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Episode4 必殺技の意味






 馬車の扉を開けた瞬間、冷気が頬を撫でて、思わず肩がすくむ。


「大丈夫か?」


 父様の声に、短く答える。


「はい」


 地面に足をつけると、石畳の冷たさが靴底越しに伝わる。

 たちの悪い底冷えの典型だ。

 見上げると、教会の塔は空に喰い込むようにそびえ立っている。

 灰色がかった白い壁が光を反射して、ぼやけて影がうつっている。


 正面の扉の前で、栗色の髪に、青い帯の祭服をまとった、一人の若い神官が頭を下げる。

 他に神官は見当たらない。


 父様は、微妙に眉根を寄せる。

「⋯⋯人手が足りないわけではないと聞いていたのだが」


 母様は、わずかに笑みを浮かべるけど、いつもの雰囲気とは明らかに違う。

「ここまで簡素とは、中では随分と『贅沢なもてなし』を用意してくれたのねぇ」



 若い神官がびくりと震える。

「も、申し訳ありません…⋯!本来ではもう数名の対応を予定していたのですが、急な―――」


「事情があるのは理解している」

 父様の言葉にすかさず母様が付け加える。

「だけど、私達の子の将来を左右する大事なことよ。最低限の礼は尽くして欲しいわ」


 若い神官は真っ赤になって、更に深く頭を下げた。

「⋯⋯はい。お詫び申し上げます。中までご案内しますので、そこで少々お待ち下さい。他の者を呼んできます」


 神官に導かれ、重い扉の隙間から中へ入る。

 扉が閉じた途端、外気の冷たさは遮断され、内部の静けさだけが支配する。

 天井は高く、光が正面のステンドグラスに差し込んで幻想的な雰囲気に包まれていた。


 教会の女神の像の後ろ側にある扉を開けると、今度は薄暗い回廊が続いている。

 四人の足音が反響して、少し不気味だなと思いながらも、私達は奥の部屋に案内された。

 先程の神官は一旦戻って、他の神官を呼びに行ったらしい。


 この部屋は、来賓用に整えてあるため、薄暗くはなかった。


 二人はソファに腰を下ろしてため息をつく。


「まったく⋯セヴィルアンのときもこうだったら締め上げてやろうか」


「あら、寄付をやめたらいい話でしてよ」


 怒っている。

 こんなことで怒るのは、非効率なのではないだろうか。




「―――父様、母様。落ち着いて」


 私の声に気づいたようで、二人とも、ため息をつく。


「―――でもね、リアちゃん。あれはあなたを侮辱されたのと同じなのよ。怒っていいわ」


「事情があるんでしょう。仕方がないと―――」


 鑑定を依頼している側が文句を言っても。

 私が目覚めたのだって昨日だ。すぐには用意できないだろう。


 というより、目覚めた直後の私を鑑定するというのは、不正確すぎるのでは?


