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『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


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第28話:継承される「3」と、師匠の古い地図

金曜日。

一週間の汚れを洗い流し、週末の安息へと繋げる「解放の金曜日」がやってきました。

仮設トイレの薄い壁越しに、監査役を追い払った昨日の熱狂がまだ微かに燻っている、そんな朝の物語です。

「ガチャン」

三番(仮設)個室。

俺は昨日、師匠から受け取った真鍮の「3」のプレートを、仮設個室のプラスチック壁にそっと押し当ててみた。冷たい金属の感触が、指先を通じて俺の臆病な心に「喝」を入れてくれるような気がした。

「……おはようございます。昨日は、ありがとうございました。師匠のおかげで、なんとか生き残れました」

俺が壁越しに語りかけると、左隣、二番(仮設)個室から、師匠(社長)の深みのある笑い声が漏れた。

「……ふふ。礼には及ばんよ、三番個室さん。私はただ、自分の『大切な居場所』を荒らす不届き者を、管理人として排除したに過ぎない」

「管理人……。師匠、前から気になってたんです。どうして、会社のトップであるあなたが、わざわざこの古い駅のトイレに……それも『二番個室』にこだわっているんですか?」

俺の問いに、右隣の山崎(若)も、壁の向こうの二階堂課長(女王)も、息を呑んで耳を澄ませているのが分かった。

「……古い話だ。三十年前、私は今の君よりもずっと、情けない社員だった」

師匠の声が、いつもより少しだけ遠く、懐かしむような色を帯びる。

「大きな失敗をして、会社にも、社会にも居場所がないと感じていた時、私はこの駅の、あの『三番個室』に逃げ込んだんだ。……今の君が座っている、あの場所にな」

「えっ……三番個室に?」

「ああ。そこで一時間、泣きながら座っていた。その時、隣の『二番個室』から、誰かが豪快に水を流したんだ。その音が、まるで『すべて流してしまえ』と背中を押してくれているように聞こえてね。……私はその音に救われ、今日まで歩いてこれた」

師匠の告白。

俺たちが今、命をかけて守ろうとしているこの「音の連帯」は、実は三十年以上も前から、名前も知らない誰かによって紡がれてきたバトンだったのだ。

「……だから私は、恩返しのつもりで『二番』に座り続けている。次の『三番』に座る誰かが、また立ち上がれるように……。佐藤君、君がそのバトンを受け取ってくれたことを、私は密かに誇りに思っているよ」

「…………」

胸の奥が熱くなる。

俺が吐き出してきた弱音も、山崎の愚痴も、二階堂課長の孤独も。すべては、この「音」の歴史の中に溶け込み、誰かの力に変わっていく。

「……柄にもないわね、社長。でも、そのバトン、今は私たちがしっかり握ってるわよ」

女王の声が、鼻にかかったような、けれど最高に誇らしげな響きで重なる。

「アニキ! 僕、一生ついていくっす! この『洗浄音の歴史』の一部になれるなら、タイパなんてどうでもいいっすわ!」

若の叫びに、俺は深く頷いた。

「……行きましょう、皆さん。今週最後の、そして『新しい歴史』の第一歩です!」

師匠の合図が、プラスチックの箱を包み込む。


「「「「せーの……」」」」


ゴォォォォォォォォッ!!


四つの洗浄音が、一つに溶け合う。

それは三十年前の誰かへの感謝であり、今を戦う自分たちへの賛辞であり、そしてまだ見ぬ「次の三番個室」に座る誰かへの、最高のエールだった。

午後六時。

仕事を終えた俺は、仮設トイレの前で立ち止まった。

重機の音は止み、夕闇の中で建設中のバリケードが静かに佇んでいる。

「佐藤、帰るわよ」

二階堂課長が隣に来る。

「……課長。俺たちの新しいビルの中に作るトイレ、名前を付けてもいいですか?」

「……なによ、急に」

「『サード・プレイス』。……三番目の個室から始まった、俺たちの場所、っていう意味で」

二階堂は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐにフッと微笑んで俺の背中を叩いた。

「……悪くないわね。一ノ瀬のデータに、その名前も付け加えておきなさい」

解体完了まで、あと十五日。

二週目の金曜日。俺たちは、ただの「個室の住人」から、歴史を創る「継承者」へと変わっていた。

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