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Episode14 隠す必要性が皆無だった件






「あれ?もう寝るんですか?いつもは勉強するのに」


 寝台に向かおうと、机に背を向けた。ルーがその背後から片付けをしながら、じとーっと見つめてくる。


「⋯⋯今日はちょっと疲れたから」


「ふーん。そうですか」


 てきとうに誤魔化して、シーツを頭まで被る。

 そのまま、静かに、動かないように、呼吸を一定に保つ。ルーがこの部屋から離れていくまで。





「―――おやすみなさいませ」


 数十分待って、ルーがそう言った。取っ手を引く音と、扉が閉まる音。足音が遠ざかっていく。





 それが聞こえなくなってから、起き上がって、寝台から降りる。

 動きやすい服に着替え、魔術で髪を黒く染める。瞳は黒く見えるようにした。

 寝台の下に隠したフード付きのコートを、手を伸ばして手繰り寄せる。


 やっていること自体は安直で子どもじみているが、認識阻害魔術もかけてある。ルーは術式が不得手だから、バレたくないことがあるときは術式の方で隠す。



 口調を変えるように意識してから、窓を開ける。そこから見えるのは、学院施設や、民家から漏れる暖かい光。そして夜空。



 五階の窓。枠に足をかける。

 ひゅっと風が頬を撫でて、カーテンが揺れる。



 勢いをつけて身を乗り出すと、束の間の浮遊感の後、落下する。



 常人だったら、良くて植物人間の完成、悪くて死。



 ではなぜそのような真似をするのか。


 答えは明白。








 できるからだ。


 エーデルシュタイン領では、生まれつき身体能力の高い子どもが生まれやすい。


 魔王領に隣接しているため、領地でも魔物がよく発生する。領民も、小さい頃から戦える。戦えないと、生きられない。

 そもそもうちの家系は、国を守るのが役目だ。例え女だろうが、それは適応される。




 ―――王国の盾であり、剣であれ。民を災いから守護しろ。



 エーデルシュタインの家訓。

 そこの子どもとして育てられて、何回も聞いた。



 生まれたからには、やる。



 短く息を吐いて、走り出した。




/




「おう。嬢ちゃん。この前ぶりだな。元気してたか?」


 ギルドの扉を開けたら、仁王立ちして待ち構えていたブラッドリーさんがいた。

 勢いよく閉めようとした瞬間、隙間から手を入れられて力が拮抗する。


「ちょいちょい。たった数日で俺のこと忘れたのか?」


 忘れるわけがない。そしてまだ根に持っている。ランク査定の方法に。



「⋯⋯⋯なんで今日来ると思ったんで⋯⋯の。ブラッドリーさん」




「いや、なんとなく?そこは冒険者の勘ってやつよ」


 ガハハハと豪快に笑うが、こっちは笑えない。怖い。S級冒険者。



 今夜ギルドに来た目的は、勿論レベル上げのためだ。流石にダンジョンには行けないが、周辺の魔物討伐の依頼くらいならすぐにできる。

 カウンターから少し離れた、クエストボードに近寄る。

 依頼内容は、多種多様だった。一般的に思い浮かばれる魔物討伐から、商人の護衛とか、ちょっとした掃除まで。まさに冒険者ギルドという名の何でも屋みたいだ。



「俺のおすすめはこれだ」


 画鋲で留めてある依頼書を、ピッと引っ張って破る。いいのかな?いいんだね⋯⋯。

 ブラッドリーさんが差し出してきたのは、王都のすぐ近くの森での魔物討伐依頼だった。推奨ランクは、A。


「私、Bランクなんだけど」


「俺も行くから大丈夫だろ」


「え?」


「え?」


 互いに顔を見合わせる。

 彼は心底不思議そうな顔をして首を傾げていた。


「⋯⋯一緒に受けるの?」


「ああ、もちろん。初めてだろ?こういうのは先輩が教えるもんなんだよ」


 ―――なるほど?冒険者界隈って、縦の繋がりって結構強いんだ。にしてもS級はちょっと贅沢すぎないか?いや、恵まれてると考えるべきか⋯そうだね。そう思おう。


「ありがとう。じゃあ早速よろしく」


「おうよ。まずは、受付の仕方だな。そっから、プレートの使い方。嬢ちゃん用の、王都の門番に見つからずに外に出る方法、証拠品の魔石の回収の仕方に―――」


