Episode3 必要な分だけでいいのに
なんやかんやあって、翌日。
風属性がないということに気づいた私は、この世界がどうやってそれを補っているのかを考えた挙げ句、知恵熱を出してまた寝込んでしまったが、無事回復。
子供の回復力は素晴らしい。
予定通りステータス鑑定の当日。
普通は七歳の誕生日―――一般的に魔力が開花するときに鑑定するはずだが、私の場合当日の当日にぶっ倒れたからまだしていない。
ステータスには、その人の持つ魔力を分類する、属性というものがある。
属性は、火、水、土、闇、光らしい。風属性はない。
光と闇は珍しいらしいが、光は闇以上に珍しいようだ。
ゲーム内ではセフィリアの属性は確か、水と土と闇。
わかっているので、緊張はしない。正直、あまり意味のない儀式だ。
今はルーが衣装を選んでいるのだが、その時間が長すぎて体感的に時間の流れを感じる。
「お嬢様は〜やっぱり寒色系ですよね!瞳と髪の色ととっても合います〜!あ、でも黄色系もお星さまみたいで輝いていていいです!でもでも!赤色系も華やかで〜」
彼女は衣装決めになってからずっとこれを繰り返している。
「もういいから、早く決めて。ルー。鑑定に教会に行くだけでしょう?」
「何をいっているんですか!人生に一度の大イベントですよ!?」
「そうかも知れないけれど。そんなに時間かけてたら正午に間に合わない」
鑑定は昼のちょうどの正午に行われる。
その時のほうが、全属性の均一が取れているらしい。天気は別として。
「はっ!そうでした!―――でも、決められないんですよぉ〜」
ルーが涙目になりながら、いっぱい衣装を抱えているのを見て少し呆れる。
私は部屋中にずらっと並べられた服を見回して、ふと気になったことを口にする。
「これ仕立てたの誰?」
「えっと、公爵様です」
「母様じゃなくて?」
「はい。誕生日プレゼントとして服を贈ろうとしていらっしゃったみたいなんです。こちらはその一部です!」
わざわざ父様が依頼したのか。
「あ、ちなみに採寸はお嬢様が寝ている間に奥様が魔法でやってくださったので」
なるほど、母様も一役買っているようだ。
わざわざ寝てる間に。
「よし!これにします!」
「やっと決めた⋯」
長かった。本当に。
「そういえば、教会でするんだよね」
「はい!そうですよ?」
「どういう教会なの?」
「⋯ ⋯エーデルシュタイン家は一応の一応信者なんですけど、あくまでも、女神様を信仰しているので、あの嘘くさ〜い集団の慣わしになんて従う必要はない!皆無なのですよ!なにしろ、公・爵・家ですからね!ふふ、ふふふ⋯」
ルーは拳を天井に向けて突き上げて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
なんだか、恨みがこもっている。大人の事情は介入しないでおこう。
「⋯⋯⋯」
「コホン―――まあ、それにしましょう!あとは私にお任せください。あ、髪型も決めなきゃいけませんね」
私の視線に気づいたようで、咳払いしてから笑顔を見せる。
顔にはまださっきの表情が残っているが、年上の威厳というものもありそうなので口にはしないでおく。
「え、まだ⋯?」
なぜ不満を呟くのか。
それは私はまだ寝ていたいところなのに、鑑定のためにいつもよりもっと早くに叩き起こされたからだ。
だだっ広い部屋で一人寂しく朝食を取り。
そのあと、朝っぱらから湯船に体を沈められいろいろとケアをされて、今に至る。
「まあまあ、とりあえず着ましょう」
ルーに手伝ってもらいながら着る。
精神年齢的には自分で着たいのだけれど、こういう服は着慣れてないので、任せる。
「―――御髪はどうしますか?」
化粧台の椅子に座り、ルーと会話する。
「簡単なもので。それでいつものをつけるし」
ちなみに私の髪は膝くらいまである。
身長も平均よりも、恐らく高いからとても長い。
「むっ⋯アレンジとか、ご要望があれば何でもしますが」
「編むのだって時間かかるし、解くのだってそうでしょう。それに、重く感じる」
長いから侍女さんたちが手入れが大変だと嘆いてた。
でも、ヘアアレンジのしがいがあるから、複雑、とも。
切ろうとは思わないし、心変わりするまではずっと長いと思っている。
「お嬢様は、お洒落とか無頓着ですよね⋯」
「したって意味ない」
私は前世からそういうのは興味がなかった。
記憶が戻る前からもそうだから、前世の癖は変わらないのだろう。
「誕生日のあの日だって、やっと違うアクセサリーをつけられたんですよ⋯」
「体調を崩してしまったから、仕方がないと思うけれど」
「仕方がなくないです!その時だってやっとのやっとでつけてくれたんです。どれだけ駄々をこねられたことか⋯」
「駄々をこねたのはそっちでは?」
