Episode12 冒険者
夜の冒険者ギルドは静寂に包まれている。
髪が見えないようにまとめ、フードを深く被った。これでバレないはず。
大きい扉を開けて中に入り扉が閉まると、外の音が遮断されて更に静かになった。
カウンターで眠そうに目を擦っている受付嬢さんたち。冒険者たちは全くいない。
「冒険者登録できますか」
受付嬢さんは少し身を乗り出して視線を向けるけれど、私は下を向く。
「できるけれど⋯⋯じゃあ、名前と、年齢、生年月日は?」
羽根ペンにインクをつけながら、何かの紙を取り出す。
名前、か。考えてなかったけど、偽名のほうがいいだろう。
「⋯⋯ノア。七歳、732年」
「七歳かぁ⋯⋯まだちっちゃいなぁ⋯⋯」
書き込みながら呟く声には疲労が滲み出ていた。
お仕事お疲れ様です、と言いたくなるけれど、グッと我慢する。
冒険者ギルドは、魔力開花をする七歳から登録できることに一応はなっている。
ただ、子どもが登録するのは珍しいのだと思う。
「あと、身元保証人⋯⋯君のお父さんやお母さんとか⋯いや、身元を保証、っていっても分からないよね」
七歳にも分かるように噛み砕いて言おうとしてくれている。嬉しい、かも知れない。
社交界では、こういうことはされないから。
「これを」
そう言いながら、懐から学院長先生にもらった手紙を差し出す。
⋯⋯カウンターに手が届かなくて、ちょっと恥ずかしかった。
封蝋を開けて手紙を取り出した彼女は、文字を目で追うごとに、私を見て、手紙を見るを繰り返す。
読み終わって、一回深呼吸をしたと思ったら、さあっと血相を変える。
「ギ、ギ、ギルド長!ギルド長を呼んでください!?」
慌てて奥に引っ込んでいく受付嬢さんを、私も、他のカウンターにいる受付嬢さんたちもびっくりして見つめる。
しばらくして出てきたのは、がたいのいい、いかにも冒険者みたいな男の人。
「エー⋯⋯ノアさ、ん。ちょっとこちらにきてくれますかね?」
頷いてギルド長についていく。
通されたのは、かなり奥の方だった。何回も転移魔術陣を経由しているし。誘拐、じゃないと思うけど⋯⋯。一体手紙に何を書いたのか。
ようやく一つの部屋に辿り着いて、ソファに座る。
「あのぉ⋯⋯公爵令嬢ともあろう御方が、何故冒険者なぞに⋯⋯」
なるほど。バラしたな。学院長先生。でも、ギルド長に話したほうがいいのは確か。
フードを外すと、彼は分かっているはずなのに驚いたような顔をする。
「⋯⋯私には、やりきらねばならぬことがあるのです」
「―――はぁ⋯そうですか⋯⋯」
七歳はこんなことなんて言わないだろうけど。
「数ヶ月前に七歳になられたばっかりなのに、何をそんなに死に急ぎますかね」
―――死に急ぐ、か。
死に急いでいるわけじゃない。だって、つまりは18歳までは死ねないということだから。ルアンが16歳になるまで。
「⋯⋯そう見えますか」
「そう見えます。まるで子どもじゃないみたいです」
中身は子どもじゃありませんからね。
「⋯⋯登録については、どうなります?」
「できますよ。あの場でランク査定するのは、ちょっと⋯⋯」
「なぜ」
短く問うと、ギルド長は手紙を取り出した。学院長先生からの手紙。
「『彼女はステータスが特殊だから、必ずギルド長に頼んでほしい』―――と書いてあります」
⋯⋯そう言えば、私が学院にいる理由はそれだったなぁ。
「なるほど。では早速お願いできますか」
「わかりました。ちゃちゃっと済ませますね」
奥の扉を開けて、彼は部屋を離れていった。
案外簡単にできるようで安心したのか、溜め息をつく。
すると、すぐにまた、キィと音を立てて扉が開いた。
「―――」
彼とは違う魔力⋯⋯多くは無い。でも明らかに戦闘慣れしている魔力の扱い方。
扉から現れた影が、急に距離を詰めてきた。
「―――何の真似ですか、これは。まさかこれがランク査定だとでも?」
咄嗟につくった水のナイフを合わせているのは、鋼の剣。
加えられている圧力が半端じゃない。でもただ力任せではなくて。
「クックック⋯⋯すみませんねぇ。公爵令嬢様」
開いた扉から悠々と入ってくるギルド長。
「まんまと罠にハマってくれちゃってさぁ。エーデルシュタインの名前はただのハリボテか?落ちぶれたものだよなぁ?警戒心が薄っぺらなんだよ」
未だに加え続けられている力は、緩まる気配がない。
この人もガタイがいい。明らかに体格も腕力にも差がありすぎる。身体強化魔術を発動して、水の刃にも魔力を一層流して、なんとか維持している程度。
「わざわざ転移で違う場所に連れてきたのも、廊下も部屋も窓がなかったのも、人目に邪魔されず誘拐するため?」
「そういうことだ。お察しがいいようで⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
一同沈黙する。なお、まだ私と誰かさんが刃を合わせたままで。
「――――――アドヴェル。この後のセリフを覚えてるか?」
彼の声に含まれた気配が雲散した。
状況が、掴めない。
「覚えてるわけねーだろーが。グラフィス」
アドヴェルと呼ばれたのは、斬りかかってきた誰かさんだ。グラフィスはギルド長の名前か。
加えられている力が緩む。すぐに剣を弾いた、つもりだったが、弾けない。
「で、この茶番は一体なんでしょうか?どうしてこのようなことを」
「え?ランク査定だぞ」
「え?」
「え?」
「―――てっきり鑑定の時のように水晶でやるのかと」
「あーーー、ほら、聞いてないか?嬢ちゃんのステータス鑑定の結果、国家機密なんだと」
いつの間にかギルド長の口調も変わっているが、こっかきみつ。
国家機密?一個人のステータス鑑定が?いや、個人情報だけど、戸籍を調べる許可さえ貰えば誰でも分かるけど!
