第35話:二週間の奇跡。サード・プレイス着工へ
金曜日、午前八時四十五分。
一週間の汚れを削ぎ落とし、週末へと魂を繋ぐ「解放の金曜日」。
駅のホームから見えるかつての「聖域」は、建物が完全に取り壊され、今は平らな更地となっていました。
「……ガチャン」
三番(仮設)個室。
仮設トイレの薄い壁越しに、今朝は五つの「呼吸」が揃っていた。一ノ瀬さんが戻り、パズルの最後のピースが埋まったような、完璧な均衡。
「……皆さん。更地になったあの場所を見ましたか? 何もなくなって、ただの四角い空洞になっていました」
俺がぽつりと呟くと、左隣、二番(仮設)個室から師匠(社長)の穏やかな声が響いた。
「……三番個室さん。空洞は、欠落ではない。それは『可能性』という名の器だ。何もなくなったからこそ、我々の理想を寸分の狂いもなく描き込めるのだよ」
「そうっすね! あの更地、僕にはもう新ビルの『サード・プレイス』が建ってるのが見えるっすわ! 黄金に輝くレバーが見えるっす!」
右隣、四番(仮設)個室から山崎(若)が相変わらずの調子で笑う。
「……相変わらず想像力だけは豊かね。でも、佐藤。あんたがこの二週間で書き換えたのは、設計図だけじゃないわ。……私たちの『働き方』、そして『心の置き場』そのものを書き換えたのよ」
女子トイレ側から届く女王(二階堂)の声。その響きには、上司としての誇らしさが溢れていた。
「……私の計算では、このプロジェクトが成功する確率は、当初の12%から今朝の時点で98.6%まで上昇した。……残りの1.4%は、佐藤君。君の『最後の一押し』にかかっている」
一番(仮設)個室、一ノ瀬さんの冷静な、けれど熱いエール。
「……皆さん、本当にありがとうございます。俺……ただのサボり魔だった俺が、ここまで来られたのは、壁越しに皆さんの声を聞いていたからです。……俺、この『サード・プレイス』を、日本一、いや世界一、溜息を希望に変えられる場所にしてみせます!」
俺の決意表明に、仮設トイレの空気が熱く震えた。
解体という名の「終わり」は、着工という名の「始まり」に姿を変えた。
「「「「「せーの……」」」」」
ゴォォォォォォォォッ!!
五つの洗浄音が、更地となった駅の構内にこだました。
それは過去への別れではなく、未来への産声。
プラスチックの箱を壊さんばかりの咆哮は、週末の街へと溶けていった。
午後三時。
駅の更地に、最初の一本の杭が打ち込まれた。
その杭の先端には、俺がこっそりマジックで書いた「3」の文字が刻まれている。
現場では、親方が誇らしげに指揮を執り、二階堂課長と山崎が図面を広げて議論し、一ノ瀬さんがタブレットで進捗を管理している。
そして、その光景を少し離れた場所から、徳川社長が優しく見守っていた。
俺は、ポケットの中の真鍮のプレートを握りしめ、青空を見上げた。
解体完了から、着工へ。
俺たちの「聖域」は、今、新しい命を宿し始めた。
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