 数え出すとキリがない。彼は、両手の指に収まらなくてどうしようか迷っていた。

 多い。多いよ。私、一応研究者、じゃない、学生でもない…えーっと、学院に居候してるのだけど。いや学業に投じている身なので。覚えられないわけでもないのだけど。


「⋯⋯あと何があったっけ?」


「知ってるわけないでしょ?」


「ま、とりあえず行くか!」


 はぁ、と息を漏らして、カウンターへ向かう。全くもって信用できない。力量的には、過剰なほど足りているのだけれど、安心感がない。

 冒険者に安心なんてない。あぁ、そういう職業だった。


「そうそう。俺のことはアドルでいいぞ。さん付けもなし。戦闘じゃ面倒だからな」



 戦闘じゃ面倒。

 それは、どういう意味なのか。



「嬢ちゃん、そのピアス、魔導具か?」


 不意にそう聞かれて、疑問符を浮かべながら答える。



「⋯うん。そうだけど」


「⋯⋯⋯いや、盗られないように気をつけろよ」


「言われなくても」


 どうせ盗られても、また作ってもらえるし。



 かくして、S級冒険者(アドヴェル)「業火の暴君」(・ブラッドリー)による、怒涛の一夜が始まった。




/----------/ 〜ルー視点〜




 お嬢様の気配が消えた。


 私の部屋は、使用人専用の棟(准寮棟)にある。お嬢様が寝息をたてたのを確認してから、部屋から出ていつもどおり寮棟を離れた。


 今日はお嬢様の様子が変だった。

 数日前もそう。たまたま様子を確認しに行ったら妙に静かで、何かあったのかと思ったら、狸寝入りしていた。いつもはぐっすりと幼い寝顔で熟睡しているのに、だ。


 これは夜更かしを、そして何か隠し事をしている。

 別にお嬢様の夜更かしは今に始まったことじゃない。ずっと前から隙あらば書物を読んでいるような御方だ。だか今回は何か違う。何か重大なことを隠している気がする。

 


 回れ右をし、魔力を抑えて、慎重に、お嬢様の部屋に戻る。


 夜は自室で就寝している生徒が多いが、夜更かししてラウンジや談話室にいる生徒も少なからずいる。けれど、侍従や侍女はいない。


(みなさんで「季節外れの徹夜怪談会」を約束していたんですがねぇ)


 他の家と交流しておいて損はない。公爵様や奥様の社交界への出不精のカバーのためだ。ちゃんとやらなければいけないが。



「―――いない」


 寝台にお嬢様はいなかった。そして全開の窓。柔らかな風でカーテンがふわりと揺れている。



「面倒なことになっちゃいましたねぇ」


 私は精密な魔力操作が苦手だ。お嬢様だけの魔力の痕跡を拾っていくなんて所業はできない。


 さて。どうしたものか。

 この前は問い詰めても、話題を逸らされるか、無視された。当然とも言えるが。


 やはり現行犯で抑えるしかない。


(一旦彼らに欠席の旨を伝えてから、ここで待ちますかねぇ)



 数時間したら帰ってくると考えていたのが甘かったなどと思うのは、夜が明けてからだった。




/----------/ 〜セフィリア視点〜




 何故こんなにも時間がかかってしまったのだろうか。

 もうすぐ日が昇り始めてしまう。薄紫と黄金色のグラデーションが崩れつつあった。


 まさか、そのままダンジョンに行くだなんて、誰が思っただろう。

 物足りないと言ったアドルが、突然、転移魔術陣の転写紙(スクロール)を出して、そのまま特級ダンジョンに行くことになるだなんて。


 ダンジョンの構造は知っている。階層ごとにボスが設置され、最下層にはラスボスが待ち構えている。そしてほとんどのダンジョンは攻略に時間がかかる。だから、ダンジョンに行くなら、ある程度の準備をしてからだ、と思っていた。


 ボスは俺が倒すから、と言われて背後にまわって剣を鞘に収めた時の理不尽さ。

 ある意味、指導という名の放任。なんという矛盾。


 結局、魔力切れになりかけて十階くらいでリタイア。帰りのスクロールでギルドに戻り、その後も諸々。特級ダンジョンで手に入れた魔石は提出しても意味が無い、というか怒られるらしいので、そのまま持って帰ることになった。



