Episode5 婚約は解消したい
鑑定から三週間後、現在私は王都のエーデルシュタイン邸にいる。
二週間前、王都入りをして、ここにきて寝て起きた。それだけ。
近づくたびに感じる、領地より暑く湿った八月らしい天気に、やはりそれが標準だと再確認した。
ただ、もう日付は九月に移り変わろうとしている。
夏の暑さも残りつつ、湿度はもう低くなってきていた。
そして、王都にきた理由が、鑑定の結果報告のためなのか、はたまたそれ以外のためなのか。
今はここの屋敷の使用人さんたちにお世話になっているのだけれど、何故かルーも居る。
ちなみに、ルアンは領地でお留守番である。
時々、誰かの視線を感じることもしばしば。
どうやら、あとちょうど三日後に何か予定があるらしいのだが、なぜか空気が張り詰めている。
私にはその理由を話されていないので、メイドさんたちにされるがままにしているのだが。
貴族の誰かと会うことは確定なのかもしれない。
気になったので、暇を持て余している私は調べてみることにした。
こっちにも、大きい図書室がある。公爵家の力。
現在出版されてる貴族名鑑とやらは、公式に発表されると自動的に改定されるそうだ。
ちなみに、この仕組みはどの本にもあるらしい。書籍を管理している機関に要請すればできるということだ。魔術って便利。
ここは、アウレリオス王国。
元々大陸の広範囲を支配していたらしいが、数十代前の王がかなりの浪費家で女癖も悪く、政治は宰相任せにした結果、次々に戦争を仕掛けられ、優秀な戦力により負けはしなかったものの、独立が相次いだらしい。
狭くはなったが、まだまだ王国の方が大きい。
それから、王家は立て直し、民衆からの信頼も長い年月をかけて回復させた。
ちなみに、アウレリオスの王族は、光属性を保有している血筋らしい。近年は、血は薄れつつあるのだとか。
そして、このアウレリオス王国の中には公爵家はエーデルシュタイン家を含めて四家。
エーデルシュタイン、メソルトウェイ、コーコレン、カルヴェリオンである。
それぞれ、王を支える役割を持っている、ということらしい。
エーデルシュタインは軍務面で。メソルトウェイは学術面で。コーコレンは外交面で。カルヴェリオンは内政面で。
この四公爵家は結構仲が良かったりするけど、カルヴェリオンを除いて、乙女ゲームの攻略対象の生家でもある。
しかし、私はほとんど会ったことがない。エーデルシュタインが北の果てに位置するからなのか、情報もほとんど入らない。
他に特記するとすれば、母様はメソルトウェイ家次女。つまり、メソルトウェイ家のキャラ、攻略対象と悪役令嬢の二人はいとこ関係。何回か会ったことはある。
ちなみに教養面は、母様に紹介してもらったテリーヌ夫人に教えてもらっている。
テリーヌ・ケルディック。伯爵家の、王家お墨付きの教養の師。
「セフィリア様?ああ、こちらにいらしたのですか」
図書室の扉を開けたのは、テリーヌ夫人である。
優しそうな雰囲気の実際明るい人なのだけれど、指導はかなり厳しい。私の将来のためだと思うと、頭が上がらない。
「テリーヌ夫人。御機嫌よう」
椅子から降りて、カーテシーをする。
「御機嫌よう、セフィリア様。今日から三日間は勉強漬けですよ!」
少し興奮しながら優雅に歩いてくるけれど、勉強漬け、という言葉に反応する。
「どうかしましたか?」
「あら?奥様から聞いておられません?」
いいえ、全く。なんだか、重要なことを抜かしてる気がする。あの母様は。
「はい。なにか重要なことでもあるんですか?」
「ええ!第一王子殿下に謁見するんです!」
⋯⋯?第一王子?
アレクシオン・ヴァレリエス=アウレリオス?攻略対象の?
「なぜ?なにかやらかしましたか?私」
「なにおっしゃいますか!恐らく婚姻です。そうでなくとも、そういう関連の話です!」
あ⋯⋯。ゲームってそんな話あった?
