第8話 はんなりヤドメちゃん
運動も勉強も中途半端な俺が、適当に選んだ『読書部』。
漫画を読んでゴロゴロできるかも、なんて願望は、部長の魔導士ミア・マーティリアによってあっけなく消し飛んだ。
ただ、ミアの指示でクエストに挑むことは、俺にもメリットのあることだった。クエストをこなしてミアを異世界に帰せば、俺が尊敬してやまない漫画家「爆裂修一郎先生」を救うことに繋がる。
「グレイトハンター」の連載再開は、俺の手にゆだねられたと言っても過言ではないのだ。(※諸説あります)
「おはようでござる~」
「おはよー」
高校生活にもぼちぼち慣れて、ようやく迷わず教室に来れるようになった。この学園、広すぎる上に似たような建物が多すぎて、この前なんか三年の校舎に入ってしまい死を覚悟したもんだ。
ホームルーム前の賑やかな教室が、一瞬静まってざわついた。
何かと思えば、初めて見る女子生徒が教室に入ってくる。
「え、誰……?」
「うちのクラスにあんな子いた?」
女子生徒は、ケホケホと控えめに咳き込みながら、教室の一番隅の席に座る。そういや入学初日から、教室の隅にひとつだけ、ずっと空席があった。
この子の席だったようだ。
「夜久さんっ! おはようございます!」
「あ、おはよう……?」
「私は風紀委員の鶏山よ! これ、休んでいた分のプリントをまとめておいたわ」
「わぁ、ありがとう~」
「変な男が言い寄ってきたら、この鶏山ササミにすぐ言うのよ!」
鶏山……こっちを睨んでいるのは気のせいだろうか。
夜久 朝日。
入学初日から風邪を引き、今日が初めての登校のようだ。
その日、授業中もたまに聞こえる咳は、なんとか抑え込もうと我慢しているようだった。深緑色の、ロングヘアからちらりと覗く耳は、わずかに赤くほてっている。まだ本調子じゃないが、入学早々休み続けるわけにもいかず、無理やり登校したって感じだろうか。
「であるからして、この時代の陶磁器文化は、海外輸出の点でも重視されてきた。有川焼や手万里焼のような磁器が──」
日本史の授業。先生の話を聞きつつ、夜久さんきつそうだなぁ、なんて思いながら彼女の背中を見る。
「次のページに、有名な窯元が載っているな。その中でも京都の”夜久窯”は歴史が古く、あの豊臣秀吉にも茶器を献上したとされ──」
ペラ、と教科書をめくる音が重なる。
夜久窯、夜久……。
ん? と教室の誰もが思っただろう。
皆がちらちらと、一人の女子生徒を見る。
でもまぁ……偶然かもしれないし。たまたま字が一緒なだけか。
俺も、そう片づけた。
授業後、夜久さんの隣の男子が彼女に声をかけた。
どうしても気になったというより、会話のきっかけにしたかっただけ……にも見えるが。夜久さんの回答はまさかだった。
「うん、うちの家、お茶碗作ってるんよ~」
男子生徒は「へぇっ!?」と叫び、教科書を開いて指さした。
「コレってこと!?」
「うん、夜久窯」
「え、すごくね!? こんな家に住んでんの!?」
「それはご先祖さんの家やねぇ」
なんだなんだと、周りも集まり出す。
「夜久さん、セレブってこと!?」
「どうやろ……」
「芸能人とか会ったことある!?」
「お皿のほうやったら、よう会うてるんやないかな……?」
「陶芸できるってこと? 壺とか作れる?」
「うちのは売りもんにならへんよぉ」
夜久さんはあっという間に取り囲まれた。
その後も「部活は?」「どこ住み?」「彼氏いる?」などなど、あまり関係ない質問にも律儀に相手をしていた。
*
ところ変わって、異世界のとある森。
今日も今日とて放課後はクエストに励む、俺とタクオ、シュナの三人。俺が《鎖術師》の力を得たことにより、魔物との戦いは格段に安全になった。
鎖を自由自在に操る能力。
どういう事かというと、ようは「鎖で魔物を足止めする」「蜘蛛の巣のように張って身を守る」「高い場所に引っ掛けて昇降用ロープ代わりにする」などなど。鎖自体に力があるというより、使い道を想像して活用する感じだ。
「おっとっと……待てコラッ」
俺は一匹のゴブリンを追いかけながら、鎖を生み出して行く手を阻む。
「よし、捕まえた!」
鎖の本数を増やし、地面に打ち付けて動きを封じた。
そして、シュナの出番だ。
シュナは”ガチのスナイパーライフル”を構え、落ち着いて引き金を引いた。
こんな感じで、タクオがアーティファクトを探し、魔物が出れば俺が拘束し、シュナが撃つ。このパターンを構築してからは、あれだけ手こずっていたゴブリンも比較的楽に始末できるようになった。
おっと、そうだ。
最後にもうひとつ大事な仕事がある。
「ウァー」
シュナが、焦っているのか何なのか、よく分からない叫び声を上げながら飛んでいく。
これだ。射撃の反動に耐えられずぶっ飛んでしまう彼女を、毎回鎖でキャッチしなければならない。
「ほっ!」
