第12話 前衛系女装男子れいにゃん
「見てくだされ、この『れいにゃん』というコスプレイヤー! 天使でござろう!?」
放課後、タクオが携帯の画面に映した女の子の写真。
「へー。芸能人?」
「いやいや、芸能人でもここまで可憐な女性はおりませんぞ。毎週水曜、ニマニマ動画でコスプレ雑談配信がありますゆえ、カザミ殿も是非!」
是非、って言われてもなぁ。俺パソコン持ってないし。
リビングの家族パソコンで、こんないかがわしい格好の女の子を見るわけにも。
「ニマニマ動画は携帯からでも見れますぞ?」
「えー、パケットやばそうじゃん」
ネットやりすぎて、携帯料金で数百万の請求とかも聞くし。
「お疲れ様でーす」
読書部の部室では、ミアが水晶と向かい合っている。
いつもは「お疲れ」と振り向くのに、今日はウトウトと居眠りをしていた。ミアの席は窓の近くで、陽がよく当たる場所だから、居心地がいいのかも。
「お疲れでござるな……?」
「そっとしておこう……!」
扉をそぉっと閉め、忍び歩きで部屋に入る。
とはいえミアが静かならやることがないので、タクオは携帯を開いて寝ころび、俺はグレイトハンターの漫画を手に取った。今日はクエストはナシかな。シュナが用事、ヤドメは休んでいた分の補習でいないので、逆に助かった。
「むむ、携帯の電池が」
タクオが充電器を取り出す。
「貸せよ、こっちにコンセントある」
「かたじけない」
「よ……ほっ、と」
充電器を受け取り、本棚をずらしてコンセントに手を伸ばす。既に黒いコードが刺さっていたが、ちょっと借りるだけだし大丈夫か。何も考えずそれを抜いて、タクオの充電器を刺した。
数分後。
ミアが、はっと目を覚ます。
「おはようミア。俺ら今日はシュナもヤドメもいなくてさ、だからクエストは休みで──」
こちらを向いたミアは、鬼の形相で俺に飛び掛かってきた!
「うおぁっ!?!?」
俺に、というか、コンセントにだ。
光の速さで充電器を抜いて、元々さしてあったコードを戻す。
そして、とんでもない大声で
「こんのバカ犬うううぅ!!!!!」
と叫んだ。
ものの数秒間の出来事に、俺とタクオは口をあんぐりと開けて固まる。間もなく、ポン、と現れたのは、緑色のネクタイ、二年生の男子生徒だった。
「っはぁ、っはぁ……帰れない、かと、思った……!!」
「ごめんなさいレイジ、このバカ犬がコンセントを抜いたせいで」
「ふざけんなよ馬鹿死ねこの! 殺す気かクソガキが!」
ひ、ひいいぃっ!?
ミアは咳払いをし、いつもの席に腰を下ろした。
「失礼、私としたことが取り乱したわ。二人とも、そのコンセントは今後絶対に抜かないこと。水晶が動かなくなってしまうから」
「あ、そうなのか、へえ……」
「何分くらい抜いてた?」
「二、三分くらいかな……?」
三分の百倍は三百分、つまり五時間。
この男子生徒は、異世界に五時間も閉じ込められたということか。そっか、俺のうっかりのせいで、それは悪いことをしたなぁ……。
「ってなるわけねーだろ!」
なんで水晶が電気で動いてる!!