別にこれに特別思い入れがあるわけじゃないし、ずっとつけてるのだって3歳くらいから習慣になったから。
それからは、ルーが言い詰まって会話は途切れて、髪を梳く感触が残る。
「―――はい、できました。つけときましたよ!雪の形の」
彼女の声を耳にしてから、鏡で確認すると、長い白銀色の髪がハーフアップになっている。
「じゃあ、出ときますね」
ルーはなぜか素早く、そして扉をそっと閉めて部屋から一時退出した。
いつもは、自分でつけるようにしている。
母様からもらった、ピアス。
魔石という、魔力が含まれた石で作っているらしい。
それを右耳につけている。
母様の手作りらしく、絶対に、明らかに、魔導具になっている。
私がこのピアスをもらったときに、必ず一人の場所でしてねと言付かっている。
基本常時つけていること、人前で絶対に外さない、丁寧に扱うなど。
そんなこんなで、もう習慣になったがルーにはいつも出てもらっている。
最初はなんだか不満そうだったが。
ちなみに、ちゃんと魔術で耳朶にピアスホールを左右両方開けられた。つけるのは片方だけなのに。解せぬ。
このピアスは、ダイヤ型にカットされた赤色⋯茜色の魔石が白金色のチェーンで繋がれている。
魔石には、術式が細かく刻まれている。遠目だと見えないくらいの。
術式を見るに抑制用のもの。それでも完全に読み取れないのは母様独自の術式だからだろう。
「よし、―――」
「はい、行きましょうか!」
―――扉の開く音は聞こえなかった。
「―――まだ言ってもないんだけれど」
ルーを呼ぶ前に彼女が扉を開けてきて、してやったり、とでもいいたげな、にやにやした顔で歩いてくる。
―――その顔、なんだか無性に。
「わっ、今でも殴りたそうなその手はなんですか!その手は!」
「殴られたくないなら、その顔をやめなさいよ」
「どうですか?ドッキリ大成功ですか?」
「私は、驚いてなんかない。
―――そもそも、呼ばれてないのに扉を開けるのもどうなの」
「ぐっ⋯痛いところを突いてきましたね⋯」
わかっているなら、なぜやるのか。
「でも、まあいいじゃないですか」
「は?」
「緊張してません?―――いえ、お嬢様はもともと表情筋の力が皆無に近いのですが⋯」
「なにげに貶してる」
「雰囲気でわかります!何年お嬢様のお世話をしてると思ってるんですか?」
「二年」
「⋯⋯⋯まあ、それぐらいわたしは感がいいのですよ!」
感がいい⋯?
別に何も緊張していない。
私はこの先のことを知っている。私の運命も。
そう。どうやっても結局私は死んでしまう。およそ20歳までで。
短い余生に私の属性がどうかなんて本当にどうでもいい。
心配なことがあるとすれば、行き帰りの馬車酔いくらい。
「―――そう」
「あー、怖かったです〜。お嬢様って怒るとき、めっちゃ大人な雰囲気出しますね」
それは、前世は成人して社会人になったから。
―――なんで、こんなことになっているんだろう。
わからない。ただ私がおかしいだけなのか。
いや、そうだ。ルーのしたり顔に腹が立って。
ドッキリされたことに憤っているんだ。
なんて大人げない。
⋯⋯体は子供だけれど。
「じゃあ、行きましょう。公爵様と奥様がお待ちです」
「うん」
椅子から立ち上がって、ルーが開けてくれた扉を通る。
エーデルシュタイン家の屋敷⋯というよりも城塞の回廊を歩いて、玄関ホールへ向かう。
長い回廊を通った左手には玄関ホールへと向かう階段が配置されている。
階段にさしかかったときに、手すりの隙間から見えたのは、私の父様と母様の姿。
二人とも微笑みを湛えながら、静かに談笑しているようだった。
反響して僅かに聞こえるのは、二人の会話。
―――ねぇねぇ、ルル。あの子、どんな属性を持ってるかしら?―――
―――火属性を持っていたら―――
―――そうね、ここって―――
―――セラの子供だ。きっと―――
それを聞いて、私は―――恐らく不安感に駆られた。
だって、私は何の属性を持っているか知っている。しかも、火属性を持ってない。
火属性を持っているのはセヴィルアン。
私の持っている水や土、闇の魔術は、何より使用できる場所は限られる。
属性の習性から実戦で使うことは容易ではない。
一応他属性も扱えるが、これも限りがある。
武術の鍛錬だって、まだ護身術程度しか教えてもらってない。
エーデルシュタイン家は代々武力で地位に値する功績を収めてきた。
父様の代で総司令官を務めることになったけど、魔術は補助の役割だ。
七歳。
期待に応えることができない。
生まれ持った属性は変えられない。
―――これ以上望んではいけない。
王族の血筋で、三属性を持っているだけで、他の人達としたら恵まれているのだから。
どうやって二人の期待に応えたらいいんだろう。
何も持ち合わせていない、私は。
ただ、新しい体を授かって、結局死んでしまう私は。
