第92話 スリーイヤーズレイター
リゼの店は今日も大繁盛だ。ゆるふわのロングをひっつめ髪にした美人が切り盛りしている。先代のリゼはギルドの酒場食堂のシェフと再婚し、彼女に店を譲って引っ越してしまった。リゼが去り、今はもうモルガナもエミリオもいないこの店。
しかし変わらぬ味とオーナーシェフの美貌で大人気。今もあの頃と何も変わっていない。
「あら、フロレッタ。久しぶりね」
入ってきた友人に笑顔を向けるのは、この店の女主人、カレンデュラだ。
3年前のあの日、ラフカは全てを話してくれた。王妃が黒い魔女の呪いを受けていること。その呪いの進行を止めるためにロイヤルイクリプスが活動している事。そしてロイヤルイクリプスが協力を求めた冒険者がレガリナ率いるブレイブソードだったこと。
「黒い魔女の呪いってなんなのよ!」
問い詰めるカレンデュラにラフカは苦しそうに言った。
「分からないが今も王妃は高熱にうなされっぱなしで意識も混濁している。白い魔女様に言われた素材を集めてそれを使って白い魔女様が呪いの進行を止めて下さっていたのだ」
黒い魔女の呪いを白い魔女が止めていたという。その防御魔法の触媒集めを協力してくれていたのがカレンデュラの姉、レガリナとそのパーティ。
「あの日、白い魔女様が供給した触媒は魚竜の瞳。ブレイブソードはその任務に失敗した」
魚竜は海の中にいる。陸とは勝手が違う。レガリナやライゼン、エミリオ擁するパーティであってもそれは変わらない。ブレイブソードは2人の死者を出し、敗退した。レガリナは引退とパーティの解散を決め、サブリーダーのライゼンと共に王宮に挨拶に来たのだ。
エクリプスの主頭、ゼイロは怒り狂い、レガリナに迫った。苦しむ王妃の寝室に彼女を連れ行き、魚竜の代わりにお前の目を寄越せと。そしてレガリナは応じた。白い魔女が王妃とレガリナの左目を交換したのだという。
そしてブレイブソードは解散せずにその後もエクリプスへの協力を続けることになる。
しかしそれ以降、レガリナに狂気が宿る。ある時、ゼイロが誘い出され、誘い出された先で斬殺された。調査に当たったラフカは調査の先で容疑者に行き当たる。それがレガリナだった。
「姉さんがそんなことするわけない」
「ああ、僕もそう思う。でもレガリナさんが言ったんだ。私が殺した、と。レガリナさんは左眼の移植で呪いを宿していた。知っているだろう、彼女は眼帯と前髪でそれを隠していた」
ある時からレガリナは左目を眼帯で覆い、その上から伸ばした前髪を被せるようになった。
「それがどうしたというのよ」
「レガリナさんは毎晩悪夢と高熱に苛まれ、いつしか正気を維持できなくなっていたんだ」
「それで、殺したの?」
「レガリナさんは恋人であるライゼンに頼んだ。殺して、と。レガリナさんはモンスターになりかけていた。その兆候には肉体にも顕れていたんだ」
「う、ウソよ……」
「ウソじゃない。失敗したとき、二人を始末するよう依頼を受けたのがボクだ」
「そんなこと、信じられないよ」
無理のない話だ。簡単に受け入れることなど出来ようはずがない。
「きっとそれは本当よ」
それまで黙っていたモルガナが不意に言った。
「さっきの、見たでしょう?あの光を受け取った時、私はジゼルから彼女の記憶の一部を受け取ったのよ。白い魔女の助手をジゼルがしていた。その記憶があるわ。フィルモア鉱山の利権絡みで国境付近を荒らしながら、王都では魔女の助手もしていたのよ」
「そ、それこそ、信じられない。じゃあ、ジゼルは姉さんを殺した共犯者でもあるの?」
「いいえ、お姉さんの件には直接かかわっていない。ただ、ジゼルは人間と魔物の融合の研究に関わっていた。王妃はその実験に使われたのよ。そして白い魔女はそれを成功させ、人魔融合の象徴として王妃を利用するつもりだった。失敗したけどね」
全ての黒幕は白い魔女なのだ。
「それが本当なら、真の仇は白い魔女……!」
「その通りよ。でも彼女はもうこの世にいない。だって黒い魔女が殺したから。ジゼルも知らない事実よ」
「え……。今までの話ってジゼルの記憶でしょ?」
「……。ラフカ、あなたたちは白い魔女が死んだ後も悪事を重ねた。ウィチカートと共に」
「ああ、選定されたプリースト、プリーステスは怪物化する王妃への生贄だ。王妃の怪物化の進行を妨げることが出来る。だが今回、ジゼルはウィチカートと共に解呪を試みた」
ジゼルは先日、モルガナと共にオズワルド公爵の解呪に成功している。魔力の増大したウィチカートと共になら成功の見込みがあったのかもしれない。そして魔力が戻り改心したウィチカートはジゼルの提案に乗った。
「ボクには何が何だかわからなかった。二人は共調魔法で解呪を試み、ジゼルは魂を吸い取られたように見えた。一方で大司祭は怪物化した王妃の攻撃を受けて死んだのだ」
ラフカが二人の最後を語った。多分ウソはないのだろう。
ジゼルは魂を吸おうとして逆に取り込まれた。だから外傷はない。ウィチカートは身体を上下半分にされている。
王妃は今のベッドの上だ。攻撃すれば反撃してくるが、何もしなければ王妃の方から攻撃してくることもない。
今回、王妃は反撃したに過ぎない。
「モルガナ。まだ聞いていないんだけど」
帰り道、星の下の石畳。振り返ったカレンデュラが不意に言った。
今までの話ってジゼルの記憶でしょ?
その問いにモルガナはまだ、答えていない。




