Episode13 先生たち
序章の割に長すぎ問題。
「おじょーさまー?」
朝。疲れたのか、狸寝入りしてそのまま寝てしまった。そして、目が覚めたら、目の前にルーがいたのである。
ずっとこの体勢、なわけないか。
「何?」
「『何?』って、昨日、どこ行ってたんですか?ねぇ?教えてくださいよぉ?」
ルーの顔が近い。一周回って怖い。
「⋯⋯とりあえず朝の支度の用意をお願い」
ルーの方に手を置いて、丁寧に押し返す。
「はぁ〜い」
ルーの猛攻を一回は躱したが、こうなったルーは面倒だ。
ピアスの時だってそうだった。二年前、母様からの指示だっていうことを言ってなくて、「なんで?」で朝食に遅れた。あの時のルーのねちっこさといったら⋯⋯。
さて、どうやってはぐらかそうか。
/
いつも通り、午前中は図書館。時間は同じだが、状況が違う。
「おじょーさまー?」
「⋯⋯⋯」
「おじょーさまぁ」
「⋯⋯⋯」
無視。ひたすら無視。
ルーには下手な誤魔化しは通じない。そういうところだけ目敏い。
「お、じょー、さ、ま」
「⋯⋯⋯」
隣からの視線で集中できない。一体どうやってここで集中しろと。
いっそのこと全部話してしまう。そういう選択肢もあるが、このことを知ったら絶対についてくる。一応ルーは侍女兼護衛だ。かなり強いし何より一緒にいたらレベル上げができない。彼女が全てを狩り尽くすからだ。ちなみに、経験談である。
「いい加減話してくださいよぉ」
言おうかなぁ。
「別に怒りませんからぁ」
でも、レベル上げ⋯⋯。
「ほら、白状したほうが楽になりますよ?」
「私が犯罪者か何かだと思ってる?」
「ソ、ソンナワケナイデスヨ」
「思ってるのね」
どうしたものか。
堂々巡りにハマっていたら、鐘が鳴った。授業終了と、昼休憩の始まりの合図。
誰でも良いから、来て欲しい。最近知り合った女の子たちでもいい。
この状況から脱出したい⋯⋯!
この世に、いや、全世界共通で神様なんていない。そう思っているし、そうだと思う。
だけど、今日は運が良かったのかもしれない。
「あ、今日もいるなのよ!」
特徴的な語尾が聞こえてきて、その声がした方を見る。
あの女の子三人組がいた。
「セフィリア様、御機嫌よう」
「あ、今日も勉強してるんだ、偉いねぇ」
間違いなく救世主だ。ありがとうございます。
「こんにちは」
語尾が特徴的な、キャラメル色の髪とミントグリーンの瞳は、エミリエンヌ・イヴェール様。
凛としていて気品のある佇まいは、ミシェーデュ・ブランシャー様。チェリーピンクの髪に、牡丹色の瞳。この前、妹さんがいらっしゃるとの情報を得た。
明るくて溌剌としているのは、フリーデ様。焦茶色の髪に、アプリコット色の瞳。お家は商会を営んでいて、ここ数年は爆発的に売上が伸びているそうだ。なんでも、化粧品のブランドを立ち上げて、それが貴族のご婦人、ご令嬢、メイドさんなどに大流行しているらしい。
「お隣の方は?」
「私の侍女のルー・シキアです」
「シキアです。お見知りおきを」
ルーの猫かぶりスイッチが入った。エーデルシュタインに染まっている気がする。
でも、猫かぶりスイッチが入ったということは、だ。
例の追求から逃げられる。
「ところで、皆さんは何をしにこちらへ?」
「エミリーが本を探しに来たんだよね。私たち二人は付き添い」
図書棟に来たのは、本棟に目当ての本がなかったからか。かなり専門的な方面の本を探しに来たんだ。
ちなみに、エミリーは、イヴェール様の愛称だ。
「何の本をお探しですか?」
「精霊に関する本なのよ。ちょっと、興味が⋯⋯あるなのよ」
なぜ私をチラッと見ながら答えるのに、疑問を浮かべながらも図書棟の分類方法を思い出す。
「でしたら、ここからは離れていますね」
「そうでしたか⋯⋯⋯。ありがとうございます。それと、魔術学の先生方から、セフィリア様へ伝言です。『研究棟で実験します』だそうです」
「なるほど⋯⋯研究棟かぁ」
ついでとはいえ、わざわざ伝言してくれるのは、有難い。
研究棟か。
もしかして、議論中の術式の件かもしれない。前回では、実験したほうが早いんじゃないか、ってことになっていた。そうだ。古代魔術の術式についても言ってたっけ。
「あともう一つなのよ。『この前聞いてた、歴史の先生が今日講義するらしいから、行ってみたら』って言っていたのよ」
歴史の先生⋯⋯?