死んでしまうんだったら、期待も何も―――。
そういう感情をグッと心を奥へ押し詰めて、ルーのお墨付き、表情筋の硬さを披露する。
「父様、母様」
「あ、リアちゃん。ちゃんと寝れた?」
「昨日起きたばかりなのに、すまないな」
「大丈夫」
「⋯⋯じゃあ、行くか。おいで」
父様に差し出された手を取ると、引っ張られたと思ったらいつの間にか視線が高くなっていた。
すぐに伝わるのは温もり。
「あらあら」と母様が口元を緩める。
どうも父様に抱えられたらしい。
昨日の夕食のときも、私のことを気にしてくれていたので、これもそれの一環なのかと思い、父様の肩を軽く叩く。
「父様、私、歩けます」
「あぁ、外は寒いからな」
そんなに、寒いのだろうか。
私を降ろす意志はないようなので、されるがままに持ち上げられている。
――――――ゲームの画像で見た、セヴィルアンにそっくりだ。
違うところはセヴィルアンは明るい緑色の瞳だけれど、父様は紫色の瞳ということくらい。
遺伝子を感じる。
私は紫の色素だけ受け継がれたらしい。私の瞳は深い青紫色に銀色。
母様は、銀色の瞳だが、もともとは薄い青緑色だったらしい。
私とルアンは髪は似たような銀色で、顔立ちも似てるけど、虹彩が違うだけで、印象が変わる。
いったいどういう仕組みでこんな色ができるのか、とも思うが、そこは異世界のご都合ということにしておく。
自分の身長の何倍もある扉を開けてもらい、空を見上げると、灰色の雲が延々と広がっていて、足元は雪が薄く降り積もっている。
「あら、やんだわね」
母様は、周りを見渡しながら歩き出す。
確かに回廊を歩いているときは、まだ雪が窓に強く打ち付けていた。
「ああ、縁起が良い」
そしてすぐそばに停めてある馬車に乗り込んだ。
馬車の扉がしまった瞬間、外の冷気と切り離されて中はすぐに温まった。上から温かい空気を感じる。
暖房器具が馬車の上部に取り付けられているのだろう。
ただ、風は感じられない。風属性による送風機能はないようだ。
鞭の音がすると、車輪が動き出して、体の重心が後ろに持っていかれる。
父様は、私を膝の上に乗せたまま、窓から一度だけ外の様子を確認して、すぐに目線をもとに戻した。
「思ったより、積もってないな。問題ない」
「溶かす必要は無さそうね」
母様は、窓から視線をこちらに移して微笑む。
「リアちゃん、寒くない?」
「大丈夫」
それ以上は聞かれなかった。
馬車は、家の大きな門を抜けて、左に曲がる。
カーテンの隙間から見えるのは、雪の上に残った蹄跡と車輪の列。
母様が、ふと呟く。
「鑑定自体はすぐに終わるけど、そのあとの手続きがちょっと時間が長くなるかもしれないの」
父様も、視線は前を向いたまま、短く続ける。
「無理をさせるつもりはない。疲れたら言いなさい」
私は頷く。
嘘はついていない。ただ、胸の内に渦巻くものは、どうすればいいか分からない。
馬車はさらに速度を上げ、雪が少し積もった道を踏みしめて進む。
外の薄い雪化粧で白くなった景色とは裏腹に、馬車の内側は落ち着いた暗色の木材で覆われていて、わずかに揺れるランプが温かい。
その温もりに溶かされそうになりながら思う。
期待に応えられないなら、せめて―――何をすればいい?
揺れる馬車の中で、答えはまだ出ない。
馬車酔い、しない、かな。
今度は父様が、ふと呟く。
「この季節はあまり雪は積もらないのだが。珍しいな」
「そういえば、今、何月何日ですか?」
気になって尋ねてみると、母様が返してくれた。
「八月よ?えーっと、リアちゃんの誕生日が七月十七日だから⋯今は八月十八日ね。いつもはだいたい十二月あたりとかに結構降るのよね。今の時期、温かいくらいなのだけれど⋯異常気象で作物に影響は出ていないかしら⋯⋯」
え?今は夏?八月⋯⋯やっぱり夏だ。
この世界って南半球?そういう設定?いや、イベントのスタンピードの十二月は冬だった。
エーデルシュタイン領ってかなり北部の地域?
それより。
「⋯⋯⋯そんなに経って」
その言葉で、空気が薄くなった気がした。
温かいはずの馬車の中も、すこし寒く感じる。
「―――なんであれ、生きていてくれれば、それでいいんだ。お前は私たちの宝だから」
頭上から聞こえる父様の言葉は、ほんの少しの間だけ私を温めてくれた。
だけど、聞いてしまった。
父様も母様も、火属性を期待していたことを。
遠くに見えるのは、灰色の空に溶け合うように立っている白色の大きな尖塔。
恐らくあれが私の向かっている場所。
その尖塔が、徐々に大きく見えてきて、どうしようもない圧迫感に息が詰まる。
馬車が大通りを進むほど、街の人達の視線が集まるのがよくわかり、父様と母様は、手を振りながら、口角を上げる。
そうしているうちに、馬車は領内で一番大きい教会の前に滑り込んだ。




