第27話:監査役の逆鱗と、隠された三番個室の秘密
木曜日、午前八時四十二分。
昨日の「非常階段での決起集会」を経て、俺たちはかつてないほど結束していましたが、同時に一つの影が忍び寄っていました。
一ノ瀬さんの後任、監査役の木島。彼は、一ノ瀬さんのような「美学」を持たない、ただの数字の狩人でした。
「……いたぞ、佐藤君」
仮設トイレの入り口。三番個室に手をかけようとした俺の背中に、氷のような声が突き刺さった。
監査役の木島だ。彼はタブレットを手に、俺のこれまでの「離席ログ」を表示していた。
「昨日の午前九時前後、君を含めた四名が同時に所在不明になっている。一ノ瀬君の報告書には『個室での意識共有』などというふざけた記述があったが、私に言わせれば単なる職務怠慢だ。……何をしている、そこ(個室)で」
「……リセットです。仕事のための」
俺が震える声で答えると、木島は鼻で笑った。
「リセット? 汚物と一緒にやる気まで流しているのか。……いいだろう、今日は私もここで君たちの『会議』を傍聴させてもらうよ」
木島はあえて一番端、山崎(若)が入ろうとしていた一番個室を占拠した。
俺は生きた心地がしないまま、三番個室に滑り込んだ。
「ガチャン」
薄い壁の向こう。二番個室から、師匠(社長)の重苦しい溜息が聞こえる。
「……三番個室さん。どうやら、今日は『傍聴人』がいるようだな」
「師匠……。バレました。全部筒抜けです」
「ふん、監視役だか監査役だか知らないけど、趣味が悪いわね」
壁の向こう、女王(二階堂)の低い声。だが、その声にはいつもの鋭い気迫が足りない。木島の存在が、聖域の空気を完全に汚染していた。
「……三番個室、佐藤君。聞こえているぞ」
一番個室から、木島の冷徹な声が響く。
「この仮設トイレの壁は薄い。君たちが何を話し、何を流すのか、すべて記録させてもらう。……さあ、始めてみろ。君たちの『聖域』とやらの正体を見せてもらおうか」
沈黙が流れる。誰も言葉を発せない。
その時、俺の視界にある「違和感」が飛び込んできた。
プラスチックの壁、目の高さ。そこには、不自然に貼られた一枚の銀色のシールがあった。
指で触れる。それはシールではない。……金属のプレートだ。
そこには、見覚えのある文字が刻まれていた。
『3』
「……これ……!」
それは、解体されたあの古いトイレの「三番個室」についていた、真鍮製の番号プレートだった。昨日、師匠と一緒に掃除した、あの個室の証。
「……三番個室さん、気づいたかな」
左隣、師匠の声が優しく響いた。
「それは昨日、私が瓦礫の中から救い出したものだ。……場所は変わっても、我々が磨き続けた『精神』は、今そこに、君の目の前にある」
プレートに触れた指先に、熱が宿る。
そうだ。建物が壊されても、このプレートに、そして俺たちの記憶に、あの聖域は生きている。
監査役の木島がどれだけ数字を数えようと、この「誇り」だけは数値化できない。
「……木島さん」
俺は、壁の向こうの侵略者に向かって、はっきりと言った。
「あなたは数字を見ているかもしれませんが、俺たちは『明日』を見てるんです。……師匠、皆さん。行きましょう。俺たちの三番個室は、ここ(胸)にあります!」
「……よく言った。……さあ、不速の客に、我々の最高の『回答』を叩きつけてやろうじゃないか!」
師匠の合図。
木島の「止めろ!」という制止の声を、俺たちの覚悟が飲み込んだ。
「「「「せーの……」」」」
ゴォォォォォォォォッ!!
四つの洗浄音が、プラスチックの箱を激しく震わせる。
それは、木島の持つタブレットのログを、彼の冷徹な理屈を、そして襲いかかる不安をすべて押し流す、魂の咆哮だった。
個室を出ると、一番個室から出てきた木島が、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「……こんな、非合理な……! 会社に報告してやる、君たちのこの『無駄』を!」
そこへ、背後から一人の男が歩いてきた。
「……無駄、ではありませんよ、木島君」
「……社長!? なぜこんな場所に……」
ヘルメットを脱いだ徳川社長が、木島を静かに見据えた。
「彼らのこの『無駄』が、我が社の危機を救う最強のロジックになっていることを、君はまだ理解できていないようだ。……監査役。数字だけを見ていると、肝心の『人』を見失うぞ」
木島は絶句し、足早に逃げ去っていった。
俺は、ポケットの中に忍ばせた「3」のプレートをそっと握りしめた。
解体完了まで、あと十六日。
聖域は、形を変え、より強固なものへと進化しようとしていた。
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