 仲間としている分には心強いが、もう二度と、アドルのことはあてにしないでおこう、そう思わされた。




/




 服や身体を水魔法を駆使しながら綺麗にして、それから跳躍し開けておいた窓から中に入る。


 それまでは前と同じだった。



 部屋の中央で仁王立ちしたメイド服姿の人影を見るまでは。


「え」


「⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯」


 思わず声を出してしまったが、反応はない。

 抜き足差し足で恐る恐る、前髪で隠れた顔を覗き込む。



 寝ていた。


 仁王立ちしながら。


 思いっきり。 



 これには正直呆れる。流石に私はできない。椅子に座ったままならできるけど。


 でも、おかげで現場を押さえられることはなかった。よもや二回目でバレるとは。いや、一回目か。


 魔石は、取り敢えず机の引き出しに仕舞う。そして気配を消して静かに服を着替え、寝台に入ってシーツを頭まで覆うように被る。ルーに背を向けて。


 窓からは光が差し込んで、室内を薄く照らしはじめている。でも、魔力が底を尽きかけていたからだろうか。眠気には耐えられない。

 気付いたときには、力が抜けて、瞼を閉じていた。




/




「――様!―――て!――夕方―――よ!」


 そんな声が聞こえて、瞼を擦りながら重い身体を起こす。昨夜の疲れがまだ残っている。頭がクラクラして、気怠い。


「んん⋯おはよ、ルー。今何時?」


「お嬢様!もうおはようじゃありません。こんばんはの入口!五時です!」


「五時?まだ夜明け前⋯⋯寝る」


 シーツをまた手繰り寄せようとして、シュッと取り上げられた。


「違います!!午後五時。十七時!」


「じゅうしち、十しち、十七⋯?え、ちょっと待って。今何時?」


「何回言わせるんですか!十七時!窓を見てください!夕暮れです!間違っても朝焼けじゃありません!」


「⋯朝焼け?」


 朝焼け⋯そうだ。

 昨日の早晩から今日の早朝まで、ずっと森とダンジョンに居たんだ。

 ブラッドリーさんの⋯⋯アドルのせいだ。


 ふつふつと沸き起こってきて、頭がズキズキする。



「そしてお嬢様!証拠は掴みましたよ」


 得意げに、ふすーと鼻を膨らませ、肩を張る。


「証拠⋯?なんのこと?」


 まさか、本当に冒険者のことを。

 あぁ、私の理想のレベル上げが、計画が、崩れてしまう⋯⋯。


 積み上げた物が、所詮子どもの考えることだと、嗤われるかのような。

 覚悟を決めて、目をつぶる。


「夜更かしして、図書室で本を読んでいたことです!」


「⋯⋯は?」


 夜更かし、はしているが、夜に寮の図書室に行った覚えは学院に来てからもない。

 なんだ。ただの思い違いか。


「昨日、見に行ったら明かりがついていたんです!そして、少し跳ねる癖のあるペンの音も!」


 ⋯それって、私のペンの音?

 そんなことも覚えているのか、と引き攣る感覚が、まだ何かがある、と背筋を強張らせる。



「⋯⋯有り得ない。ペンの音なんて聞き分けられるはすがないし、それに、明かりはついていなかったし」


「『明(・)か(・)り(・)は(・)つ(・)い(・)て(・)い(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)』どうして分かるんです?」


「どうして、って。それは」


 ―――外から見えたから。

 答えが思い浮かんだ瞬間、揚げ足を取られたことに気付く。

 何か言い返さなければ。そう思っているけれど、考えるほど頭痛がする。


「それは⋯⋯」


 言葉に詰まると、ルーは更に、畳み掛けるように追求を重ねる。


「私はお嬢様が生徒の方々との接触を最低限にするために、授業中は図書棟や訓練場に行ったり、時間をずらして食事を摂ったり大浴場に行ったりすることは知っています。そして、夜も、談話室やラウンジにいる生徒と会わないために、自室からの移動は基本しない。寮の図書室に行くなんて以ての他。図書室がある一階と二階に行くには、魔術陣を経由するか、階段を使うしかありません。この部屋からどの階にどうやって行くにしても、ラウンジを通ります。分かりますか?どうしたって、お嬢様が図書室の明かりがついていたか確かめることはできないんです」