男子生徒の名前は増岡 礼司。
読書部の二年生部員で、ミアが「唯一のまともな戦闘要員」だと言っていた、あの「レイジ先輩」だった。
「電気でも太陽の光でも、使えるものは何でも使うわ。水晶の維持にもエネルギーが必要なの」
「へぇ……」
異世界への移動、能力の発揮、ミアとの通信、すべてこの水晶が”動力源”になっている。コンセントを抜いたことにより水晶はスリープモードに入り、レイジ先輩は、能力が使えずミアにも声が届かない状態で、魔物ひしめく洞窟で五時間生き延びたらしい。
そう聞くと本当に申し訳ない。
でもよ。
「そんな時限爆弾のコードを、普通に置いとくなよ……!」
「勝手に抜くような不届きな生徒は今までいなかったわ」
レイジ先輩が、舌打ちしながらミアにアーティファクトを渡す。
そして、どかっと椅子に腰を下ろすと、俺たちをゴミを見るような目で睨んだ。
「今年の一年はロクなのいねぇなあ……特にお前、そんなんで何か役に立てんのかよ」
タクオのわがままボティを指さし、鼻で笑う。
くそっ、いくら先輩だからって、俺の友達を馬鹿にするのは許さない。
「せ、拙者は確かにこんな見た目でござるが……!」
「あれ、その待ち受け、れいにゃん?」
「そうでござるが……?」
「それ俺」
絶句する俺とタクオを前に、レイジ先輩は「部長、もっかいあっちに送ってよ」と言った。
「俺のスーパーキュートなれいにゃんスタイルを見せてやりたくてさ」
「いいわよ。はい」
景色が、部室から草原に切り替わる。
目の前には、頭に猫耳をはやし、栗色のツインテールに小さな鈴、手には新体操のリボンのような武器を持って仁王立ちする「れいにゃん」がいた。
「れいにゃん~~~!」
タクオ!
さっきまでの威厳はどこにいった!
「本物でござるか!? ”お疲れいにゃん”と言ってほしいでござる!!」
「しょうがないな。お疲れいにゃん♪」
「くおー! 生お疲れいにゃんキタコレ! 拙者死んでもいいでござる!」
何がどうなってる。
《ねえ、三人とも》
ミアの声だ。このトーンは、何かお願いごとがあるな。
《近くにアーティファクトがあるはずよ。ついでに持って帰ってきて》
やはり。
レイジ先輩、行って帰ってきたばかりなのに大丈夫か。しかし本人は「いいよ」と思いがけず素直だ。一日で何箇所も行くことは普通なんだろうか?
「移動するなら集めてこないとな。アーティファクトがもったいない」
「凄い……ミアみたいなこと言いますね」
「ずっとやってりゃこうなるって」
というわけで、俺とタクオ、レイジ先輩──いや、れいにゃんか。その三人でクエストに行くことになった。
少し歩くと、風に乗ってツンとした異臭が漂い、やがて草原の中に沼地が見えた。
「便利だなー、その力」
「ははは! 拙者これしか能がありませぬが、れいにゃんのお役に立てたなら本望!」
タクオは始終デレデレである。
確かに超絶カワイイ女の子なんだが、中身を知ってるから複雑だ。
それにしても、男が? こんな好き好んで萌えアニメみたいな恰好を? まさかミアに強制されてるんじゃないだろうな。
「別に、俺の意思だし。異世界だと”完璧なれいにゃん”になれるから、楽しいんだよねー」
「現実でもれいにゃんは、ウルトラ完璧美少女ですぞ!」
「化粧とか着替えとか面倒くさいし」
「リアルなれいにゃんの本音! たまりませんぞ!」
現実と一緒なのは、髪の色や身長くらいだろうか。身体の形と言おうか、線が完全に女の子だし、胸まであるし、声も違うし。異世界の力は本当に意味が分からん。
「お前らも部長に頼んで、萌えキャラにしてもらえば? 俺も、冴えないのと一緒に歩いてるとテンション下がるし」
「いや遠慮しときます、冴えないのはスミマセン」
「毒舌れいにゃんもよきですな!」
沼地の手前まで来ると、タクオが「あそこに!」と指さした先に、アーティファクトの光が見えた。一歩踏み出すと、地面だと思った場所がゆっくり沈んだので慌てて飛び退いた。
「靴が汚れますゆえ、拙者が拾ってきますぞ!」
「お。サンキュー」
タクオは、生臭い泥をずっちゃずっちゃとかき分けながら進む。
泥が上下に動いたのは、タクオが入っていったからだと思った。しかし、ぶくぶくと泡立つ泥はあっという間に沼地全体に広がり、大量の黒い影が泥の中から飛び出してきた。
既視感があると思ったら、この前ヤドメと行った街で見た「飛来魚」だ! ヌメヌメした液体をまき散らしながら、俺たちの頭上を大量のヒライギョが埋め尽くす。
「なんでござるか、これは~!?」
タクオは驚いてすっ転び、肩まで泥に浸かってしまった。
「くそっ……!」
身構えた俺を、れいにゃんが片手で制す。
「なにびっくりしちゃってんの。俺らが魔物のいない場所を、任されるワケないっしょ」
「タクオが……っ!」
「座って見てろ」
「うわっ!?」
れいにゃんは右足を高く上げ、俺の肩に振り下ろす。ブーツのかかとが石みたいに硬いし、地面についた尻から泥水がしみて気持ち悪いし、パンツは白色だし、こんな絶望的に嬉しくないパンチラは初めてだし。
伸縮自在なリボンが、タクオに襲い掛かろうとした一匹に巻き付いた。そのまま引き寄せ、華麗なハイキックをかます。
カバかってくらい大きなナマズの魔物が、ドサリと落ちて動かなくなった。近くで見るとデケぇ……!
