第2話「悪役令嬢が、設定より全然いい人だった」
レイア・ヴォルンと初めて会ったのは、王都到着の翌日だった。
私の書いた設定では、レイアはこういうキャラだった。
冷酷。高飛車。笑顔が計算されている。ヒロインを見ると目が細くなる。「あら、随分と地味な方ですこと」が口癖。
完璧な悪役令嬢だ。自分で言うのもなんだが、よく書けていたと思う。
その設定を頭に叩き込んで、私はレイアの部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
入ったら、レイアが窓辺に座って本を読んでいた。
顔を上げた瞬間、にっこり笑った。
「マリア! 来てくれたの、嬉しい」
(え)
「元気だった? 馬車の旅、疲れたでしょう。お茶、用意させるわね」
(え?)
「ねえ聞いて、昨日読み終えた本がすごく面白くて。マリアも好きそうだと思って取っておいたの」
(ちょっと待って)
(これ、誰?)
私は固まったまま、レイアを見た。
艶やかな黒髪、切れ長の目、整った顔立ち。外見は設定通りだ。
でも笑顔が違う。設定では計算された笑みのはずだった。今の笑顔は、普通に、素直に、嬉しそうだった。
「マリア? どうしたの、顔色が悪い」
「あ、いえ……ちょっと、驚いて」
「何に?」
「……レイア様が、とても機嫌が良さそうで」
「機嫌はいつもいいわよ」
(いつもいい)
(設定では「常に不機嫌そうで近寄りがたい」と書いたのに)
「そうですね……」
「座って、お茶飲みましょう」
促されてソファに座った。侍女がお茶を持ってきた。
レイアが本を差し出した。
「これ、読んでみて。主人公が最初は孤独なんだけど、少しずつ……」
(好きな本の話をするのが好き、という設定は合ってる)
(でも、雰囲気が全然違う)
「レイア様」
「何?」
「最近、ヒロイン……ミア様とは、どのようなお付き合いを?」
レイアが少し考えた。
「ミアちゃん? この前、図書室で一緒に本を読んだわ。あの子、読書が好きなのよ。意外でしょう」
(意外というか)
(仲いいの?)
(設定ではミアをいじめるはずだったのに)
「……仲がよろしいのですね」
「よくはないわ、まだ知り合ったばかりだもの。でも、嫌いじゃない」
(嫌いじゃない)
(それだけで、もう設定と違う)
私はお茶を飲みながら、静かに考えた。
(なぜ違うんだ)
(私が書いたレイアは、こんなに素直な人じゃなかった)
「マリア、また考え込んでる」
「そうですか?」
「いつもそういう顔をするのよね。昔から」
(昔から、か)
マリアとレイアは幼なじみという設定だった。それは合っている。
「レイア様、一つ聞いていいですか」
「何でも」
「ヒロイン……ミア様を、最初に見たとき、どう思いましたか」
レイアが少し首を傾けた。
「どう、って……普通の子だと思ったわ。少し緊張してたけど、目が真っ直ぐで、悪い子じゃないなと」
(普通の子)
(目が真っ直ぐ)
(「生意気な平民が」とはならなかったのか)
「……そうですか」
「なんでそんなことを聞くの?」
「なんとなく」
「変なマリア」
レイアが笑った。
(設定と、全然違う)
私はお茶を一口飲んで、心の中でそっとつぶやいた。
(ごめんレイア、私が書いた設定、全部間違いだったみたい)
◇
──柊詩の手記より。
『レイア・ヴォルン、設定と全然違った。いい人だった。私が書いた悪役令嬢はどこに行ったんだ。でも、こっちの方が好きかもしれない。複雑』
次話:「王子が、設定より全然ダメだった」




