第9話 これってデート?
「へぇ~。部長はん、ほんまに魔法使いなんや」
「そうそう」
「開花いうんは、うちにもできるやろか?」
「えっ……やめといたほうがいいぞ。すっごいキモイ魔物と戦うことになるんだぞ?」
屋台で買ったパンを頬張りながら、海の見える街を練り歩く。
夜久さん、何でもすんなり聞いてくれるせいで、色々喋りすぎてしまった。
ボォ~、と汽笛が鳴り、大きな船が帆を広げた。船の上から陸に向かって手を振る人が、だんだん小さくなってゆく。
「ええなぁ、絵本の世界みたい」
「な。でも普段は、荒れ地とか森とか、とても夜久さんを連れていけるような場所じゃ──」
「ヤドメでええよ」
最後の一口を飲み込み、夜久さんは──ヤドメはにっこりと笑った。
「食べ歩きなんて、バレたら怒られてまうね。ふふ」
全然悪いことではないと思うが……。
言葉やしぐさの節々から、生きている世界の違いがにじみ出る。なおさら、巻き込んではいけない気がする。
「ところで、時計……どっかにあらへんかな」
ヤドメはソワソワし、時間を気にしはじめた。
「どうした?」
「そろそろお迎え来る時間やし、戻らなあかんかなって」
「なるほど」
いいなぁ送り迎えしてもらえて……じゃなくて。
その心配は必要ない。
「時間が百倍違う?」
「そう。こっちで一時間過ごしても、現実では三十秒くらいしか経たないんだよ」
「ええ~! んもぅ、遊び放題やん!」
ポジティブすぎる。
ヤドメは、そうと決まれば楽しむぞとでも言いたげに、いっそう足取りを軽くした。
「魔石、ブレスレット?」
綺麗な石の並んだ店の前で、ヤドメは看板を読み上げる。
「読めるの!?」
「うん、なんとなく」
この世界、言葉は分かるが文字は意味不明だ。
ヤドメは、さっきのパン屋のメニュー表や、街の看板を見てすでにいくつか字を覚えたらしい。
「この青い石は、健康運アップやて。こっちの白いのは商売繁盛、赤いのは──」
からまった蛇にしか見えない字を、すらすらと読んでいく。
「そこのお若いご夫婦! 二人セットで安くするよ!」
「あ、いえ、夫婦じゃないです」
ヤドメは買いたそうにしてるな……俺はいらんけど。
「ミア。こっちで買った物って、そっちに持って帰れる?」
《できるけど、控えてほしいわね》
「そっか。ちなみになんで?」
《異世界から物を移動させるのにもエネルギーが必要なの。アーティファクトがもったいないわ》
「そういうことね……」
ヤドメは「頭の中に声が」と、驚いた顔で俺を見る。
「うん、テレパシーみたいな感じ」
「持って帰れへんのね。部長はんが言うならしゃあないわ」
「よし。だったら、余ったお金でたらふく食おう」
「ええの?」
分からん。けど、俺の金じゃないし。
俺たちは、あちこちの店に寄って買い食いして回った。
「このタラ、脂がよう乗ってるわ」
「美味い! さすが港町」
「あれ、アサリのシャーベットやって! ぎょうさん並んではるわ」
「食べる勇気はないな……」
タクオとシュナも連れて来ればよかったなぁ。
いや、異世界じゃなくても現実世界で遊べばいいのか。これだけ一緒にクエストに行ってんだから、休みの日も遊びに誘ってみようかな。
タクオはまだしも、シュナはまだ早いかな……ぼんやり考えていると、遠くで悲鳴が聞こえた。
ヤドメも足を止める。
今度ははっきりと、「飛来魚だ!」と叫ぶ声がし、男が通りを走り去った。
「ヒライギョ? ってなんやろか?」
「なんだろ」
二人して空を見上げると……。
ナマズにコウモリの羽が生えたような魔物が、建物の煙突に激突した。通りにいた住民たちは血相を変えて駆け出し、店員までも店をほっぽり出して、反対方向に走り出した。
「わ、わわ……!」
「魔物だ! ヤドメ、走るぞ!」
「う、うんっ!」
ひとまず人の流れに沿って、俺たちも突っ走る。
「くそっ、こんな時に……ヤドメ大丈夫k」
隣を見ると、何もない。さっきまでヤドメがいたはずの空間に、テンッテンッと点線が浮かんでいるように見えた。
「ヤドメ……って、ええっ!?」
はるか後方に、手足を必死にバタつかせて走る彼女がいる。
遅っ!!