「ナイスキャッチ! カザミ殿!」
そっと地面に下し、一息ついた。
「にしても、なんでスナイパーライフルなんだ」
「分からない……」
シュナの銃。ガトウ先輩が用意してくれたのは、これよりもっと短い銃だったのに、どう頑張ってもこのクソデカライフルが召喚されてしまうらしい。
「おっ、アーティファクト発見でござる!」
「タクオの探知も鋭くなってきたな~」
赤色に光る欠片を拾い上げた。アーティファクトにも様々な色があるが、どれも宝石みたいに綺麗な石だ。
「獲ったどー!」
「カザミ殿、テンション高いでござるなぁ」
「ふふ」
最初は鎖が出てどうすんだと思ったが、ようやく二人の役に立てたのが嬉しい。カッコいい剣士にはなれなかったけど、まあ、今ある力で勝負するしかない。
《三人とも、ご苦労様》
ミアの声で、いつもの部室に移動する。
「なかなかやるじゃない」
ミアはアーティファクトを水晶に取り込みながら、珍しく俺を褒めた。上から目線は相変わらずだが。
「タクオは収集士、シュナは銃士、カザミは鎖術師。ようやく揃ったわね」
「おう!」
「ちなみにカザミは、歴代トップの開花の遅さよ」
「ほんと一言余計だよな……」
肩を鳴らして、パイプ椅子に腰を下ろした。
今日は異世界で三時間くらい過ごしたから、こっちの世界では一分半か。異世界と現実世界の時間の流れには、百倍の差がある。ミアからしてみれば、お茶を一口飲む間に俺たちが戻ってくるようなもんだろう。
てなわけで、クエストの後も結構時間が余る。
「たまには真面目に読書するか?」
「拙者はしばし昼寝を」
「今寝たら夜寝れないだろ」
「グオー……」
早っ。
さて、グレイトハンターを一巻から読み直そうと立ち上がった時、ガラガラと扉が開いた。
「あのぅ、入部希望、です」
ぴったりと指を揃え、扉に手をそえている女子生徒は……。
「夜久さん!?」
「ええ……あれ、もしかして同じクラスの?」
夜久朝日!
あれから数日たち、風邪はすっかり治って顔色もよさそうだ。
京都のセレブ(?)であることが発覚してからは、彼女は常に人に囲まれるようになった。こうして面と向かって話すのは、全員が初めてだった。
「ふむふむ。つまり……」
ひとまず座らせて話を聞く。ソファはタクオが独占しているせいで、パイプ椅子なのが申し訳ない。
「本当に、単純に、読書がしたくて来たと?」
「う、うん」
夜久さんはつま先までぴたりと足を揃え、三角定規みたいに背を正す。
「読書部に、読書が目的の生徒が来た……」
ミアも驚き固まっている。
読書部を設立して十年。なんの邪な思いも事情もなく「読書がしたい」と言った入部希望者は、なんとこれが初めてだという。どうなってんだよこの学園。俺が言えないけど。
「な、なんか違うたかな? すんまへん、うち部活入るの初めてで、よう分からへんもんで……」
「いえ、いいの。いいのよ。ようこそ読書部へ」
なんか俺たちと態度違くね?
断ったほうがいいと思うけどな。クエストのことを隠し通せるとは思えないし、本当に読書がしたい彼女を戦わせるわけにもいかないだろう。
「ところでヤドメ。私は魔導士──魔法使いなんだけどね」
いくのかよ。
そこは変わらないんだ。ブレないな。
「はぁ、ええ……」
「話すより見てもらったほうが早いわ」
ま、まさか。
”ポン”するつもりか!?
「カザミ、ついていってあげて」
「ちゃんと戻せよ!?」
「クエストじゃないわ、向こうの世界を見てもらうだけ」
「頼むぞ!? 俺一人じゃ戦えな──」
はい、ポン。
いつも通り強引だ。
辺りは、今まで来たことのないような、賑やかな街が広がっていた。
「わぁ……!」
夜久さんは、この世界でお花でも売っていそうな、裾の長いドレスに着替えている。俺は相変わらず、膝当て付きのダサい戦闘服。
いつも飛ばされるところといえば、森だの谷だの廃墟だの……。クエストだからしょうがないが、こんな「人の生活」が見える街は俺も初めてだった。
「おい、もういいだろミア」
《少し散策してみなさい。何もない海も、たまにはいいでしょう》
「いや、めちゃくちゃ都会だけど」
《……この千年で発展したのね》
そうか、ミアは異世界で生まれたとは言え、千年前の景色しか知らないのか。
「これは、夢なんかな?」
「そんな感じかな……」
「すごいわぁ、外国みたいやわぁ!」
凄いのはあなたの方です。肝が据わっているというか、ここまで落ち着いて、素直に感動してくれるとは思わなかった。
《喜んでいるみたいだし、案内してあげなさい》
「俺も初めて来たのに?」
《お金はポケットに入れておいたわ》
ああ、話を聞かないモードに入ってるな。
「あっちからええ匂いするわ。パン屋さんやろか?」
俺は、ポケットの小銭の重みを感じながら、歩き出した夜久さんについていくことにした。