あぁ、本を拾った男子生徒の仕事の依頼主の。えっと、セルゲイ・シャトーゾフ先生。
講義に行く、受けていいのかな。生徒の邪魔じゃないかな。見知らぬちびっ子が教室にいたら、気がそれると思うのだけれど。
学院長先生に聞いてみよう。
「わかりました。ありがとうございます。学院長先生に用事があるので」
「えぇ!もう!?」
フリーデ様が残念そうに声を上げる。大きくて、びっくりした。
「はい。すみません」
急いで筆記用具を片付け、本を閉じる。そして、それをルーに押し付ける。
「え、お嬢様?」
「ルー、本は本棚に返しといて」
時間もできて、ルーも離せる。一石二鳥だ。
こういう時は何かを言われる前に退散するのが吉。
「では、失礼します」
椅子を戻し回れ右して、図書棟から脱出。
しようと思ったが。
急ぎながら、図書棟の扉の取っ手に手をかけた頃。
「セフィリア様!もっと一緒にいたいです!」
「そうなのよー!」
「一緒にいようよぉ」
「卑怯ですよーー!」
御三方プラス一人の声が背後から聞こえる。
ほとんど人がいなくて広いとはいえ、ここは図書棟。つまり小さな図書館。
図書館の静謐を乱してはいけない。
自分の魔力を空気中に放出。魔力は音のイメージ。四人がいるところに魔力が集まるように流れをつくる。母様の例の通信用の魔導具から発想を得たものだ。でもやっぱり難しい。
〈イヴェール様、ブランジャー様、フリーデ様、ルー。図書館ではお静かに、ですよ?〉
それだけ言って、魔力の流れを戻す。
図書棟を出た私には、ルーの呟きは聞こえなかった。
「ま、知ってるんですけどねぇ」
/
「学院長先生。いらっしゃいますか?」
学院長室のドアをノックすると、すぐに返事が返ってきた。
「いるよ。どうぞ入ってきて」
彼はどうやら書類仕事をしているようだ。
机には書類が山積み。いつの日かの王都の屋敷よりは酷くはないが。
そしてそれをものすごい速さで捌いていく。めっちゃ速い。
「先生、いいですか」
「ん、あ、アルセルクのとこの。セフィリア嬢だね。どうかし⋯⋯何かご要望が?」
なぜ言い換えたのかは不明だが。要望ではないから、外れですね。
「私は講義を受けてもいいのでしょうか」
「⋯⋯ああ。いいよ」
あまりにもあっさりで、こちらを一瞥もせず言い放ったから、驚いた。
「本当に?」
「うん。君は誰かが話している途中で騒ぎ出すような子じゃないだろう?」
それは常識では?⋯⋯いや、七歳といったら、日本でいう小学一年生。まだまだ落ち着きのない年だ。
一般常識的に?でも、第一王子殿下、普通に落ち着いてたよね。
この世界の精神年齢は何割増しなんだ。
「わ、かりました。ありがとうございます」
まあ、この学院は選択科目もあるみたいだし、今から全部受ければいいか。
なんだかんだで学院生活を有意義に使えている気がする。
「それと、夜、外に出ていいですか?」
「⋯⋯⋯それとでお願いする内容じゃない⋯⋯」
書類仕事に辟易したのか、ペンを置いて溜め息をつく。
「すみません。でも、冒険者として活動するのは、夜じゃないと無理なんです」
昨日ギルド長に言われて、目立つ髪は黒髪に魔術で変えた。光で反射しないのが新鮮だったのを覚えている。瞳も黒色に変えられるが、体格と声は変えられない。
なるべく顔立ちが見えないように、深くフードを被っているのは、昼間だと怪しまれる。身体が小さいと舐められる。冒険者たちと交流したいわけでもない。正直、大人たちの喧騒に混ざるのは、居心地が悪い。
「了解。―――正直、なんとでもなるんだけど」
「ありがとうございます。じゃあ早速受講してきますね」
「え。ちょっと」
身を翻して学院長室を出ると同時に、予鈴が鳴る。
「⋯⋯筆記用具持ってる時点で、行く気だったよねぇ」
独り言は、書類の山で跳ね返された。
/
端的に言うと、すごく良かった。セルゲイ・シャトーゾフ先生の講義。
「あの、先生。質問、いいですか?」
講義が終わり、先生も授業の片付けを終わらせようとした時。
