第4話「ヒロインが、設定より三倍しっかりしていた」
ミアと初めてちゃんと話したのは、食堂だった。
私の書いた設定では、ミアはこういうキャラだった。
天然。ドジ。でも笑顔が可愛くて憎めない。よく転ぶ。食堂ではよそ見をしてスープをこぼす。「あわわ、ごめんなさい」が口癖。みんなが思わず助けたくなる系ヒロイン。
王道だ。自分で書いておいてなんだが、鉄板のヒロイン像だった。
その設定を頭に入れて、食堂に入ったら、ミアが一人で資料を広げて何かを書いていた。
(……勉強してる?)
近づいてみると、学院の授業のノートと、何かの申請書類が混在していた。
(申請書類?)
「あの、ミアさん?」
顔を上げた。
まん丸の目。そばかす。明るい栗色の髪。外見は設定通りだ。
「マリアさん。こんにちは」
「お昼ご飯は……」
「後で食べます。今、奨学金の申請書を仕上げないといけなくて」
(奨学金の申請書)
(設定にはそんな描写なかった)
「……書けそうですか」
「ほぼ終わりました。あとは提出だけ」
「早いですね」
「締め切りの三日前には終わらせる主義なので」
(締め切りの三日前には終わらせる主義)
(設定では「うっかり忘れていてあわわ」とやるはずだったのに)
「……素晴らしいですね」
「そうでもないです。当たり前のことなので」
ミアが資料を整然と片付けた。手際がいい。
「マリアさん、一緒に食べませんか」
「あ、はい」
二人でトレーを取って席に戻った。
ミアがスープを運んだ。こぼさなかった。
(こぼさなかった)
(設定では必ずこぼす)
「ミアさん、足元には気をつけて」
「え? 大丈夫ですよ、段差はないので」
「……そうですね」
ミアが少し首を傾けた。
「よく転ぶと思われてますか」
「え」
「最初から、足元を気にしてくださってるので」
「……少し、そう思っていました」
「たまに言われるんです。天然そうって。でも別にそんなことなくて」
「そうなんですか」
「はい。地方出身だから、おっとりして見えるのかもしれません。でも、実家が農家なので、足腰はしっかりしてます」
(農家だから足腰がしっかりしている)
(そんな設定、私は書いていない)
「……たくましいですね」
「そうですか?」ミアが少し笑った。「マリアさんは面白い人ですね」
「面白いですか」
「はい。よく観察してる感じがして。物書きみたいな目をしてます」
(物書きみたいな目)
(なんで分かるんだ)
「……よく言われます」
「そうですか」ミアがスープを一口飲んだ。「この学院、なかなか大変ですよね。貴族社会のルール、地方出身には難しくて」
「困ったことがあれば言ってください」
「本当ですか? 助かります」
ミアがにこりと笑った。
設定の「守ってあげたくなる笑顔」ではなかった。どちらかというと「頼れる同僚の笑顔」だった。
(設定と全然違う)
(でも、なんか好きかもしれない)
◇
──柊詩の手記より。
『ミア、設定と全然違った。天然どころか、締め切りを三日前に終わらせる人だった。スープもこぼさなかった。足腰がたくましいらしい。私の書いたふわふわヒロインはどこに行ったんだ』
次話:「唯一、設定通りだった人」




