表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

お姫様(草薙彦一視点)


本編から移しました!




〔いいか、そこ動くな!〕



 居場所を問われて答えれば、怒鳴り声に似た大声を飛ばされプツリと電話が切れた。

道場に入ったばかりの草薙は、仁からの妙な電話に首を傾げつつも足元に携帯電話を置いて、制服のまま手にした弓矢を構える。


「なんか怒ってたなぁ……」


 おれなにしたっけ。

ほんの少し思い返してみたが、怒られるようなことをした覚えがない。

 草薙は後回しにして、全神経を的へと向けて集中した。

他の雑念を振り払うため。

ちらついてしまう想い人の姿も頭から追い払い、気を沈めて深呼吸をして、そして息を止めた。

放てば風を切り、矢はど真ん中に突き刺さる。

草薙は深く息を吐いた。

 もう一度、矢を添えてゆっくりと構えをして狙いを定める。

後ろで仁が来た気配を感じたが、振り返ることなく集中をした。

雑念を振り払うために、ここに来たのだから。

 仁も狙いを定める。

草薙がその矢を放つその前を見計らって、口を開いた。


「好きな人がいるんだって?」


 仁の言葉に彼女の姿が思い浮かんでしまい、動揺が走って手放してしまった矢は、的に届くことなく地面に突き刺さる。


「……なんだよ、いきなり。急に話しかけちゃビックリするじゃん」


 草薙は苦笑を浮かべて仁を振り返った。

地面に突き刺さった矢を見て、仁は確信する。百発百中を誇る草薙が動揺しているのだ。

やはり、いる。


「俺に相談しないのは、どういうことだ? ん? 反抗期か?」

「反抗期って……元々おれ、先生に恋愛相談したことないじゃん」

「だからって俺に話さず光也に話すのは……ちょっとショックなんだが?」

「あはは……まー確かに。光にぃってば口軽すぎ」


 弓を弄り落ち着きなさを見せる草薙に、白衣を揺らして仁は歩み寄る。

情報源は後藤かと、草薙は肩を竦めた。


「…………お前、か弱い女の子がタイプなんだってな。初めて聞いたぞ」


 草薙の横に立ち、仁は確認する。

草薙は仁はもう相手の予想はついていることに気付いた。


「……光にぃに話した?」

「いや、話してない」

「ならよかった。絶対にバレたくないや、ちょっかい出すし」


 後藤にも相手を知られたのかと一瞬焦ったが、草薙は胸を撫で下ろす。

肯定だ。

相手は、間違いなく彼女。


「なに深刻な顔してるの、仁先生。悪いこと?」

「……いや……悪いわけじゃないさ」


 しかめる仁を草薙は笑う。

仁は草薙を応援できず、申し訳なく思っていた。

何せ彼女には草薙ではない想い人がいる。


「安心してよ、おれはとっくに白旗上げてるんだから」


 草薙は心配させまいと、いつものように爽やかに笑って見せた。

しかしすぐに笑みは薄くなり、力なく肩を下げる。


「……なんでそう……ヒーローみたいにタイミングよく、仁先生はかっこよく現れるのかな」


 ほんの少しだけ悲しげな薄い笑みを浮かべて、草薙は観念して白状することにした。



†††


 守ってあげなきゃ、そう思うくらいか弱いお姫様みたいな女の子に、昔から惹かれる。

それは多分、王子様みたいにかっこいい人達がおれの周りにいたからだろう。

女の子に優しくて、強くて、おれはそんな人達になりたくて、それで自然と好きなタイプがか弱いお姫様になった。

 一目惚れって、好きなタイプの人にするものだと誰かが言ってた。

仁先生だったかな。

 保健室のベッドの上で初めて言葉を交わした女子生徒は、本当にか弱い容姿だった。

やられたらやり返すだとか、いじめられているのに一人で立ち向かおうとする女の子って、一体どんな強気な一年生なんだろうってカーテンを捲ったら予想外。

 宮崎音恋は、何にも染まらないような綺麗な長い長い黒髪を持っていた。肌は真逆とも言える病的な白さで、黒髪がそれを強調している。

一個下と思えないくらい、身長が小さくて、顔が小さくて、目を離してはいけないと思うくらいのか弱さに庇護欲が沸いた。

 例えその子が、純血の吸血鬼のお気に入りだとしても。

おれは一目惚れをしてしまって、自分のランチであるパンを差し出した。

 おれの名前を知ってくれていたことにドキドキした。