「それで全力か!?」
「うち、走るんはお皿作るより苦手でぇ」
頭上で、ヒライギョの発した電撃が屋根に当たり、ボロボロとレンガの欠片が落下する。
「きゃあっ」
ヤドメに駆け寄って覆いかぶさると、欠片のひとつが俺の背中に直撃した。
「うぐっ……」
「カザミはん!」
いっでえええぇ~!
こんなんばっかだよ、もー!
上空を旋回したヒライギョと目が合った。バリバリと電気をまといながら、一直線に降下する。
残念、これ以上はやらせないぞ。
空中に何層にも編んだ鎖を出現させ、地引網のようにヒライギョを捕らえた。
「今のうちに逃げよう」
「やっつけんでええのん?」
無茶をおっしゃる……。
「俺の力だとその、抑えるのが限界で……ゴニョゴニョ……」
「いや、すごいわ、カザミ君アンビリバボーやねぇ!」
だからね。
この状況で、「とどめを刺せ」って俺に言えるあなたのほうが、恐ろしいんですって。
「憲兵さん、あれです!」
鎧を着た集団が、住民に連れられてこっちに走ってくる。
大人だ! 強そうな大人!
あとは任せよう。
「この鎖は……?」
「なんだこの術は……まあよい、仕留めよ!」
「はっ!」
声をかけられたら面倒だし、ヤドメを連れてそそくさと去った。
俺たちはひらけた広場に避難し、噴水のベンチにどっと座り込んだ。
「おい、ミアーー!」
《あ、ええ。大変だったみたいね。……ヤドメは開花しなかったか》
「聞こえてんぞー!?」
まさか今の魔物、ミアの仕業じゃないだろうな!?
《そんな力はないわよ。じゃあ、こちらに戻すわね》
「あ、ちょっと待って」
最後にやっておきたいことがある。
「ヤドメ、ひそひそごにょごにょ……」
「え、ええ……? あかんのちゃうん?」
「大丈夫だろ。よし、行くぞ!」
異世界プチ観光を終え、ポン、と戻ってきた俺たち。
時計を見ると一分も経っていなかった。シュナなんかさっきと同じポーズのままだ。
「夜久さん、大丈夫だった……?」
シュナが尋ねる。
「夢みたいな場所やったわぁ……」
「もしかして、もう開花した? あ、開花っていうのは、凄い力が湧いてくる感じで──」
「うちにもいつかできるんかなぁ?」
「ま……まさかクエストに協力してくれるの?」
「んん~、よう分からへんわ。ふふ」
そう、こういう子なんだ。シュナがぽかんと口を開けているのが、新鮮で面白い。
「むむ……なんの騒ぎでござるかぁ?」
「おはようタクオ」
「ややっ!? そちらのお方は、夜久殿ではござらんか!?」
「色々あってさ」
わいわいと盛り上がる俺たちの横で、ミアは「ん……?」と怪訝な顔をする。
「二人の移動だけにしては、アーティファクトの減りが異常なんだけど」
「ふふふ……じゃーん!」
エビのサンドイッチ、タクオとシュナにお土産だ!
あの後、ヤドメと一緒に選んだんだよな。
「おお~! いい匂いでござる~」
「美味しそう~」
袋を開けると、海の香りが部屋いっぱいに広がった。
「あ、な、た、ねぇ」
「へへ。はい、ミアの分も」
「……」
目を細めてプルプル震えていたミアも、諦めてサンドイッチを受け取る。
「ふん……あの海しかなかった村も、こんな物を作れるくらい豊かになったのね」
はむ、と一口含み、小さな魔法使いは夕暮れの空に目をやった。
ちなみに、このサンドイッチの移動によって、今まで俺が稼いだアーティファクトは全てパーになったため、あとで割としっかり怒られたのだった。