質問したいことがあって、声をかけた。
「どうぞ。何でも聞きなさい」
柔和で温厚。優しそうな人。
「ここの、レイブルクとの外交関係についてなのですが⋯⋯。昔は友好的だったのに、なぜ今のような状態になっているのでしょうか」
先生は、なるほど、と言った風に頷いて、答えた。
「それはですね、五代前の王の時代に、ある女性を巡って戦争が起こったのです」
「へ?⋯⋯⋯そんなことで?」
「ええ。かなり驚きますよね。私も、このことを知った時、ありえない、なんて思いました。ですが、関係の拗れは、他者からしたら案外小さいだなんてことも、あるときにはありますからね。当時、光属性を持った平民の少女がこの学院に編入し、大恋愛の末、王太子殿下と婚約することになったそうです」
それって、まるで。
乙女ゲーム。
「王太子殿下にも、婚約者がいらっしゃったのでは?」
「はい。大抵の書物には、王太子の婚約者のキュータス侯爵令嬢が、聖女に危害を加えたことが判明。実家のキュータス侯爵家も、それに加担したとして取り潰し。親子は幽閉の後死亡。嫉妬や欲による衝動だと考えられている、と書いてあります」
侯爵家を取り潰す?
未来の王太子の婚約者に危害を加えたのだから、刑が軽いなんてことはない。むしろ重い。だけど、侯爵家。最悪でも、男爵に降格だ。全てを更地にするなんて、それこそありえるのだろうか。
思ったことを伝えると、先生はまた、なるほど、と言って頷いた。
「確かにそうですね。でも、愛の力、と言えばいいのでしょうか。馬鹿げている、と言ったら、不敬罪で牢屋行きですけどね」
カラカラと笑うけれど、先生、もうそれ言ってますからね。
「ありがとうございます」
「ええ。またいつでも聞きにおいでなさい」
そう言って先生は教室から出ていった。
ちなみに、ここはクラス教室である。当然、周りの人は知り合っていないわけで。
急いで教室から脱出した。
/
そして捕まった。
現在本棟のカフェテリアで、魔術学の先生と二人でお茶をしている。
カルロ・ヒングセン。男性で、落ち着いている人だ。青林檎の髪に、鈍色の瞳。
昼休み、実験に招待してくださった先生方のうちの一人。話題はほとんどそれについて。
「追尾術式の件だが、最初はできないと思っていた。何より特定の魔力源に向かってずっと追い続けるなんて、生き物じゃなきゃできない、と。狙ってないものを追尾する可能性もある。そもそも、追尾術式を組み込んで、発動するか、ましてや展開できるかもわからなかった」
「はい。それで、実験の詳細と結果を」
このままだと語り出してしまいそうなので、簡潔にお願いする。
「ああ、そうだった。実験では、追尾術式を組み込んだ石の矢を展開して発動」
「石の方が術式も定着しやすいですし」
「そうだよ。さすがリア嬢。で、標的は私で、術者の先生には私に矢の先端を向け、私の魔力を意識してもらった」
「なるほど⋯⋯。しかし、標的の先生の魔力を意識するだけで追尾してくれるとは⋯⋯⋯」
実験の条件を吟味しながら考えていると、何か引っかかる。
―――標的の先生?
標的はヒングセン先生!?
「ちょ、ちょっと待って下さい。なぜ標的はヒングセン先生なんですか?」
「なぜって、それはその方が一番確実だからだ。他の生物を標的にするのも良くないし、かといって練習用の人型人形は動けない。それに、魔力量がお互い近いのは、私とパミッチ先生しかいなかった。パミッチ先生に向かった場合は、追尾術式自体を改良しなければいけないし」
「じゃあ、誰かの造ったゴーレムにすればよかったのでは?」
私の言葉に、ハッとした表情をする先生。
「⋯⋯⋯その可能性があったか!」
納得してくれたようだ。よかった、これで危ない実験は回避でき―――
「ゴーレムは、それを造った術者の魔力が宿っている。では、特定の魔力を追尾する矢は、矢の先端を向けているゴーレムと、同じ魔力を持っている術者。どのような反応になるのか⋯⋯」
あれ、これ曲解してる気がするのだけど?
