第3話「王子が、設定より全然ダメだった」
エドガー王子と初めて会ったのは、学院の廊下だった。
私の書いた設定では、エドガーはこういうキャラだった。
クール。知的。言葉少なだが、一言一言が的確で深い。「君は面白いことを言うね」が口癖。眼鏡をかけているが戦闘力は高い。孤独を愛する系男子。
完璧な攻略対象だった。自分で書いておいてなんだが、かなりかっこよく書いたと思う。
その設定を頭に入れて、廊下の角を曲がったら、エドガー王子が壁にもたれて立っていた。
「あ」
王子が私を見た。
眼鏡をかけていた。設定通りだ。髪も設定通りだ。
「君、ヴォルンの友人の……えーと」
(えーと?)
(えーと、ってなに?)
「マリア・ソレンです、殿下」
「そうそう、マリアさん。名前覚えてなくてごめんね」
(謝った)
(しかも「ね」ってつけた)
(設定では「名前など覚えておく必要もない」と冷たく言い放つキャラだったのに)
「いえ、お気になさらず」
「いやー、人の名前が苦手で。困ってるんだよね」
(困ってるんだよね、って)
(王子が「いやー」って言った)
「……そうなんですか」
「そうなんだよー。で、どこか急いでる?」
「いえ、特には」
「じゃあちょっと聞いていい? この廊下、東棟に続いてる?」
(迷子?)
(王子が迷子?)
「……東棟は、あちらです。殿下、この学院は長いのでは」
「二年いるんだけどね、いまだに迷うんだよね」
(二年)
(二年いて迷う)
私は少し目を細めた。
設定では「学院の地図を完璧に把握しており、最短ルートを常に選択する」と書いた。
「ご案内しましょうか」
「助かる! 頼める?」
「どうぞ」
私が歩き出したら、王子が隣をついてきた。
「ありがとう、マリアさん。助かるよ」
「いえ」
「君、ヴォルンの幼なじみだっけ」
「そうです」
「ヴォルンって、どんな子?」
(自分で確認しにいけ、とは言えない)
「明るくて、本が好きで、人に優しい方です」
「そっか。なんか意外だな」
「意外、ですか」
「なんかもっと、高飛車な感じかと思ってた」
(それが私の設定だったんだが)
「全然そんなことないですよ」
「そっかー。今度ちゃんと話してみよう」
(今度ちゃんと話してみようって)
(設定では三話目で婚約していたのに)
東棟の入口まで連れて行ったら、王子が振り返った。
「ありがとう! 助かったよ」
「お役に立てて光栄です」
「また迷ったら頼んでいい?」
(また迷う前提で聞いてくる)
「……どうぞ」
「やったー」
王子が手を振って廊下の奥に消えていった。
私は一人で立ったまま、しばらく動けなかった。
(やったー、って言った)
(設定では無表情で「礼には及ばない」と言うはずだったのに)
(誰、あの人)
◇
──柊詩の手記より。
『エドガー王子、設定と全然違った。迷子で、名前を覚えられなくて、「いやー」とか「やったー」とか言う人だった。私の書いたクール系王子はどこに行ったんだ。どこに行ったんだ』
次話:「ヒロインが、設定より三倍しっかりしていた」




