第34話:一ノ瀬の帰還と、最強の助っ人
木曜日、午前八時四十二分。
最終週も残すところあと二日。駅の構内には、コンクリートが完全に撤去された後の、どこか物悲しい空洞の響きが広がっていました。
「ガチャン」
三番(仮設)個室。
もはやこの狭さにも慣れてしまった自分がいる。俺は昨日見つかった「清掃員の花瓶」の写真を眺めながら、最終プレゼンの補足資料を練っていた。
すると、隣の一番(仮設)個室から、聞き慣れた、しかしここ数日は失われていた「あの音」が聞こえてきた。
カチ、カチ、カチ……。
精密機械のような、迷いのないタブレットペンのノック音。
「……えっ? 一番個室、誰かいるのか?」
「……佐藤君。私の計算によれば、君の最終資料にはあと3.5%の『客観的説得力』が不足している」
「……一ノ瀬さん!?」
俺は思わず叫んだ。左隣の師匠(社長)も、壁の向こうの女王(二階堂)も、一瞬息を呑んだのがわかった。
「……一ノ瀬君か。契約は終わったはずだが、どうしてここに?」
「……徳川社長。コンサルタントとしての私は去りました。ですが、一人の『元・一番個室住人』として、私のプライドが許さなかったのです。私の分析したデータが、監査役ごときに否定されたままで終わるなどということは」
一番個室から聞こえる一ノ瀬の声は、以前よりも少しだけ、熱を帯びていた。
「アニキ! 一ノ瀬さん、今朝の五時から駅前のカフェで俺を待ち伏せして、役員たちの弱点リストを渡してくれたんすよ! マジで最強の助っ人っすわ!」
四番個室から若(山崎)が興奮気味に報告する。
「……ふん、相変わらず理屈っぽいわね。でも、助かるわよ、一ノ瀬君。あんたのロジックがあれば、木島の鼻を完全にへし折れるわ」
女王の言葉に、一番個室から「……当然です」という短い、けれど誇らしげな返答が届いた。
「……佐藤君。君が昨日見つけたあの『花瓶』と『メモ』。あれをホログラム投影して、エントランスの設計に組み込むプログラムを組んでおいた。……物理的な壁は消えたが、概念としての聖域は、これで不滅になる」
「一ノ瀬さん……ありがとうございます。俺、一人じゃないって、今、心の底から思えます」
俺の目に、熱いものがこみ上げる。
一ノ瀬はコンサルとしてではなく、俺たちの「仲間」として、この戦場に戻ってきてくれたのだ。
「……さて。最強の五人が、再び揃ったわけだ。三番個室さん、号令を。今日という日は、我々の『完全復活』の日だ!」
師匠の力強い声。
俺は、震える手でレバーを握った。一ノ瀬のいる一番、師匠の二番、俺の三番、山崎の四番、そして二階堂さんの女子トイレ。
五つの魂が、プラスチックの壁を越えて完全に同調した。
「「「「「せーの……」」」」」
ゴォォォォォォォォッ!!
仮設トイレ全体が、まるでロケットの打ち上げ前夜のように激しく振動した。
一ノ瀬の加わった五重奏は、昨日までの不安をすべて霧散させる、圧倒的な勝利のファンファーレだった。
オフィスに戻ると、一ノ瀬はいつものように涼しい顔で、しかし俺のデスクにそっと一枚のUSBメモリを置いて去っていった。
「……これは貸しだ。新ビルが完成した時、一番個室の初使用権をもらうぞ」
俺は彼の背中を見送りながら、深く頷いた。
解体完了まで、あと十日。
明日は金曜日。この物語の、一つの区切り。
俺たちは、失われた聖域の跡地に、自分たちの手で「新しい夜明け」を刻もうとしていた。
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