「うえっ、ベトベト」
れいにゃんはベッと舌を出し、次の一匹にリボンを絡める。
今度は引き寄せずに、バランスを崩したヒライギョの上に飛び乗った。リボンを駆使しながら次々とヒライギョの群れの中を飛び回り、落ちないかヒヤヒヤしているうちに、すべてのヒライギョに”リボン”を仕掛けて舞い戻った。
真っ赤なリボンが、ヒライギョをラッピングするように巻き付いている。
「じゃ、ばいにゃーん!」
れいにゃんが軽やかに指を鳴らすと、リボンが火に包まれ、ヒライギョの群れが一斉に”爆発”した。
「うおぁぁぁ!?」
炎と黒煙と光で視界が埋まった。粉々に爆散したヒライギョの肉片が、ぼちゃぼちゃと沼に落ちていく。
花火の最後の一発、と例えるにはあまりにも汚すぎるが、そんな感じだった……。
「た、助かったで、ござる……」
内臓を頭にのせたタクオが、げっそりした顔でアーティファクトを拾い上げた。
ミアにアーティファクトを渡したレイジ先輩は、「さすがに一日に四回行くと、疲れるなぁ」と肩を鳴らした。
「四回!? 今のが四回目!?」
「だって、現実の時間はほぼ進まないだろ」
そうだとしても、モチベーションがすごいぞ。
そんなに「れいにゃん」になりたいのか、戦いが好きな戦闘狂かのどっちかだ。
「レイジの役職は《火焔技巧士》。あなたたちも、レイジを見習って頑張りなさいね」
あの見た目からは想像もつかない、硬派な役職名である。
「はー疲れた。タクオ? っていうの? 収集士はやっぱ助かるな~」
「いえいえ、お力になれて光栄ですぞ!」
「今度から俺のクエストに連れてってあげてもいいけど~──」
タクオはレイジ先輩をガン無視し、帰り支度を始める。
「カザミ殿、今日は宿題が多いでござるし、早めに失礼しましょうぞ」
「お、そうだな」
レイジ先輩は腕を組んだまま、「おいコラ?」と眉をひそめる。
「れいにゃんが頼んでるんだけど?」
「あ、いえ、拙者が好きなのは”コスプレイヤーのれいにゃん”でござるから……」
「いやだから、そのれいにゃんが俺で──」
「またまた! レイジ先輩はれいにゃんではないでござるよ~」
これは……!
正真正銘の清きオタク──!
中身がなんであろうと、見た目がれいにゃんでなければ、タクオにとってそれはれいにゃんじゃないのだ!
当然の反応!
目に見えるものだけが真実──!
「カザミ殿、帰りにスタボでも寄りませぬか!」
「おう!」
「では、拙者らはこれにて!」
タクオ、お前のこと面倒くさいオタクだと思ってごめん。
お前は芯の通った本物だ。
ちなみにあの後、「れいにゃん」は追加で三回もクエストに行き、ミアの指示を無視して魔物の巣に飛び込み、鬱憤を晴らすように魔物を狩りまくったらしい。「魔物退治でお金も稼げて一石二鳥」と、ミアも好きにやらせているようだ。




