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『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


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第19話:現場の反乱と、女王の涙

火曜日、午前八時四十二分。

昨日の「密入室」の興奮も冷めやらぬまま、俺たちは現実という名の、より冷徹な壁にぶつかっていた。

「……プロジェクトの差し戻し?」

会議室に、俺の情けない声が響いた。

手元にあるのは、他部署の部長連中から叩きつけられた「再検討依頼書」の山だ。現場の声を重視した俺たちの新プランは、効率第一を掲げる古参の役員たちにとって「甘っちょろい空論」に映ったらしい。

「佐藤、あんたのせいじゃないわ。……私が、根回しを甘く見ていた」

そう言った二階堂課長(女王)の横顔は、いつもの鋭さが嘘のように青白かった。

彼女は俺たちの盾となり、役員会議で一人、罵声を浴び続けてきたのだ。

「……ガチャン」

いつもの三番個室。

仮囲いの隙間を縫って辿り着いたこの場所は、昨日よりもさらに工事の砂埃が舞い、解体へのカウントダウンを肌で感じさせた。

「……師匠。俺、やっぱり向いてないのかもしれません。俺が動くたびに、女王……二階堂課長が傷ついていく」

「……三番個室さん。盾が傷つくのは、守るべきものが価値あるものだからだ。だが、その盾が悲鳴を上げている時、背中の戦士は何をすべきかな?」

左隣、二番個室。

師匠の声は、重く、そして静かに俺の覚悟を問うていた。

「アニキ……。二階堂課長、さっき給湯室で……。一瞬だけ、鼻をすすってました。あんな女王、見たくなかったっすわ」

右隣、四番個室。若(山崎)の声が、怒りと悔しさで震えている。

「……無駄話はやめて」

壁の向こう側、女子トイレ。

女王の声が響いた。だが、その声はいつもの威厳を保とうとして、決定的に掠れていた。

「……私は、泣いてなんていないわ。ただ、……あんたたちが積み上げたものが、あんな分からず屋たちの言葉で壊されるのが……、悔しいだけよ。……佐藤、謝ったら承知しないわよ。あんたは、間違っていないんだから」

その瞬間、壁の向こうで「ウッ」という、声を押し殺した嗚咽が聞こえた。

鉄の女と呼ばれた女王の、初めての落涙。

俺は、自分の拳が白くなるほど強く握りしめられているのに気づいた。

「……二階堂君。涙は、心の不純物を流すための最上の洗浄液だ。ここでは我慢する必要はない。……だが、一番個室の君。君の『ロジック』は、この涙をどう分析する?」

師匠の問いかけに、一番個室の一ノ瀬が、静かに答えた。

「……分析の必要はない。……私は、自分の作成したプランが『不当な感情』で踏みにじられるのが、世界で一番嫌いだ。……佐藤君。明日の最終プレゼン、データをすべて差し替える。……彼らが二度と文句を言えないほど、君たちの『エモーション』がどれだけの利益を生むか、数字で冷酷に証明してやる」

一ノ瀬のペンが、紙の上で激しく、そして力強く走る音が聞こえた。

彼もまた、この「聖域」を守るために、彼なりの方法で怒っていた。

「……皆さん。ありがとうございます。……女王。……二階堂さん。明日、必ずひっくり返します。だから、今は……全部、ここで流してください」

俺の言葉に、女王は短く「……ええ」とだけ答えた。

「「「「「せーの……」」」」」

ゴォォォォォォォォッ!!

五つの洗浄音が、暗いトイレの中に共鳴する。

それは女王の涙を、俺たちの悔しさを、そして不条理な現実をすべて飲み込んで、明日への活力へと変えていく咆哮だった。

個室を出ると、そこには目を赤くした、けれどいつもの凛とした表情を取り戻した二階堂課長が立っていた。

彼女は俺と目が合うと、ふいっと顔を逸らし、早足で出口へ向かう。

「一ノ瀬さん、資料の最終チェックをお願いします」

「承知した。一分一秒の無駄もなく、完璧に仕上げよう」

二人の背中を追いながら、俺はポケットの中のシルクのハンカチを握りしめた。

解体まで、あと二十二日。

俺たちの「聖域」は物理的には壊されるかもしれない。

けれど、この五人の絆を壊せるハンマーなど、この世のどこにも存在しないのだ。

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