声もか細くって、"一人で大丈夫"と言われても全然大丈夫だなんて思えなかったから、放っておけなかった。

 彼女の親友の姫宮桜子に彼女のことを聞き出して、犯人を知らないかそれとなく探ったら、その子にも、どうやらそれを見ていたクラスメイトの橙空海にも気があるとバレた。

昔から恋愛関係は仁先生にも相談することはなかったから、周りには言わずに音恋を口説こうと思った。

同じく口説き落とそうとする吸血鬼もいるし。

 でも、音恋は全然おれに靡かなかった。

冷静沈着で常に無表情な彼女を、笑顔にすることも赤面させることも出来なかった。

 口説くって、どうやるんだっけ。

仁先生や兄貴分の光にぃは、女の子を褒めて言い寄ってた。

だから音恋のことを、いつも褒めた。

 天然たらしだとよく言われる。

おれにはそんな自覚はない。

ただ思ったことを口にしてしまうだけだ。

ほんの少しだけ、誇張した言葉を使っているけど、その言葉は仁先生や光にぃが女の子に向けた優しい言葉なんだから、悪いものじゃない。

 そんな優しく誇張した言葉は、音恋に全然届かなかった。

いつも淡々と受け流される。

音恋は、なかなか振り向いてくれないお姫様だった。

 好きな子の心を揺らせなかったのに、いつの間にか音恋の親友の桜子を振り向かせてしまったらしい。

正直、困った。

音恋は親友想いだ。

おれに振り向かない要因になってしまった。

橙がますますおれを嫌う要因でもある。

 おれはただ、誰のことも傷付けず、誰の気分を害さず、皆と仲良くなりたいだけで、今までおれの言葉はそれを叶えてくれていたのに。

 ちょっと、だけ。

うんざりしてしまった。

自分の口から飛び出す言葉達に。

本当に好きな子の心に届かない希薄な言葉達に。

 身動きしづらいと感じていた頃。

音恋が、吸血鬼に拐われた。

その吸血鬼を狩るつもりで全身全霊で放った矢は、音恋を守れた。

無事音恋を救出できたあとは、集中力が切れて死んだように眠った翌朝もぼんやりしてしまった。

音恋が無事で、心の底から安堵したせい。

 音恋を吸血鬼から遠ざけようと放った矢は、百二十パーセントの力だっただろう。

嗚呼、本当に音恋が好きなんだな、って改めて思った。



 吸血鬼に拉致されて、学園の裏事情を知った音恋が関係者になり、生徒会と風紀委員で音恋と桜子の監視はどうするかと会議していた時。

モンスターとハンターだからなのか、どうも衝突ばかりするから、きっと時間がかかると思ったけど音恋が両方を選び丸く納めた。

音恋が、生徒会と風紀委員の仲を取り持っているように思えた。

心底、音恋に惹かれてしまう。

 未だに笑ってくれないけど、もうこれ以上素敵な子なんていないんじゃないかって思うくらい魅力的。

もうこれ以上好きな子とは、出会えないじゃないかって思うくらい魅了された。

 好きで好きでしょうがない音恋のために、桜子の男性恐怖症を治してやろうと思った。

そうすればきっと。

音恋が笑ってくれる気がしたから。

おれに笑いかけてくれる気がした。

音恋の笑顔見たさに、桜子の男性恐怖症を治そうと躍起になった。

 桜子の気持ちは、後回し。

男性恐怖症を治したあとに橙が桜子にアプローチすれば、きっと振り向く気がした。

橙の桜子への想いは、おれの希薄な言葉なんかよりずっと心に響くはずだから。

 おれの想いも、音恋に届けて振り向かせる。

そう決めた矢先。


 最初に音恋を笑顔にしたのは、おれなんかじゃなく――――…黒巣だった。


黒巣が音恋を笑わせていた。

それを見て、振り向いてくれないお姫様が向いているのは、黒巣なのかと焦った。

急いで桜子の男性恐怖症を治そうと頑張ってみたけど空回り。

音恋の笑顔を初めて見た日の夜。

キャンプファイヤーを囲って皆でダンスは楽しかった。

音恋がずっと笑顔で、皆が楽しそうで、おれも嬉しかった。

生徒会も風紀委員も、笑い声を上げて炎の光を浴びて踊った。

 ふと、テラスにいる黒巣が、音恋を真っ直ぐに見つめていることに気付いた。

疲れきってぐったりしていても、音恋だけを真っ直ぐに見つめている。

 とあることを思い出した。

仁先生が去年あたり、理事長の孫である黒巣も恋をしているからおれ達も恋愛を楽しめと、そんなことを言っていた。

黒巣は、去年から音恋を想っている?