わからない。もう忘れ始めているのか、もともとなかったのか。
「えっと、根拠は⋯」
「女の勘です!」
「勘!!」
「と、いうことで、みっちりやりますよーーー!」
「―――」
私は放心状態である。
いや、この年で婚約⋯⋯?この世界では常識、か。常識だ。
というか、絶対それ私、殺される。死ぬ。確定演出。ステータス鑑定もおかしかったのに。
テリーヌ夫人にされるがまま手を引かれて図書室を出る。
私、終わったかも。
/
三日後。
現在、私は解体工場に出荷される家畜の気分である。
彼らの気持ちなんて考えたことはないけれど、おそらく、こんな気分なんだろう。
今は、馬車に乗っているが父様も母様も、ほとんど声は交わしていない。雰囲気から、私を王家に送り出したくないのか、とも考えてしまう。
婚約のことを告げられたのは、今朝の朝食の時だった。
扉を開けた時の重い空気には気づいていた。
料理が運ばれてきても、会話は交わされない。
いつもはこんな雰囲気ではない。
「あのね、リアちゃん。今日ね、王城に行くんだけど」
切り出したのは母様だった。
「第一王子殿下と婚約することになったの」
テリーヌ夫人の勘が、当たっている。女の勘、すごい。
婚約については、正直面倒なんだけれど、事情というものがあるのだろう。
私の思考を感じ取ってか、父様が口を開く。
「すまない。あのクソ陛下の命令なんだ。今直ぐにでも殺りに行きたいんだが、流石に謀反になって処刑されるからな」
この国最高権力者にクソという言葉使いをするほど仲が良いのはわかるけれど、よくない。
国王陛下は、父様の母方の兄の息子、つまり従兄。私から見て従伯父である。ちなみに第一王子殿下は私の再従兄にあたる。貴族の政略結婚って恐ろしい。
「あの野郎。自慢するために見せてやったのに、あまつさえ⋯⋯⋯を使って⋯⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯子供が知らない方がいい問題だ。私は何も聞こえてないことにしておきましょう。そうしましょう。
「わかりました。受けます」
「いいの!?」
「いいのか!?」
二人同時にして前のめりに聞いてくる。
「リアちゃん。確かに、お顔は!お顔はいいわよ。でもね、性格はどうかわからないし⋯⋯⋯」
それは不敬に当たるのではなかろうか。
「でも、王命なんでしょう?仕方がないと思います」
「あぁ!なんでうちの子はこんなに早く成熟しているのかしら!いいのよ!嫌だったら言っていいのよ!なんだったら⋯⋯⋯⋯」
「あの」
母様が少し泣きそうになりながら言ってくるが、王命だから覆せないことはわかっているので、その先は告げないでほしい。
「いえ、嫌、というか。それが命令なら」
「⋯⋯恨んでも恨みきれんな、あの野郎」
どうやら、陛下絡みになると、父様は言葉遣いが悪くなるようだ。今後、触れる機会がないことを願っている。
「ごめんね。リアちゃん。婚約に関して、あなたの意志を優先しようと思ってたんだけど」
「では、あちらの意志はどうなんですか?」
「は?」
「第一王子殿下です。殿下の意志は反映されているのでしょうか」
父様と母様は顔を見合わせて、それから同時にこちらに振り返る。
「おそらくだけど、ないわね」
「でも、伝えられてるとは思うぞ。他の公爵家にも同じ年頃の令嬢はいるからな。多分、というか絶対、陛下の独断だ」
「なら、殿下と話し合って、双方解消の意志があるなら、婚約解消します。その方がいいでしょう」
利益と損害については置いておいて、私の生存のために。せっかく転生したのなら、長生きくらいしたい。
王命なので婚約自体は覆せないが、解消に関しては両方に解消の意志があるなら、父様の力も借りて、陛下を説得してもらおう。
言語で。
「なるほど」
「それで、本当にいいの?」
「はい。独りの方が気が楽ですし、やりたいことができるので。効率的だと思います」
「「効率的⋯⋯!!」」
しばらく気まずい沈黙が流れたが、食事を再開し、それからあらかじめ用意された服を着て、髪を結って、今に至る。
王都の活気あふれる街並みを眺めているのに、気分は最低である。
私は前世の影響や今世もほとんど他人と話していないのでちょっとしたコミュ障と化していた。
話しかけられて卒倒する訳ではない。
表情筋が死滅しているため顔に出ることはほとんどないので、特に問題ないのだが、口数は極端に減り必要最低限しか話せなくなる。
これから貴族社会で生きていく上で、限りなく致命的な弱点である。エーデルシュタインだから、必要はないと思うが。
なので、露店の串焼き、美味しそう。と適度に現実逃避することにした。
「――――――、46368、75025、122393、196430、317881、534229、832020、1346259⋯⋯あれ?けいさんがあわなくなってる⋯⋯⋯⋯」
「なんてこと⋯⋯。リアちゃん。1:1.6180よ」
「そこか⋯⋯⋯。やはり無理をしているのだな」
美形の父様の憂い顔は、栄養が得られる⋯⋯。ビタミンDかな⋯。そうすると、父様って日光⋯?
