第68話 コバルトセージの道端で、ネズミたちは星を仰ぐ
「花瓶が空です」
明確に言い切ったのはレベッカだ。
「その通り。花瓶は空にしたままでは良い運気を吸ってしまうと言います。よって調度品の飾りとして花瓶だけを飾るのは適切ではありません」
そうなのか。
モルガナは感心した。
「そこで皆さんでこの花瓶を飾り付けてください。必要なことはここにいるカイが案内しますので、都度聞くなり依頼するなり、彼女を上手に使って。では始めて」
アガサが開始を宣言したところでリーダーシップを発揮したのがレベッカだ。カイに花を摘める場所を聞き、一同でそこに向かう。
レベッカは生花を使った装飾の技術を教育してもらったことがあるようで、彼女の指示に従って回廊に沿って並ぶ花瓶を埋めていくと、回廊は色とりどり、華やかなその雰囲気は、咲き誇る花の間を歩いているかのようだった。
モルガナだけが違和感を覚えていた。
「さすがレベッカ」
「これならアガサさまもご満足なさるわ」
口々にレベッカをほめたたえる一同。
しかしレベッカはモルガナの表情が曇っているのに気付いた。なぜかと言えばレベッカはモルガナを意識しているからだ。
「どうしたの?モルガナさん」
「ええと……。それって正解じゃない気がする」
「へえ?他に何が?」
「多分、これかな?」
モルガナの手には一房のコバルトセージ。それは青い小さな花。地味だ。
しかしその様子を見ていたカイの表情が変わる。
だが令嬢たちはカイの表情の変化に気付かない。それは違うよとか、地味すぎるとか口々に言っている。だがレベッカがその声を制した。
「た、確かに……。正門からここに来るまで、ずっとこの青が続いていた。一貫性という意味では、こっちが正しいのかも。みんな、ごめん。わたし、モルガナさんの意見に賛成します。一緒に変えてくださる?」
10人は一斉に花瓶の中身を取り換えていく。その様子に不審な点があった。
モルガナの動きだ。
なぜか飾られた絵画の一部を上下反転して逆さにしている。カイはそのことに気付いた。
こ、この娘、なにしているの……!?ああ、でも今は口を挟めない!
やがて見習い10人は部屋に戻るよう言われ、装飾の様子を戻ってきたアガサたちが見て回った。
「見事ね……。今年の見習いはかなり優秀みたい。でもこれは?」
青はナショナルカラー。王宮はその部分で一貫性がある。そこに気付いた点は見事。だが絵がおかしい。
「は、はい。モルガナが一人で逆さにしていたんです。ですが、全ての花瓶をコバルトセージだけにするよう提案したのもモルガナです」
「ほお……。ではこれは……、あ!」
アガサが慌てて道を開けたのは向こうから先君の妃、上太后が歩いてきたからだ。
「アガサさん、これはまた懐かしい風景ですね、この回廊」
上太后がそう言った。
「お、恐れ入ります……。す、少し手違いがありまして、直ちに改めます」
「あら、どうして?」
「一部絵の位置が……」
「ふうん。そうですか、アガサさんじゃないのね。という事は……侍女見習いたちが来ているそうですけど、今年はその中に凄いのがいるのね」
上太后の口ぶりからこれが正解であることがうかがい知れる。だが不敬を恐れるあまり、答え併せまでは聞けず、上太后は先を行ってしまった。
そこへ警備をしていたラフカがやってくる。
「アガサ様、この回廊ですが、大昔は星の回廊と呼ばれていたそうです」
絵を見るとどの絵にも大体星が描かれている。星そのものがテーマになっているものもあれば、背景が星空のもの。コミカルなネズミの絵もあり、そのネズミをテーマにしたものだけが逆さだ。
「ネズミね……。不浄だから逆さに?」
「いえ、この回廊の名を知らずとも、我が国の象徴が何であるかを知ってさえいれば、気づくかもしれません」
アガサの問いにラフカが答えた。
「あっ!」
アガサが声を上げた。
カイがすかさず尋ねる。
「アガサさま、何か分かったのですか?」
「逆さになっている絵は何の絵?」
「えーと、ネズミですね」
「一匹じゃないわ」
「マウスの複数、マイス?」
「いえそっちじゃなくて」
そこまで言ってカイもシュリーもはっと顔を上げた。ラフカが微笑んで通り過ぎていく。
ネズミたち=Rats
Ratsを逆さにしてStar
Star=星
星はこの国の象徴だ。
実のところ、モルガナは黒い魔女だった頃に見たことがあったというに過ぎない。コバルトセージが並ぶ花瓶、逆さネズミの絵。逆さネズミは象徴を語る際のユーモアだ。その意味を知ってか知らずか、でも確かにこうなっていた。単にかつて見たものを再現したのだ。再現したに過ぎないのだ。だが彼女はこの件で過大評価されていく。
現在のところ、ダントツ一位。
報告を受けたリーヴも満足そうだ。モルガナはこの場において過大評価されている。しかし彼女の本質の一部は当代魔王。魔王であるという本質さえ彼女の一部に過ぎない。全てを表すに十分ではない。
過大評価。だがどれほど過大評価されてるように見えても、その評価は実態に及ばない。