それじゃ――――…おれは敵わないじゃないか。

うっすら、敗北を感じた。



 それから、音恋と黒巣が二人でいるところをよく見掛けるようになって、失恋した気分を味わった。

音恋におれの想いは届かない。

音恋が想っているのは黒巣だ。

 それを感じても、そう簡単には音恋への気持ちが片付けられなくて、ついつい花火の時に見とれていた音恋の写真を撮った。

誤魔化すように他の人達の写真も撮って、携帯電話の中に音恋の写真を納めた。

それを音恋に見られたのだけれど、音恋がおれの想いに気付くことなんてなかった。

 また音恋が吸血鬼に傷付けられそうになって、黒巣より先に立ち向かったけど力になれなかった。

黒巣もあとから飛び出して音恋を守ろうとしたけど、やっぱり吸血鬼にサシで勝てるわけなく殺されかけた。

音恋は、自分の命を張って守ろうとした。

 カッコ悪い。

痛め付けられたおれはベッドでそう思った。おれより黒巣は重傷だったけど音恋を心配させまいと隠し通した。

おれ、カッコ悪い。

 黒巣に勝てない。

黒巣に敵わない。

そう痛感しても、やっぱり音恋が好きだった。

 音恋に頼まれて、武器の扱いを教えてやることにした。

音恋と二人きりになれるから。

そんな下心があるから、おれの想いは希薄で届かないのかな。

 黒巣には敵わない。勝てやしない。

それに黒巣ならきっと音恋に相応しいと思う。

長く想っているし、音恋を笑わせてあげられてるし、本当にいつも音恋を見ているし、音恋を一番守りたがっていると思うし。

何より、おれの想いは届かないから。

だからおれは、身を引こう。

 そう決めたのだけれど、音恋と黒巣は付き合っていない。想いも打ち明けてもいないようだった。

 だからついつい、スキンシップをしてしまう。

身を引こうと決めても、まだ音恋が好きだから。

二人きりが嬉しくて、音恋に触れることができて嬉しかったんだ。


「…………黒巣くんには、他に好きな人がいるからです」

「うっそだー」

「嘘をついても仕方ないかと……」

「ええー」


 音恋は打ち明けない理由は、黒巣に他に好きな人がいるからだと言った。

そんなはずはないと思ったけど、音恋は信じていた。


「その子、誰?」

「さぁ。いるってことだけは聞きました、黒巣くんから直接。とても長く想っているそうです」

「……ふぅん」


 ピン、ときた。

黒巣が中途半端に話して、音恋は自分だと気付いていないだけだ。

黒巣が長く想っているのは、多分音恋一人だ。

そうじゃなきゃ、おれは納得できねーよ。


「だから……私は、身を引こうと思っているんです。黒巣くんを惑わしたくないから」


 黒巣に好きな人がもう一人いると思い込んでいる音恋は、身を引くと言う。

勘違いだろうけど、音恋は黒巣のためにも身を引こうとする。

傷付けないように、苦しめないように、惑わさないように、邪魔にならないように、身を引こうとする。


「…………その気持ち、わかる」


 よく、わかる。よく、わかった。

本当に、音恋はいい子だな。


「おれも好きな子に、好きな人がいて告白できなかった経験あるよ」

「そうなのですか?」

「うん」


 目を丸める音恋のことだよ。

おれは笑ってしまいそうになりながらも頷く。


「その子が想っているから、その恋を応援して身を引きたい気持ち、すっごーいわかるよ。なんかさ、自分よりそっちを想ってるとさ、悲しくなるけど……好きな子が幸せになると思うと応援できるよな」


