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『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


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第15話:コンサルの罠と、三番個室の逆襲

水曜日、午前八時四十一分。

一週間の折り返し地点であり、精神的疲労が「最適化」の限界を超え始める魔の水曜日。

佐藤誠は、昨日から始まった一ノ瀬コンサルタントによる「業務効率化ヒアリング」という名の詰問攻めに、身も心もボロ雑巾のようになっていた。

「ガチャン」

三番個室。

もはやここだけが、俺の「HPヒットポイント」を回復できる唯一のセーブポイントだ。

「……はぁ。一ノ瀬の野郎、『トイレ休憩の平均時間を3分以内に短縮せよ』なんて、無茶苦茶なKPI設定しやがって……。人間を機械だと思ってるのか」

「……三番個室さん。機械ですら、オーバーヒートすれば冷却期間が必要だ。一ノ瀬という男、理論は一流だが、摩擦熱を計算に入れていないようだな」

左隣、二番個室。

師匠の声が、重厚なバリトンのように響く。その冷静さに、俺の荒んだ心が少しだけ凪いでいく。

「アニキ、僕もさっき一ノ瀬さんに『君のタイパ(タイムパフォーマンス)は、動画の2倍速視聴以下だね』って言われたっすよ! 失礼すぎて、逆にリスペクトしそうになったっすわ」

右隣、四番個室。若(山崎)も相当やられているらしい。

「……甘ったれないでよ」

壁の向こう側、女王(二階堂)の、冷たいが芯のある声。

「一ノ瀬のやり方は確かに極端よ。でも、あいつに隙を見せてるのは私たちの『緩さ』でもある。……佐藤、あんた、昨日一ノ瀬に言われたこと、まだ気にしてるの?」

「女王……。だって、あいつ『このトイレでの会話は、会社の損失に直結している』なんて言い切ったんですよ。……俺たちのこの時間が、ただの無駄だって」

その時だった。

「……事実だ。反論があるのかね?」

一番端、一番個室。

冷徹な「侵略者」一ノ瀬の声が、鋭いメスのように会話を切り裂いた。

「……一ノ瀬さん。あなた、またそこにいたんですか」

「私は無駄を嫌う。この時間にここへ来れば、君たちがどのような『非効率な連帯』を育んでいるか、一括でモニタリングできるからね。……二番個室の御仁、貴方もだ。貴方の発言は組織の規律を乱す。速やかに排出して退出したまえ」

一番個室からの圧力。個室内の空気が一気に氷点下まで下がる。

だが、師匠は動じなかった。

「……一ノ瀬君、と言ったかな。君の言う『最適化』は、砂漠に道路を作るようなものだ。確かに移動効率は上がるが、そこで暮らす生き物は死に絶える。……我々がここで吐き出しているのは、単なる排泄物ではない。明日を生きるための『余白』だ」

「余白? 詭弁だな。ビジネスに必要なのは成果のみだ。余白など、ただのノイズに過ぎない」

一ノ瀬の言葉が、俺の胸に突き刺さる。

……確かに、俺たちはここで無駄話を流しているだけかもしれない。

でも、その「無駄」がなければ、俺はとっくに壊れていた。

俺は、意を決して、壁越しに声を上げた。

「……一ノ瀬さん! あなたにはノイズかもしれないけど……俺にとっては、このノイズが『音楽』なんです! あなたが削ろうとしているのは、俺たちが必死に守ってきた『人間らしさ』だ!」

一瞬、一番個室が沈黙した。

「……ふん。感情論か。……佐藤君、その『音楽』とやらが、今日のプレゼンでどれだけの利益を生むか、楽しみにさせてもらうよ」

一番個室の扉が開く音がし、一ノ瀬の去っていく足音がカツカツと響いた。

「……佐藤。よく言ったわね」

女王の声が、少しだけ弾んでいるように聞こえた。

「アニキ、かっけーっす! 僕も、今日から『ノイズ派』として生きていくっすわ!」

「……三番個室さん。君の音に、迷いがなくなったな。……さあ、ノイズだらけの最高の演奏を始めようじゃないか」

「「「「せーの……」」」」

ゴォォォォォォォォッ!!

四つの洗浄音が、一ノ瀬の残していった静寂を、力強く、激しく、かき消した。

午前十時四十五分。

会議室に向かう俺の手には、昨夜まで一ノ瀬に「無駄だ」と全削除を命じられたはずの、現場社員たちの「切実な声」をまとめたスライドが握られていた。

「……さて、最適化(壊)される前に、俺たちの声を届けてやる」

俺は、一ノ瀬が座る最前列の席を真っ直ぐに見据え、プレゼンの壇上に立った。

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