逃げても逃げても
「ううう…。弄ばれた…。」
僕は、自分の体が女性なのだと強制的に実感させられた。
『私はそんな趣味なかったのに…。』
なぜか、フォレスティアさんまで一緒になってへこんでる。
顔を合わせづらい雰囲気になってしまい、今日のところはお開きということで帰路に就くことにした。アルさんの元に戻ると、昨日と同じく昼の準備に取り掛かることになったのだが、先ほどのショックが尾を引いてどうも身が入らない。だが、人様の口に入るものを作るのだからと気合を入れ直してどうにか乗り切った。肉体的な疲労もだけど精神的な疲労がきつかったのか、昼が終わるとアルさんに断りを入れて部屋で休むことにした。
僕はベッドに横たわり天井を見つめた。
「なんで、僕だけ女体化とか訳のわからないことになったんだろう。」
異世界転移かゲーム内にとじこめられたのかは知らないが、それに関してはリンとか同じ境遇の人がいるので仕方がないとしても、性別が変わる…ちがうな。顔に作りも僕とまったく似てないので、むしろ別の肉体に僕が入っているといったほうが正しいのかもしれない。女性の肉体という器に僕という男性の精神または魂が入っている…が、しっくりきそうだなぁ。でも、それだと僕の本来の体はどこに行ったのだろうか。消滅?はたまたこの女性の体につくりかえられた?考えたくもないな。
「ちくしょう…、もとの体にもどしてくれよぅ…。」
この時、僕はこの世界で初めて弱音を吐いたのだった。
「はぁはぁはぁ。」
僕は走っていた。どこだかわからないけど、とにかく走っていた。何かに追いかけられている。そう、何かから逃げていた。逃げるために走っていた。後ろを振り返る。そこには誰もいない。だけど何かがいるような気がする。立ち止まれば捕まる。捕まったらやばい。僕の直観がそう警鐘を鳴らす。
「はぁはぁはぁ。」
呼吸がきつい。胸が張り裂けそうだ。だが立ち止まるわけにはいかない。また後ろを振り返る。やはりそこには何もない。もう限界だ。僕は物陰に隠れる。そこで上がった息を整える。物陰から走ってきた方を見る。何もないし何も来ない。逃げ切ったか…、いや見つかっている気がする。ここにいてはだめだ。僕はまた走り出す。
何度、そんなことを繰り返しただろうか。どんだけ逃げようが隠れようが、その何かに見つけられている気がする。
「うぁ…。」
とうとう僕は、限界に来たのか足をもつれさせて転んでしまった。地面に倒れこみながら背後を見る。やはり何もない。だが、何かが絶対にそこにいる。僕は何もないその空間に恐怖した。必死に後ずさる。
ピシ…ピシリ
その恐怖を感じる空間から音がする。割れるような裂けるようなそんな音だ。
ビシ…ビシリ
空間に皹が入る。
ビキ…ビキリ
皹が亀裂となり空間が裂ける。裂け目から2つ、赤く光るなにかがある。
「ひぃ…。」
赤く光るのは目だ。誰かが裂け目の向こうから見ている。僕の姿を見つめる目は獲物を狙う獣そのもの。目の下に赤い横筋が広がる。口か。その口が何かの言葉を紡ぐ。
『ミ…ツ…ケ…タ…』
ソレは、裂けた空間の向こうから黒い靄のような手を伸ばしてくる。僕は必死に後ずさる。だが、腕は迫ってくる。僕は逃げ切れず、ソレは僕の髪の一房を掴んでしまう。得も言われぬ恐怖に僕は悲鳴を上げた。
「あああああああああああああ。」
僕は跳ね起きる。ソレはどこにもいない。
「夢…か?」
そこはアルさんにあてがわれている部屋だった。いつの間にか眠っていたらしい。不快な寝汗で服が体に張り付いている。
「着替えないと…。」
クローゼットを漁り、タオルと着替えを見つける。着替えんぼ服はやはり女性ものだ。背に腹は代えられない。意を決して僕は服を脱ぐ。置いてあった水差しの水をタオルに湿らせて体を拭いていく。だいぶましになった。今度は乾いたタオルで湿った体を拭きあげる。
「ふぅ。」
不快感がなくなりやっと人心地つけた。う…、女性ものの下着…。やはり身に着けなければならないよね。仕方なく身に着けようとする。その時、ふと姿見の鏡が目に入る。
「え?」
そこに写った僕の姿には違和感があった。