 そこで、蝶番の軋む音がして、神官が三、四人入ってきた。

 さっきの栗色の若い神官が前に出て、深く一礼する。


「先程は大変失礼いたしました。鑑定室にご案内します」


 ふたりとも立ち上がって、神官たちについて行った。

 私もそれについていく。


 扉の奥の回廊は、外の冷たさとは違う静けさに満ちていた。

 壁に並ぶ燭台の炎は小さく揺れて、石造りの空間に金色の影を落としている。

 靴音は吸い込まれ、空気はひんやりとして澱みがない。

 歩くたびに、胸の奥が少しずつ静まっていく。


 しばらく真っ直ぐ進み、最奥の鑑定室の扉が開かれる。

 中は、余計なものを削ぎ落としたように簡素で、円形の部屋。

 中央には透明度の高い水晶球が置かれ、周囲の机に白い記録紙が丁寧に重ねられている。


 年長の神官⋯⋯神官長が一歩前に出た。


「では……ステータス鑑定を行います。

 水晶に手を添えて、深呼吸をしてください。力を入れず、自然のままに。」


 父様が横目で私を見る。


 緊張しているかと心配しているのだろうか。

 私は不安ではあるけれど、緊張はしていない。


 私は深く息を吸った。

 水晶球に手を伸ばし、そっと表面に触れる。


 部屋の空気が、かすかに揺れた。


 水晶の上の空中に、透明な長方形が現れる。

 そこにはこう表示してあった。






 /ーーーーーーーーーーーーーーー/


 個体名 セフィリア・ノクテリエ=エーデルシュタイン

 種族  ヒト

 年齢  七歳一ヶ月


 属性  水・闇・土・―――

 保有量 3000

 ギフト 女神の加護

 レベル 30


 /ーーーーーーーーーーーーーーー/









 前半の方はわかる。だけど、後半に至っては属性は表示が変だし、基準値がわからないから、なんともいいようがない。


 この結果を見た他の神官たちがなにか囁きあっている。

 その囁きも、幼いがゆえに敏感な私の耳は捉えていしまった。


「⋯⋯属性に測定不能、なんてあるのか⋯!?」

「保有量が三千⋯⋯!?」

「ありえない。でも、間違ってはないはず。だって動作確認はしてただろ?」

「それでも、私達の二倍はあるんだぞ!それに、女神の加護なんて抽象的なギフト、見たことがない⋯。例こそ少ないのに」

「レベルもだろ。この年で三十って、下手したら一人前の冒険者ぐらいじゃないか⋯?」


 神官長が振り向き神官たちの方を向くと、その音はすぐに止んだ。

 そして神官長がなにか話したあと、私達の方を向いて、口を開く。


「――――――本日の結果はすべて持ち帰り、改めて明日、正式な鑑定文としてお渡しします」


 父様が無言でうなずく。


 母様も圧のある笑顔を作る。


「くれぐれも、よろしくね」


 神官たちはまた慌てて頭を下げ、私たちは鑑定室を後にした。




 






 教会の外へ出ると、さっきよりも少しあたたかくなってきている。

 冷たい風は相変わらずだ。


 時々吹く冷たい風に耐えながら、馬車に乗り込む。


 車体が揺れ始めると、ずっと無口だった母様が口を開き始めた。


「ねぇ、リアちゃん」

 視線を母様に向けると、いつになく鋭く真剣な眼をしていた。


「あなたの魔力の保有量。三千と表示されていたけれど、これは、二級魔術師くらい。そして、七歳の貴族の子供の平均の十五倍」


 ―――ということは、七歳で、二百が一般的⋯?


 すると、父様が額に手をあてて目を閉じながら、独り言のように呟く。

「冗談じゃないよな⋯。特級魔法を使うのって、けっこう使うんだぞ⋯?少なくとも三発は―――」


 特級魔法は母様の講義で、必殺技のようなものと聞かされた。


 必殺技を三発も出せるのは、もはや必殺技ではないのでは。

 いや、一般的に必殺技と呼ぶに相応しい威力が出るから、特級魔法は必殺するに値する威力が出るのであって。


「ちなみに、レベルに関しても、七歳の平均は、多くて五ね。この土地柄か、私達の教育が功を奏したのかもしれないけれど」




「―――なぜ、こんなに⋯?」

 思わず呟いてしまう。

 確かに普通の十五倍もある保有量、それに目を引かれるが、やっぱり根本的としてなぜこんなにも私が人間離れしているのか、ということがひっかかる。何がきっかけで、何が起こって、どうやって増えたのか。


 やっぱり心当たりがあるのは。


「―――一ヶ月意識不明で。私の体に何がか起こったから寝込んだから⋯?恐らくその何かは、保有量の増加を関係があるはず。七歳の誕生日⋯は?⋯⋯⋯」



 思考を口に出して整理する癖は、前世の私と全く変わっていなかった。




/――――――――――――――――――――――――――――――/




〜セラフィーナ視点〜




「―――こうなったら、リアちゃんは止められないわね」

 考えるときに口に出してしまうのは、この子の癖。そして今、思考の海に浸っているという証拠でもある。


 ――――――今度から、紙とペンを常備させようかしら。この子が考えていることが可視化されるから、後で見返せるし。それに、結構面白いのよね。リアちゃんの考え方。



「ああ、なんというか、マイペースだな⋯」

 ルルが、リアちゃんに届くか届かないか、そんな声量で私に囁いてきた。


「そうね。⋯⋯でも、この子に、何かがあることは、感じていたのかも」

 生まれたときから、知識に貪欲で、じっと観察して分析して。大人びた行動と思考。二つ年下のセヴィルアンがいるからかわからないけれど、甘えにも来なかった。それどころか、率先してこちらの手伝いに来ている。そして、ふとした時に見せる、どこか遠くを見つめている、その視線が、鋭いような懐かしむような不思議な雰囲気だった。