 音恋も黒巣を想っているから、その恋を応援して身を引く。

おれの想いが全然届かないし、音恋がおれではなく黒巣を想っていることは、こうして聞いているだけでも正直悲しいし痛い。

でもおれはそれを隠し通す。どうやらおれは、嘘が上手いらしい。


「本音は……結ばれたいと願っていますけどね」

「ああ、本音はね」


 こっそりと、音恋のことを言っているのに届かない。

届けるつもりはないけど、ちょっと残念に思う。

 本音は、結ばれてしまいたい。

結ばれたい。

音恋と黒巣の仲を拗らせて、音恋を抱き締めて想いを伝えたいけど。

そんなおれなんかきっと、好きになってくれないよな。

 おれは身を引く。音恋の恋がちゃんと実るように、黒巣に探りを入れることを約束した。

そのあとそれとなく音恋から告白するように背中を押そうとしたら「草薙先輩は、告白したのですか? その方に」と音恋に問われて動揺した。

危うくその動揺で音恋にバレそうになったけど、おれの経験話は随分前の話だと解釈した音恋は気付かない。

おれは、しないよ。

君の邪魔になっちゃうじゃん。

 すぐに黒巣に探りを入れてみれば、やっぱり音恋の勘違い。

黒巣は音恋だけを想っている。

だから黒巣に教えてやろうと思った。音恋が勘違いしてしまっていること。

誤解をといて告白するように背中を押してやろうとしたけど、遊ぶ約束はキャンセルされてしまった。

 二度目の音恋の特訓で、音恋が諦めると言い出した。

音恋は、寂しそうに悲しそうに俯いて身を引くと言う。

なにがあったかはわからなかったけど、その選択は間違っている。

誤解さえとければ、その恋は実るじゃないか。

幸せになれるじゃないか。


「音恋。絶対に黒巣は音恋を選ぶ。選ぶから、選んでくれるから…………――――だから、音恋の気持ちを伝えてやれよ」


 ほんの一瞬だけ、黒巣への想いを断ち切ればおれを想ってくれるんじゃないかって、揺らいだ。

でもそんなおれを、音恋が好きになってくれるはずはない。

 すれ違ってしまっても、通じあえば、この二人は幸せになるはずだ。

互いの想いは深いから。


「初めて音恋が好きになった人じゃん。命を賭けるくらい大切な人じゃん。本音では結ばれたい人じゃん。黒巣を選ぶって伝えようぜ、音恋。おれが保証する。黒巣に選ばれるのは、他にはいないってくらい素敵な可愛いお姫様の音恋だって」