いやいや、そんな大層なモノにしなくても。だって、ただ異常なだけだったし。
「ま、そんなわけで、紹介しよう。俺は、グラフィス・ブレイディ。いきなり斬りかかってきたのは、S級冒険者のアドヴェル・ブラッドリー。『業火の暴君』っていう二つ名持ち」
業火の暴君⋯⋯?なにそれ。S級冒険者は全員そういう二つ名を持ってるの⋯⋯か。
「よっ!エーデルシュタインの嬢ちゃん。嬢ちゃんの父さんと俺は知り合いだからな。親戚だと思ってくれ」
身分というものを恐れないのかこの人たちは⋯⋯。いや、でも、S級冒険者だったら、名誉男爵位はある。つまり二人は男爵。公爵のただの娘で、爵位を持たない私。
ん?父様と知り合い?でもそうか、ブラッドリーさんがエーデルシュタイン領に行ったことがあったのなら、知り合いにもなってそうだな。
「よろしくお願いします。ところで、結果は」
改めてソファに座り直す。
「あぁ、ランク査定。どうだアドヴェル」
「んーーー。まあ、B級ってとこだ」
B級。学院長先生の予想どおり。
冒険者ギルドが定めている階級は、下から順に、E級、D級、C級、B級、A級、そしてS級。
S級は世界に三十人くらいしかいないらしい。この国のS級は、十人足らず。
「りょーかい。じゃ、それでライセンス発行するからな。カウンターに戻るぞ」
フードを被って立ち上がった二人について行く。帰り道は、行きの道を戻っていっただけだった。
ブラッドリーさんがカウンターに戻ってきたら、若干ざわついてたけど。S級ってすごい。
「よし、あとは彼女たちに任せときゃあ大丈夫だ。プレートはもうできてるから渡しておく」
「プレート?」
ギルド長から手渡されたのは、銀色のプレート。それに、文字が刻まれている。ノア、と。
「身分証明証みたいなもんで、それに自分の魔力を刻んでおくんだ。ちなみに失くしても発行できるから大丈夫だぞ」
身分証明証。なるほど、便利だ。わざわざ素顔を明かさなくてもいい。
にしても仕事が早い。
「ありがとうございます」
そろそろ帰らないとルーに、夜中に黙って抜け出してしまったことがバレてしまう。
これだけ言わないと、と思いながらもフードを被り直す。
「あ、最後に一つだけ」
ギルド長の言葉に、開けかけた口を閉じる。
「なんでしょうか」
「口調と、動きと、髪と瞳の色は変えたほうがいいんじゃないか?」
―――偽装のため。
別にバレて困ることなんてないが。だって、私は社交界にたまに顔を出すくらいだから。
「⋯⋯⋯わかった。ありがと。それと⋯⋯」
タメ口にしてみたけど、なんだか違和感がある。
「ん?」
「『エーデルシュタインが落ちぶれた』などという戯言は訂正頂きたい」
フードを微かに上げて、ギルド長を見据える。
「―――分かってるぞ。撤回する。あくまでもアレはセリフだからな。試してたんだ。悪く思わんでくれ」
「受け取ります。―――それにしても、迫真の演技でしたね」
「前からそういう悪人がいうようなセリフを言ってみたらしいぞ?性悪だなぁこいつ」
ブラッドリーさんが肘でギルド長をつつくけど、物凄く痛そうだった。
お茶目だな。
「では、また」
ギルドを出て、近くの街灯に足を引っ掛けて飛び上がり、建物の屋根に登る。
まさか父様との散歩を一人ですることになるなんて。
民家は静まり返っているが、酒場などはまだ騒がしい。その喧騒に紛れ、屋根伝いに学院を目指す。
「これで、いい」
これで、実戦を積める。領地でもやっていたけれど、ダンジョンという場所では、かなりのレベル上げが期待できる。
ステータス鑑定以来、レベルが30で、計れる上限は100。まだ三分の一にも満たない。だから、領地から王都へくる間も、ずっと騎士に相手をしてもらった。
王都にいる間もそう。久し振りに父様から教えてもらうこともあった。
たまに、夜に王都の外の森へ行って、魔物を狩ったりしたこともある。母様には気づかれていたみたいだけれど。
「はぁ⋯⋯」
跳躍魔術で、学院の塀を飛び越えて、寮棟の自分の部屋の窓まで軽々と飛ぶ。
窓の鍵は魔術で解錠。幸いルーはいなかったから、手際よく着替えて、すぐ寝台に潜り込む。
「おじょうさまぁぁぁ⋯⋯?どこいってたんですかぁぁぁぁ?」
彼女の怒りの声を、狸寝入りして誤魔化した。