 とにかく、どこか子供離れした、子供だった。

 いえ、この子は子供なんかじゃない。れっきとした大人が見ても過言じゃない。




 もともと、リアちゃんの魔力は生まれたときから保有量が多かった。魔力の性質は、私とルルに半分は似ているものの、もう半分は、私の魔力ともルルの魔力ともかけ離れていた。私が知っている魔術師の中に、こんな魔力をもっている人はいない。どの属性とも該当しない、未知の魔力をもっていた。

 その魔力が少しずつ増えていることも気づいていた。それに関しては手を打ってある。止められはしないものの、暴走はしないはず。


 でも、一ヶ月前、七月十七日。この子の誕生日。突然、倒れて意識不明になった。

 次の日も、次の日も、また次の日も。まだ目を覚まさない。でも、息はしている。


 一週間経っても起きる気配が微塵もしないこの子は、魔術の力を使ってもどうすることもできない。

 いずれは公爵家の当主として大切に育てていた。


 でも、床に伏せるこの子を見て、胸がはち切れそうになった。最悪の事態を想像して狂ってしまいそうになって、いつ何時も今後に関わる重要な仕事にも集中できない。

 それはルルも同じだったようだった。倒れた報告を聞いて、飛んで帰ってこようとして部下に懇願されて、殺気を出しながら執務をこなしていたらしい。まだ目を覚ましていない報告を送ると、耐えかねたようで、すぐに王都から抜け出してこちらに戻ってきた。


 私達は、改めて子供たちの代え難さを思い知った。

 セフィリア、セヴィルアン。どちらかでもいなくなってしまったら、絶対に狂ってしまう。


 倒れた理由は魔力の開花で暴走した、というがもっとも。でも、この子の前で言うと、術式の効果が切れてしまう可能性があるから、言えない。


 そして、ようやく意識が戻ったのは昨日。リアちゃんが起きている、という報告を受けて急いでルルと部屋に入ったとき、異常なまでの魔素の高密度に驚いた。この部屋だけ魔素の密度と循環量が異常に多い。魔素は高密度の魔力に集まりやすい、とわかっているけれど…⋯その時にまたこの子が絨毯の上で倒れていることに焦った。


 落ち着いてからリアちゃんの魔力を確かめてみると、ありえないほど保有量が増えていた。しかも、未知の魔力のほうも。確かなことが言えないから、黙っていたけれど、今回の鑑定の結果でよくわかった。


「―――どうするんだ?セラ」


「そうねぇ。保有量もそうだけど、属性についても通常とは違ったわ。恐らく教会から魔術省に報告が行くでしょう。魔塔にも。――――――もちろん、抵抗するわ。もし、否応なしに私達の大事な宝物(リアちゃん)をどこかの研究所に連れて行ったり、無理矢理縁を結ぶような真似したら、こちらの貴族籍を捨てて亡命してやるわ」


 そうしたら、その責任者や貴族は、国から大叱責を受けるだろう。


「ああ、隣のクローラディカでも子爵位くらいはあったしな」


「そうね。幸い、学院時代に個人的に交流がありますし」




/――――――――――――――――――――――――――――――/




〜セフィリア視点〜




 ずっと先程の問題を悶々を考えていると、二つの可能性が浮かんだ。      

 一つは魔力の開花で爆発的に増えて、身体が耐えきれなくなり、魔力がいわゆる飽和状態になった。

 もう一つは、もともと保有量が多かった。

 いずれにしても、以前の保有量がわからないから、理由ははっきりしないだろう。


 そして、母様は言及してなかったけれど、属性についてもだ。どうも、神官さんたちの様子がおかしかった。そちらも気になる。


 不意に肩を軽く叩かれて、ハッと横を見る。

「リアちゃん。これからちょっと長くなるから、おやすみなさいな」


 え、あ、そうか、手続き。

 教会とは別の場所でやる、ということか。

 なぜだろう。一緒の場所ですればいいはず。その方が効率的だ。


「飛ばしても一週間くらいか」

 父様が足を組み替えながら、ため息をつく。


「一週間?」


「先に帰らせたいのだけれど、本人たちがいないとできないから」


 ―――本人た(・)ち(・)?



 引っかかることはあるけれど、眠たい中早朝に叩き起こされて、これまでのこともあって疲れてしまったので、すでに瞼を閉じていた。


ちなみに、ちゃんとルーは付いてきています。

セヴィルアン君はちょっとだけお留守番です。

領主不在でいいのか、とも思われるでしょうが、そのへんは大丈夫です。とうさまやかあさまが、気合で終わらせました!あとは家令さんがやってくれます。

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