 だからおれは泣いてしまいそうなお姫様に精一杯笑って見せた。

おれを振り向いてくれない素敵で可愛いお姫様が、深く深く想っている黒巣がどうしようもなく羨ましいって気持ちを圧し殺して告白を促した。




 音恋と黒巣は喧嘩したらしくでも告白を促した夜に仲直りしたらしい。

タイミング悪く、東間紫織さんと光にぃが来てしまって、告白は暫く出来ないだろうと思っていたけど、音恋が呼び出してきて報告した。


「誕生日に、話したいことがあると言ってくれたので……恐らく」


 音恋の誕生日に、話があると黒巣に言われたらしい。

その話は十中八九、告白だ。

 ほんのりと、音恋の頬に赤みが出る。

少し嬉しそうで、おれも嬉しくなった。


「よかったじゃん! 絶対に音恋が選ばれるって言ったじゃん! よかったな!」


 音恋の頭を撫でながら、嬉しさとは違う感情を必死に圧し殺す。

今はただ、音恋を祝福しよう。


「だから、その……もう、相手のこと知ろうとしなくてもいいですよね。草薙先輩も調べなくていいですと、お伝えしたくて」

「しっかし、誕生日って一ヶ月先じゃん。そんな先でいいのか? アイツが他の子に揺らいじゃったらどうすんの?」


 別に報告なんていらなかったのに、どんな想いで協力しているか微塵も気付いてくれないことに悲しくなり、つい意地悪なことを言ってしまった。

音恋が不安げに眉毛を下げて悲しげな顔をしたから、慌てて取り消す。


「嘘、嘘嘘、冗談だって! 音恋が世界一可愛いから、そんなのあり得ないって!」


 心の底から思っている言葉は、やっぱり音恋の心に響かない。

本当に音恋が、世界一可愛いってば。


「誕生日、楽しみだな」

「……はい」


 告白される誕生日のことを言えば、音恋が嬉しそうに微笑んだ。

おれだけに、微笑みを見せてくれた瞬間。

もう、限界だった。


「先戻っていいぜ。おれは食べ終わったし、弓の練習するから」

「そうですか。わかりました」


 頭を撫でたせいで乱した音恋の髪を整えてから、手を振りおれは逃げ出す。

 深呼吸して込み上げる涙を引っ込める。

考えてしまわないように、ただ目的地へ足を進めながら心を乱さないようにした。

道場に入ったら、仁先生が怒鳴り口調で電話してきてそこにいろと言った。

なんで怒っているんだと疑問に思ったけど、光にぃから好きな人の存在を知り、音恋だと気付いたらしい。

 せっかく、考えないように、無心になって弓道の練習しようとしたのに、タイミング良すぎ。


「おれさぁ、どうもか弱いお姫様に弱いんだよね。守ってあげたくなる、尽くしてあげたくなる。仁先生、聞いてよ。あの子、すっごく魅力的なんだぜ。きっと世界で一番いい子で、素敵な子だよ。おれ、そう思うんだ」


 弓を下ろしたまま、向かいに立つ仁先生に笑いかける。


「すっっっげー! そんな子に想われてる黒巣が羨ましくて、羨ましくてっ……しかたないや」


 さっきまで堪えていたものが、込み上げてしまって涙が溢れた。

 やっと音恋が笑ってくれた。

嬉しかった。

嬉しかった。

嬉しかった。

黒巣の恋を応援して、背中を押した言葉は、音恋に届いて笑ってくれた。

 もう黒巣と音恋は両想い確定だって、わかりきってるのに、わかってるのに。

 それでも音恋が、好きだ。

音恋が好きで好きで、たまらない。

黒巣を想っていても、好きだ。

好きって感情が消えない。

消えてくれない。

 二人が幸せになれば、気持ちが整理できると思ったのに、やっぱり他の奴と結ばれてしまうのは悲しくて苦しくて、涙が止まらない。

仁先生の前で、カッコ悪く泣きじゃくった。


「もう……こんなに、好きになれる子なんて……いないって思うくらいっ……好きすぎるんだ、あの子のこと。だって、本当に……素敵な子じゃん……世界で一番可愛いお姫様だよ」


 情けないと思えるくらい涙が出てきて、喉が痛くなった。

けれども、今まで隠してきたものが込み上げてしまって、止まらない。


「なぁ、仁先生、教えてくれよ。……おれ、これ以上に深く誰かを想えるのかな? あの子以外に、こんなにも想うこと、できるのかなっ……?」


 お姫様に届かなくても、この想いは大きすぎる。

本当に、本当に、好きだ。

涙が止まらないくらい、この失恋は痛い。

もうこれ以上の恋なんて、出来ないんじゃないか。

もう音恋以外を、好きになれないんじゃないか。

それくらい、好きで好きで、辛いんだ。


「……出来るさ、次も」


 仁先生は手を伸ばすと、頭に手を置いた。


「そんなにも相手を想えて、かっこよく身を引いたお前は――――…次のお姫様をもっと深く愛して幸せに出来るさ」


 視界を邪魔する涙を瞬きして退かせば、ぐりぐりと仁先生に頭を撫でられる。

見えた仁先生は、笑っていた。


「失恋して、またかっこいい男になったじゃねーか」


 ニッて歯を見せて笑いかける仁先生は、昔から変わってない。

褒めてくれる時の笑みは、昔から変わってない。

慰めてくれる時の乱暴な撫で方は、変わってない。

頼ってしまうほどかっこいいのは、変わってない。

おれのかっこよすぎる憧れの人。

 余計涙が出てきて、おれは俯いて泣いた。


「昔っから、かっこよくて、ずるいっ……」

「お前もかっこよくなってきたじゃねーか」

「っ……次の恋で、先生超えてやる」

「おう、超えてみろ」


 仁先生が言い返すから、おれも吹き出すけど、やっぱり涙が止まらなくて、カッコ悪く泣き続けた。


 好きすぎるお姫様へ。

どうか幸せになってください。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