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第二話『求めよ、さらば与えられん』

「うっわ……マジかよ……最悪なんだけど……」


 全校集会がようやく終わりを告げ、生徒たちがぞろぞろと体育館から退場し始めた瞬間、あたしは脱兎の勢いでダッシュした。

 股間に抱えた『謎の違和感』を両手で必死にスクールバッグで隠しながら、人波を押し分けて校舎の最奥にある女子トイレの個室へと滑り込む。


 バンッと勢いよくドアを閉め、ガチャンと鍵を締めた。

 狭い個室の中で荒い息を吐き出しながら、あたしは意を決して、制服のチェック柄スカートを思い切り捲り上げた。


「……っ!」


 そこに広がっていたのは、見間違いでも気のせいでもない、悪夢そのものの光景だった。

 薄ピンク色の下着越しに、本来なら女子であるあたしの身体に絶対に存在するはずのない『太くて固い棒状のアレ』が、ドーンと主張していた。手で触れるまでもない。ソレは布地の中で、あからさまにぽっこりと突起している。


「嘘でしょ……あたし、女の子じゃなくなっちゃったの……? え、でも胸はあるし……顔も声もあたしのままだよね……? えええええ!?」


 あまりの恐ろしさと困惑に、膝がガタガタと震えだす。あたしは自分の頭を抱えて便座の上に崩れ落ちそうになった。すると、脳内に直接、あの気安すぎる重厚な低音ボイスが響き渡った。


『安心しろ、性別が変わったわけではない。単に俺様の男根がお前の股間にそのまま接着されただけだ。いわばフタナリ状態だな』


「何の安心にもなってねーんだよバカ!! 脱げないじゃん! 体操服に着替えられないじゃん! 体育の授業どうすんのこれ! ズボンとか絶対履けないんだけど!?」


 あたしが個室の中で頭を抱え、トイレットペーパーのホルダーに頭を打ち付けて発狂していると、不意に隣の個室の壁からコンコンとノックする音が響いた。


「ちょっと由佳ー? 大丈夫ー? 全校集会の時からなんかソワソワして股間押さえてたけど……生理痛? 薬あるよ?」


 マブダチのミリの声だ。個室の外の洗面台のあたりから聞こえてくる。


 あたしはピクッと背筋を凍りつかせ、慌てて口を押さえた。ヤバい、声が漏れていたかもしれない。必死に喉を整え、できる限りいつもの「余裕のあるギャル」の声を演じる。


「えっ!? あ、うん! ちょっとお腹痛くて! 大丈夫大丈夫! 先教室戻ってて!」


「ふーん……ならいいけど。顔色悪かったから心配したじゃん。保健室行くなら言ってねー、連絡ノート担任に出しといてあげるから」


「マジサンキュ! 後で行くわ!」


 パタパタとミリのローファーの足音が遠ざかっていくのを確認し、あたしは深々と溜め息をついて胸を撫で下ろした。

 ふう、危ねえ……。ミリにバレたら一瞬で『股間に謎のモッコリが生えたギャル』として校内の裏LINEグループやSNSに拡散され、あたしのキラキラ(予定だった)高校生活は1分で終了するところだった。


『フッ……案ずるな鈴木由佳。俺様のパーツを全て集めれば、それは元通り俺の股間に戻る。つまり、探せば解決するのだ。簡単な話だろう?』


 脳内の神様は、どこまでも能天気で気楽な声で宣う。あたしは下着の上から股間の「ソレ」を睨みつけるように意識を集中させた。


「だから! そのパーツとやらをどうやって探すんだって聞いてんの! ノーヒントで学校中を探し回れとか無理に決まってんでしょ!」


『ふむ。聖書にも書いてあるだろう? 【求めよ、さらば与えられん】とな』


「だから格言使うなっつってんの!! 格言言えば許されると思わないでよ! あたしはね、今すぐにでもこの異物を引っぺがして元の平和な日常に戻りたいの!」


『焦るなと言っているのだ。俺様とて、このまま女子高生の股間に甘んじるつもりはない。まあ見ろ。パーツが近くにあると、俺様の御神体が反応する仕組みになっている。いわば宝探しのレーダーのようなものだな』


「は? 反応ってどういう——」


 あたしが首をかしげた、まさにその直後だった。

 ブブブブブブブブッ!!!


「ひゃあぁんっっ♡♡!?」


 突如として、股間全体が強烈に振動し始めた。

 バイブどころの騒ぎじゃない。スマホのマナーモード? ちがう。工事現場の電動ドリル、あるいは大型のマッサージガンを最高出力で股間に押し当てられたかのような超高速振動だ。ズシズシと身体の芯、骨の奥まで重低音が響き渡る。


「な、なにこれぇっ♡!? 響く……っ♡ 骨にまで直で響いてんだけどぉっ♡♡! 止めて! 早く止めてぇっ♡♡♡!」


 あまりの衝撃に、あたしは壁に手をついてその場にへたり込んだ。全身の力が一気に抜けそうになるのを、必死で歯を食いしばって耐える。


『くははは! 反応しているぞ! この学校のどこかに、俺様の『第一の宝玉(睾丸)』が存在している証拠だ! 探せ、由佳! 求め続けるのだ!』


「求めるも何もぉっ♡ こんな状態で歩けるかバカ——ッ♡♡! んぁぁっ♡♡♡! 揺れっ……揺れが激しすぎるんだけどぉぉっ♡♡♡♡!」


『なにを言っている。宝玉に近づけば近づくほど、その振動は強くなる仕様だ。お前のその股間の揺れ具合を頼りに、宝玉の居場所を特定するのだ!』


「どんな最悪なナビだよぉっ♡♡♡!」


 あたしは涙目になりながらツッコミを入れた。

 だが、このままトイレにこもっていても振動が収まる気配はない。どころか、じっと立っているだけでも股間から全身へ伝わる謎の痺れで頭がクラクラしてくる。


 早く……早くその『第一の宝玉』とやらを見つけて回収しないと、あたしの精神と理性が崩壊してしまう!


 あたしはガクガクと震える足に必死で力を込め、個室の鍵を開けた。

 スカートの裾を固く握りしめ、股間の出っ張りと激しい振動を誤魔化すように前かがみの姿勢をとる。まるで重度の腹痛に苦しむ病人のような体勢だ。


「んっ♡……ふぅ……ふぅっ♡♡……っ!」


 ギシギシと膝を震わせながら、生まれたての仔鹿みたいなステップで女子トイレから廊下へと這い出た。


 折悪く、廊下には授業移動や放課後の部活に向かう生徒たちがちらほらと歩いていた。


「え、あのギャル何……?」「なんか股間押さえてガクガク震えてない?」「ヤバくない? 救急車呼ぶ?」と、通りかかる女子生徒たちが引き気味の視線を向けてくるのが分かる。恥ずかしさで顔が爆発しそうだ。お願いだから誰もあたしに話しかけないでほしい。


『どうした由佳、右だ! 右の廊下に向かうと振動が強くなっているぞ!』


(うるさい! 脳内で叫ぶな! 黙っててぇっ♡♡♡!)


 股間をブルブルと重低音で激しく振動させながら、あたしは冷や汗ダラダラで校舎の廊下を進み始めた。

 こうしてあたしの、命がけ(と恥ずかしさ限界突破)の第一の宝玉探しが、本格的に始まったのだった。

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