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『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


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第18話:月曜日の奇襲。バリケードの向こう側

最悪の月曜日だ。

駅の階段を駆け下りた俺の目に飛び込んできたのは、昨日までの黄色いテープなんて生易しいものじゃなかった。入り口を完全に塞ぐ、無機質な白い仮囲い。そこには大きな文字で『作業中・立入禁止』の看板が掲げられている。

「……嘘だろ。まだあと二十日以上あるはずじゃ……」

絶望に打ちひしがれ、立ち尽くす俺の横を、一人の男が平然と通り抜けた。

高級な革靴、見覚えのある背中。……社長(師匠)だ。

社長は周囲の目を盗み、仮囲いの端にある、わずかな隙間――機材搬入用の防炎シートの重なり――をひょいと捲り、中へと消えていった。

「……えっ、マジで?」

俺は周囲を警戒し、泥棒のような手つきでその後に続いた。

中に入ると、そこはすでに「戦場」だった。照明は半分落とされ、鏡には養生テープがバツ印に貼られている。だが、個室の扉はまだそこにあった。

「ガチャン」

三番個室。

暗がりの中、いつもの便座に座ると、なぜか涙が出そうになった。

「……師匠。……これ、不法侵入になりませんか?」

「……フフ。案ずるな、三番個室さん。私はここの再開発組合の理事の一人と、昨日『話し合い』をしてきた。……今日一日は、まだ我々の権利が認められている。いわば、ここは今、合法的な秘密基地だ」

左隣、二番個室。

師匠の声は、暗闇の中でいつも以上に深く、頼もしく響いた。

「アニキ! 入るの苦労したっすよ! 警備員に『忘れ物した!』って叫んで突っ走ってきたっす。……スーツ、粉塵で真っ白っすわ」

右隣、四番個室。若(山崎)が、ハァハァと息を切らしながら合流する。

「……全く。あんたたち、よくやるわね」

壁の向こう側、女子トイレ。女王(二階堂)の声もした。

「私は清掃業者に扮して入ってきたわよ。……でも、この暗闇。まるで沈没しかけている船の底にいるみたい。……ねえ、一番個室のコンサルさん。この状況、貴方の計算には入っていたのかしら?」

「…………」

一番個室から、しばらく沈黙が続いた後、カチリとペンの音が響いた。

「……想定内だ。……物理的な閉鎖は加速する。だが、佐藤君。君が先週見せた『現場のノイズ』。あれが経営会議を動かした。……このトイレの解体は止められないが、『跡地に何を作るか』の計画に、君の意見が反映される可能性が出てきた」

一ノ瀬の声には、隠しきれない高揚感が混じっていた。

「えっ……本当ですか、一ノ瀬さん!?」

「ああ。……だが、それには今日からのプロジェクトの数値結果がすべてだ。……暗闇で怯えている暇はない。……出すものを出して、光のある場所へ行くぞ。……諸君、準備はいいか」

一ノ瀬が、力強く号令をかける。

解体寸前、電気が止まりかけ、埃の舞うこの場所で。

俺たちは、かつてないほどの連帯感を感じていた。

「「「「「せーの……」」」」」

ゴォォォォォォォォッ!!

重低音の洗浄音が、仮囲いに囲まれた狭い空間で反響する。

それはまるで、死にゆく聖域が最後に上げる、魂の叫びのようだった。

俺たちは暗闇の中、それぞれの個室から立ち上がった。

仮囲いの外に出ると、眩しい朝の光が俺たちを刺した。

作業員の怪訝な視線を浴びながら、俺たちは一度も振り返らずに改札へと向かう。

「佐藤君。……今日のプレゼン、期待しているぞ」

社長が俺の耳元で囁き、足早に去っていく。

一ノ瀬はタブレットを確認しながら、「無駄を省き、本質を突け」と短く告げた。

山崎と二階堂課長も、それぞれの戦場へと消えていく。

俺は、自分の手が少しだけ震えているのに気づいた。

それは恐怖じゃない。

何かが新しく始まる、武者震いだ。

解体まで、あと二十三日。

建物は消える。けれど、俺たちの「声」は、この街の新しい地図に刻まれようとしていた。

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