれていると、ノックする音が響く。コンコンという、温かくて優しい音だ。
「……どうぞ」
入ってきたのはお母さんだった。
白い肌はいつも以上に白く、緑の瞳は儚げに潤んでいる。その様子から満足に睡眠を取れていないことがわかった。そんなお母さんは憔悴した印象を助長するかのように、緩慢な動作で歩み寄ってくる。
「調子はどうかしら?」
「うん……まあ…………」
答え倦ねていると、お母さんは察してくれた。
「そう……でも、ご飯を食べないと、気が滅入ってしまうわよ?」
自分だって辛いだろうにお母さんは気を遣ってくれていた。
その事実にわたしはいい加減、元気を出さないとという気になった……いや、心情なんて関係なくて、昨日は単に疲れていただけなのかもしれない。だがいずれにせよ、今わたしがするべきことは、昨日の非礼を詫び、いつもの生活に戻ることだけだった。
「お母さん……昨日はその、ごめんなさい……」
「リーベ……謝らないで」
お母さんはそっとわたしを抱きしめた。その温もりに身を委ねていると涙腺が緩み、涙が溢れてくる。
「……ごめんなさい……お母さんの気持ちも考えないで…………!」
「良いのよ……辛かったんでしょう」
その言葉と共にトントンと優しく背中を叩かれると抑えていた感情が急速に膨れ上がっていく。
スーザンさんは良き隣人だった。快活で裏表がなく、接していて非常に清々しい気持ちになれる人だった。商売の面でも、刃物関連のことでよく世話になっていた。食堂エーアステがここまで繁盛しているのも、彼女の力添えがあったからに他ならない。
そう。わたしたち一家にとって、スーザンさんは良き隣人であり、友であり、相棒でもあったのだ。
そんな彼女にはもういない。一生会えないのだ。
「う……うわああああん!」