「大丈夫です⋯⋯⋯。それに、婚約解消できると思うし⋯⋯。だって、他にもたくさん私と同じ年の子がいるじゃないですか。それと、私と婚約する利点があまり思い浮かばないのですが。それに、初代エーデルシュタイン当主ってこの国の初代国王の弟なんでしょう。それでいろいろ押し付けられて王族の血も濃いんでしょ⋯⋯。同意してくれるまでの辛抱じゃないですか。頑張ります⋯⋯⋯」
「あら、リアちゃんと婚約する利点、あるんじゃない?」
「え?魔力のことですか?それとも、あとは女神の加護とか?」
手続きがどうとか言っていたが、こうして登城するのに、何週間かは経っている。
「⋯⋯⋯そうかも、しれないな」
「⋯⋯⋯それ以上に、可愛いのよ〜」
親贔屓は聞き流して私はその前の沈黙が気になる。
つまるところ、父様の言ったとおりだろう。
鑑定結果が籍に登録されて、それを国王が確認したのか。
そこはどうでもいい。
とりあえず、婚約を解消することができれば。
それが例え自分勝手だとしても、私の最善なのである。
/
王城の大きい門の前に馬車が止まると、ゆっくりと門が開き、城内の様子が露わになっていく。
馬車から降り立った時はその大きさに思わず息をのんだ。
遠目に見たよりも、近づくとより巨大に見える。
それはもう、何処までも続いていると錯覚させられるほど。
領地の教会とは違い、王城は高さも広さも桁違いに広い。
比べることすら無礼かもしれないが。
白亜というより、淡い金色を溶かしたような石造り。磨き上げられた外壁は、陽光を反射して眩しく、直視すると目が痛い。流石、というか。威圧感が半端ない。
門扉は黒鉄。装飾は控えめだが、よく見ると王家の紋章が幾重にも刻まれている。主張はしないが、消えない。
王都の喧騒はここまで届かない。音が、薄い。広すぎる空間は音を飲み込む。
石畳は一枚一枚が大きく、継ぎ目がほとんど見えない。管理が徹底されている証拠だ。
視線を上げると、騎士たちが寸分違わず整列している。
銀の鎧。白い外套。肩には王家の紋章。剣の柄が魔法の照明によって光る。
父様は総司令官である。
全ての騎士の、配置や統率を執る。
それなりに、というか、騎士たちの顔を見ると、かなり慕われている、気がする。
そして、父様と母様は、公爵家の顔になって、家族の空気は消えている。代わりに「エーデルシュタインの公爵家当主」と「その公爵夫人」が立っている。
そういう父様と母様を見たのは初めてで、少し違和感を覚える。特に母様は全然違う。
私は父様と母様の半歩後ろだ。
そして。
「こちらへ」
低く抑えた声。
私の前に一人の騎士が進み出た。
年の頃は二十代後半くらいだろうか。銀の鎧は傷一つなく、だが手袋越しの指の動きは無駄がない。実戦経験はある。恐らく。
父様の視線がこちらを向く。
母様の指が、ほんの少しだけ私の頭に触れる。
――――――離れた。
それだけ。
騎士は振り返らない。ただ歩き出す。
何故か。
移動中に教えられたのは、婚約の署名は何人かの証人という名の監視のもとで当事者だけで行うらしい。両親やきょうだいは入れないとのこと。
当事者、証人だけなのは、サインをする際のインクに魔力をのせて書く時、近い血筋の人間がいると本人の魔力以外にも記録されてしまうからだ。
インク自体、魔力を吸収しやすいものでとても貴重品であるが、精度は荒く、近しい魔力は感知して含ませてしまう。
液体自体に術式が刻まれているのが珍しい。
その話を聞いた時は、署名の時に一人になってしまうことよりも、インクの方が俄然気になった。
また、別の扉が開かれる。
やたらと厚い。防御力が高そうだ。魔術的な防護もあるのだろう。王城の内部は装飾より防衛を優先するらしい。
中は涼しい。
外の熱気が感じられない。石造りの回廊は天井が高く、窓は大きい。光は入るが、直射さないよう計算されている。
足音が響く。
コツ、コツ、と小さな音。
騎士の足音は重いはずなのに、なぜか私の靴音ばかりが目立つ。心理効果だろうか。
壁には歴代国王の肖像画。
視線が追ってくる気がするのは気のせいだと思いたい。
そういう錯視があった。
―――絵画にそんな仕掛け、しないか。
なんてことを考えて、途中で何度か、角を曲がりつつ、騎士の先導について行く。
「緊張されていますか」
前を向いたまま、騎士が言う。
声は穏やかだが、抑揚が少ない。
「いいえ。―――少し、計算を間違えただけです」
少し、というか、結構。
「⋯⋯計算、ですか」
「数列が、途中で破綻しました」
沈黙。
数歩分。
「⋯⋯それは由々しき事態ですね」
声色が、ほんのわずかに和らぐ。
騎士はやはり振り返らない。
だが歩幅が、わずかに私に合わせてくれた。
その少し職務的に感じられる気遣いで、私の心は少しだけ、安定した。