 想像したよりも論理的な過程だが、ルーは、一つ見落としている。

 ルーは、私が生徒に遭遇したがらないことを前提として考えている。それは正しい。大体の行動原理はこれが理由。だけど、相手に私が見(・)え(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ら(・)、話は変わる。


「ルー、私は、認識阻害魔術を使えるんだよ」


「あ」


「だったら、私は図書室に行けるよね」


「ということは、です!お嬢様は図書室に行っていたってことですね!」 


「どっちかというと、証拠にならないっていう話なんだけど⋯」



 そう言うと、「あ、そうそう」と、ルーは思い出した風に手を合わせる。

 雲行きが変わったかと思いきや、そもそも変わってなどいなかったのか。ここからが嵐だった。


「これは証拠になりますね!」


 ルーがどこからか出してきたのは、赤い小石。そして、魔力を帯びた石。つまり。


「火の魔石⋯⋯」


「お嬢様、これに見覚えありますよね?」


「ない」


「シラを切るつもりですか。なら、こちらはどうでしょう」


 ルーは寝台から離れて、机の方に向かう。通信魔導具が西日に反射して影を映す。

 ゆっくりと勿体ぶって明けたのは、早朝にしまった魔石が入っている引き出し。


 似たような魔石が五十個はある。


「このサイズは、割と大きめの魔獣ですよねぇ。そういうのは王都にはいないはずですが?」



 これ以上の言い逃れは通じない。却って墓穴を掘ってしまう。



「⋯⋯降参」


 白旗を上げると、ルーは呆れたように首を振る。


「で?夜のダンジョンで何をしていたんですか?」


 どうせ知っているだろうに。分かっていて問い質したのだから。

 私の口から確証を得たいのか、言質を取りたいのか。いずれにしても、閉口する権利はない。


「クエストついでに、立ち寄らされたの。ダンジョンに」


「ですよねぇ〜そうだと思ってましたよ。なぜ隠すのか全く分からなかったんですよねぇ」


 何を、と聞く前に、それを見透かしたように答えた。


「冒険者になったことですよ」


「それは、ルーが知ったらついてくるでしょ。私のレベル上げになら」


「え?お嬢様、覚えてないですか?最初に学院に来て、学院長先生に話した時のこと」


「⋯⋯?覚えてる。それがどうしたの」


 はぁ、と溜め息をつかれて、目を瞬く。


「いたじゃないですか。私も。お嬢様が、冒険者登録をしていいか先生に聞いていた時」


 いた?いたっけ。


 思い出そうとしても、何日も経っていたら記憶は掬った水の如くこぼれ落ちていく。

 可能な限り、残った少しばかりの断片的な記憶を集めて、潜る。



 案内されて、部屋に入って。そのとき彼女はどこにいた?



「あ、いた」



 斜め後ろ。記憶の中のルーは、気配を薄くして、佇んでいる。

 許可がもらえるか心配していたからか、そのことしか覚えていなかった。


「ちゃーんと話は聞いていたんですからね!隠す必要なんて、端から無かったんですよ!」



 えぇ⋯⋯⋯。ルーの様子を伺って、二回も警備網をくぐり抜けてきたのに?

 わざわざ無駄な努力をしたってことなの?


「⋯⋯⋯知ってるなら、今後も付いてこないでよね」


 そう吐き捨てて、またシーツを被る。

 こうなったら不貞寝だ。敗者は敗者らしく泣きべそかこう⋯。


「え、それは無理です。お嬢様の安全面上の観点より、それは無視できません」


 急に護衛面をして、真剣な表情をする。

 今まで護衛されたことないんですが。というか、頼られてる気もするのですが。


「⋯知らない」


 身体を丸めて、瞼を閉じる。

 そうすると、自然に身体が熱くなってきた。


「あ!!寝ないでください!もう夜になっちゃうんですよ!」


 シーツを剥ぎ取られて、また視界が明るくなる。

 身体を起こされながら思った。


「アドルのせいだ⋯⋯」


「え?誰のせいって⋯わっ!熱があるじゃないですか!もう!昨日何したんですか!?」


「だからダンジョンに⋯⋯」


 支えられているはずなのに身体が重い。こんなに身体、弱かったっけ。


 ふわっと思考が宙に浮かぶような酩酊感。ブレインフォグ、だっけ。

 脳を裂くような頭痛と目眩に、当面はベッドとお友達生活だ、とがっかりした。

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