第7話 カザミのちから
浮島ペプロスにある遺跡は、とにかく「臭かった」。
「う……排水溝のニオイだな」
苔の生えた階段を上り、頂上を目指す。
「真夏に一か月洗い忘れた弁当箱が、こんな臭いだったでござる」
「きたねーな……」
「母上にはこっぴどく叱られたでござるよ~」
まあ俺も、食べ残したパンがリュックから出てきて、真っ黒にカビてたことあるけど……。
そんな感じで、とにかく「何かが腐った臭い」だ。
それにしても、魔物が出るというから警戒しているのに、音も気配も感じられない。ようやく遺跡を登りきると、その答えと臭さの正体を目の当たりにした。
「鳥……?」
羽をたたんでスヤスヤ眠っているのは、巨大な鳥。
タクオは小声で「アーティファクトがあるでござる……!」と、鳥の後ろに落ちている光る石を指さした。
そっと、そおっと歩み寄るが……。
「ピ……ピイイィィッ!」
ドブのように濁った眼がギロリと開き、昼寝の邪魔をしにきた侵入者──俺たちに向かって大きな羽を広げた。
「ミア! これなんなんだ!? 臭くてデカい鳥が……!」
《臭い鳥? ゾンビハルピュイア、かしら》
「ゾンビハルピュイア!?」
ハルピュイアってもっとこう、白くてフサフサで綺麗な生き物なんじゃないの!? 目の前にいるのは、全身腐ってハゲ散らかした、どう見ても神聖とは程遠い怪物。大きさも、今までの狼やオークと比べ物にならない。
そんでもって、とにかく臭い!
「タクオ、危ない!」
「ふおおッ!?」
翼が地面をかすめた。タクオはゴロンゴロンと三回転くらいしながら、すんでのところで回避した。魔物の動きは遅いので、攻撃から逃げつつアーティファクトを回収できないか。
「足が! 足をひねったでござるぅ~!」
「ひねったぁ!? 戻ったら治るんだからそんくらい我慢しろ!」
「ふえぇぇん無理でござる~」
その見た目で「ふえぇ」とか言うな!
「カザミ君、任せて」
「シュナ!」
シュナは、何かを念じるように目を閉じた。手が淡く光り、前回のピストルとは違う立派な長銃が──
「ん? それは……?」
なんか、さっき拠点で見せてもらった銃と違くない?
いや銃ではあるんだけど、無駄にデカい。デカすぎる。
シュナも「あれ……?」と首をかしげる。
「もしかして、”ガチのスナイパーライフル”のほうじゃないか!?」
間違いない。立てたらシュナの肩ほどまでありそうだ。
銃の本体にはカマキリの足みたいなのが生えていて、映画でしか見たことないが、それを地面に固定して寝そべって撃つようなやつだろ!
「……」
シュナはクールな表情のまま、銃を手に立ち尽くす。彼女の頭上に「Now Loading...」の文字が見える気がした。
この子、普段から冷静ではあるが、アクシデントに弱いな!?
ゾンビハルピュイアの咆哮が空に響いた。
「ピイィーキュルルルァーーッ!」
タクオはなんとか近づこうとしているが、攻撃を避けるので精一杯だ。
「おい、こっちだ化け物ー!」
俺が叫ぶと、ゾンビハルピュイアは大きく羽ばたいてこちらに飛んでくる。
くっせぇぇ! 怖い以前に臭い!
吐き気をこらえながら逃げ惑う。視界の端で、シュナがスナイパーライフルを構えているのが見えた。
魔物は俺の前で地に足をつけ、ボロボロに腐ったくちばしを大きく開けた。食われる、そう思って腕で顔を覆った時、聞こえたのは一発の銃声だった。
パン、でもドン、でもない、ズゴォォみたいな、身体の芯まで響く衝撃。シュナが撃ってくれたとすぐに分かったが、次に視界に映ったのは、銃を手放して空高くぶっ飛んでいったシュナだった。
「シュナ!?」
「シュナ殿!?」
もしかして、撃った衝撃で!?
考えるより身体が動いた。ここは空に浮いた、わけのわからん島!
このままシュナが落ちていったら──!
シュナは驚いた表情で、右手を伸ばしたまま宙に放り出されている。
俺は縁まで走り、落ちていく彼女に手を伸ばした。何の力もない、無意味な手を。
「シュナーー!!」
遺跡の頂上から彼女を見下ろしたのは、ほんの数秒だったろうが、長い長い時間に思えた。俺に力がないせいでとか、俺が止めるべきだったとか、そんな後悔をする暇もない。
その一瞬だけは、ただ彼女を助けたいと願った。
その時、目もくらむような鋭い光が腕を包む。
「え……?」
俺の伸ばした手から生えたこれは、ヒモ?
違う……鎖だ!
シュナの身体にがっちりと絡まっている。その横を、彼女の銃が地上に向かって、真っ逆さまに落ちていった。
「う、重っ……!」
なんか分からんが、俺の手から伸びた鎖でシュナの落下は防げた……のか!?
てか、重い!!
腕一本でシュナを吊り上げてるんだ、当然のことだが、ここまできて俺も落ちてしまっては元も子もない。
「ぐぬぬぬ……!」
踏ん張るが、身体はジリジリと下に吸い込まれる。
「カザミ殿~! 耐えるでござる~!」
タクオが足を引きずりながら駆け寄り、俺の腰を掴んだ。そのままちょうどよい重りになって、ずるずるとシュナを引き上げる。こいつのタプタプの腹が、ここまで頼もしく思えたのは初めてだった。
「はぁ、はぁ……」
「ぜぇぜぇ……」
「あ、私……?」
地面にへたり込んで、皆して息を整える。俺の手から鎖は消えていた。
「そういえば魔物は」
はっとなって後ろを見ると、ゾンビハルピュイアは、これまた臭い液を垂らしながら息絶えていた。シュナの一発は体のど真ん中を撃ち抜き、とてもあの銃から発射されたとは思えない大きさの穴が開いていた。
「すげぇじゃん、シュナ!」
「いや、凄いのはカザミ君じゃ……。今の何……?」
はは。いいところに気が付くじゃないか。
俺も分からん。
《ようやく開花したわね》
「ミア!」
《カザミの能力は──《鎖術師》のようね》
さじゅつし……?
「それって、剣とか斧とかは」
《関係ないわ》
「つまりどんな能力なんだ……?」
《さあ、早くアーティファクトを回収して》
出た出た、このアーティファクト厨が。
「カザミ君……ありがとう」
シュナがわずかに微笑んだ。そして、また「私のせいで」とか言いかけたので肩を叩く。
「それはナシだ! なあタクオ」
「そうでござるよ、拙者なんか、シュナ殿にはもう足を向けて寝れませんぞ」
ていうか、そんなことより。
「うおー! ついにやったぞー!」
俺、開花したんだぞ!
「おめでとうでござる、カザミ殿!」
「カザミ君、おめでとう……!」
「で、どんな力なんでござるか? 拙者引き上げるのに必死で、よく見ておらず……」
「さ、さぁ……私も頭真っ白で覚えてなくて……」
「やったー! マジで嬉しいー!」
《早く回収してね》
両手を突き上げ、天に向かって渾身のガッツポーズ。
かくして俺は、さ、さ……なんだっけ、もう名前も忘れた。それくらいよく分からん能力が、無事に開花したのだった。