「でも、確かに⋯⋯。単純に考えるとゴーレムの方に向かいますが、ゴーレムに込められている魔力が少なかった場合、術者の先生次第では、術者の方に行く可能性も少なからずあると考えられますね」
「そうだな。今日の授業は先生方ももう無いと仰っていたし、もう一度研究棟の方で実験を⋯⋯」
「え?あの、私は危険性の話を」
「行きますよね!リア嬢?」
「あ、あれ?ちょ、ちょっと先生?」
返事をする間もなく、カフェテリアから半ば強制的にお暇し、研究棟で実験することになった。
/
「はぁ⋯⋯⋯」
早めに大浴場に行き、部屋に帰って来てようやく肩を下ろせた。
「しっかし今日は疲れたな」
まだ少し生乾きで、しっとりと濡れている白銀色の髪を見つめる。いつもは大浴場から帰ったら、ルーがいて、髪を拭いてくれる。今日はいなかった。
もしかしたら、私が何も話そうとしないから、ショックを受けて⋯⋯?
いや、それはない。だって、あの図太いルーだ。これくらいのことで落ち込むはずがない。
しても、やっぱり風属性、無いんだ。髪なんて、ドライヤーのように風で乾かしたらいいのに。
「―――専用言語じゃなくても、声に魔力をのせれば、発動できる⋯⋯」
何かしらの技を使いたいときは、詠唱は専用言語だ。日常会話で使うような言語体系ではない。しかし、一例を除いて。
その一例は、光属性だ。
この世界では、魔法と魔術は分類されている。
魔法は、一つの属性だけを使った、いわば単一のエレメントを操るもの。雷や氷などは、分類的には複合魔術に分類されるが、雷魔法、氷魔法という名前が浸透している。
魔術は、魔法のその他以外全てだ。古代魔術がルーツになっている。身体強化魔術、認識阻害魔術、治癒魔術などが該当する。
ちなみに術式は、魔法魔術を構成しているもの。法則性があり、先程の追尾術式は、たくさんの術式のうちの一つ。魔法と魔術を総称するのならば、術式ということだ。
術式の全ては、専用言語でしか使えない。それが普通。
しかし、その普通は、光属性には適用されない。
光魔法は教会の専売特許。魔術省も全てを把握していないらしい。
問題は、光属性の詠唱は、本詠(技名)は専用言語だが、序詠(技名の前の詠唱)は日常言語が使われている、らしい。
本にはそう書いてあった。光魔法を見たことがないから何とも言えないが。
光属性を持っている、「聖約の魔術師」のキャラクターと言えば、ヒロイン。そしてもう一人いる。
悪役令嬢役の第一王女、エレノオーラ・ヴァレリエ=アウレリオス殿下。公式キャラ設定には光属性保持者である、聖女だと書いてあった。
第一王子殿下と婚約するのなら顔合わせはするだろうが、それは回避したし、彼女と接点は何もない。
たまに出る式典で少し挨拶するくらい。
あれ?じゃあ、設定で風属性を保持していたキャラは、どうなるんだろう。
ルアンの保有属性って、火、風、闇じゃ、なかったっけ?
⋯⋯⋯ルアンが七歳の鑑定を迎えるまで待つ、か。
―――とまあ、それは置いておいて。
要するに、光魔法では、日常言語も使われる。つまり、風属性もなんとか頑張れば使えるはず、という話だ。
専用言語は聞いた限りだと、前世の英語っぽい。簡単だ。
単純な魔法だと、序詠は必要ない。
もし風属性があるのなら、使えるはず。
もしできなかったら、声に魔力をのせる方法で試そう。
風はウィンド。でも、そよ風くらいが安全だろう。
「―――『そよ風』」
するとどうだろう。弱い風が私の周りで吹き抜けた。
窓は、閉まっている。部屋の扉も。この部屋には私一人。
つまり。
「風魔法は、あったんだ」
そう結論付けた。しかし、誰かに話すと混乱するだろう。存在する、ということは、何らかの理由で、人々が忘れてしまったのだから。
なんだか少し心が温まるような気がして、ルーを待たずに寝台に入った。
/
一方その頃ルーは。他の生徒の従者たちと、仲良く喋っていたそう。
石の矢がストーンなの、語弊がないように言っておきますが、普通の矢のサイズですからね?本当は小石ですよ?でも、小石って英語でpebbleじゃないですか。ちょっとかっこつかないなぁ、と思ってそうしただけですからね?間違っても石の礫が飛んでくるわけではありません。普通の矢です。先端がただの石の。




