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第88話 大司祭の資質

 白い魔女に目通りが叶ったあの日から、もう30年以上も経つのだ。月日の速さを知るとともにどこか切ない感傷が胸を浸す。

 胸中にあるのは首からぶら下げた小さな聖人像。30年の月日が見た目にも滲む。


「ウィチカート。よくここまで来たね。望みはなんだい?」

「は、はい、魔女様。宮廷にお仕えする機会を得たく、ご助力を仰ぎに参りました」

「はっは。その程度のことでここまで来たのかい?まあ、ここまでこれた実力なら、何も心配はないだろうけどねえ」

 白い魔女は笑った。年齢不詳。でも老人には見えない。むしろ若い。本人ではないのではとさえ思った。見た目は40代くらいか?


「けど、まあ、保険を掛けるのも悪くない。念には念を、だ。ウィチカートよ。王城の北側の城壁の中に隠された祠があるのを知ってるかい?」

「い、いえ」

「そりゃ知らない前提で言ってるんだからいいんだけど。それでね。その祠に祀られた聖人像を持ってきてくれるかい?」

 祠とは言うが、それは壁に凹凸を作り、そこに聖人像を納めることが出来るようにしたスペースのことだ。そのスペースは強固な長方形の枠で囲まれ、その枠がごく小さな聖堂をなしている。


「は、はあ…。しかしどうやって?」

「そんくらい、自分で考えな。と言いたいところだけど、これを貸してやろう」

 見せられたのはロイヤルガードの鎧だ。

「……」

 ロイヤルガードは只の警備兵ではないし、王立騎士団とも別の組織だ。だから王立騎士団長でも彼らに命令を下す権限はない。警備兵と騎士団はパスできるかもしれない。だがロイヤルガードの人数は多くない。別のロイヤルガードと遭遇すれば一発でばれる。

「運試しだよ。やってみな」


 重い鎧を布で覆って背負い、王宮へ向かう主城門を前にウィチカートは途方に暮れた。王都と外部を隔てる城門の他に市民の居住区であるしないと城を隔てる主城門があるのだ。ロイヤルガードの持ち場を知っているわけではないが、多分王宮の最も奥の方だろう。こんな王宮の手前付近を歩いているはずがない。かといってこんなものを背負って王宮の奥まで行くのは無理だ。


 いや、待てよ。ウィチカートは一旦王宮の前から下がり、街中で商人風の衣服を調達し、それに着替えた。

「さ、どいてくれ。急ぎの用件だ。俺を通さないと後が面倒だぞ」

 商人風の格好で、布で覆わずに直にロイヤルガードの鎧を背負ったウィチカートが主城門の門番の前を通り過ぎる。


 鎧を納品しにきた商人のように見える。もちろんそれが狙いだ。さらにウィチカートは魔法で偽造した入場許可書を持っていた。そしての内郭の城壁の出入り口を目指す。王城はまず堀があって、その堀に添うように第一の城壁外郭がある。その内側に市民の住む市内があり、市内の中央にまた第二の城壁内郭で囲まれた王宮があるのだ。


 王宮もまたさらに城壁に囲まれているが、それは今回関係がない。内郭から外郭に行くルートを使うのだ。ウィチカートはいい感じの藪をみつけ、陽が暮れるまでそこに隠れることにした。今日の雲の具合なら、夜には雨が降り出すだろう。


 強い雨の中、ギラリと鈍く光るロイヤルガード。堂々と王城の城壁を巡回する。何度か兵士とすれ違ったが、手に持ったハルバートを振って進路を開けるように無言の圧をかけると兵士たちは必要以上に道を空けてウィチカートを通すのだった。


 鎧の中でぜえぜえと荒い息を吐き、汗だくになっているが気取られてはいけない。どこかで稲光が瞬くと、ロイヤルガードの鎧はそれを反射し一層威圧を強め、逆に中のウィチカートは一層縮こまった。だって鎧は高い通電性を有する伝導体が素材だから。恐怖でもう、気を失いそうだ。


「なんて奴だ……」

 背後の方で城壁守衛の声が漏れる。彼らが不自然なほど大袈裟にロイヤルガードの進む道を開けるのには理由がある。ヒエラルキーと威圧感ゆえではない。こっちに来られたらそれだけで脚も竦むというものだ。歩く避雷針に、誰もが道を譲るのだ。


 ウィチカートは白い魔女に聞いた場所まで来ると重い鎧を脱ぎ捨てロープを体に括り付けた。雨がいよいよ強い。

「くっそ、これ滑るんじゃねえか、すげえ滑りそうだ」

 ロープを使い壁を伝って少し降りたところに祠は設置されているはずだ。目視では反り返った城壁のオーバーハングに妨げられてそれらしきものが確認できない。


 とはいえ行くしかないのだ。行って確認する。だが雨水の伝う石壁は以下にも滑りそうだ。ここまでは雨に救われてきた。そして、ここからは雨に妨げられる。

 だとして、戻る道など無い。



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