Episode9 唐突、ではない脱線
「リアです」
「どうぞ」
父様の執務室から、母様の声がする。
登城から一週間後、今後について話があるから、と呼び出された。
婚約についてだろう。
この件でひとまず、私は時間に余裕ができた。
父様と母様は、当主教育に専念する旨を伝えようとしている、と思う。
扉を開くと、中には使用人さんは誰もおらず、室内には、父様、母様、それにルアンがいた。
ルアンは、登城した日、私が帰ってくる前に、王都入りをして屋敷に来たのだそう。
玄関ホールで待ちわびていたらしく、門が開くと、すでにルアンが走り寄ってきていた。
「セフィリア。まずは座ってくれ」
父様が書類を捌くのをやめて、ペンを置く。
私も言われた通り、応対用の椅子に座る。
机には、インクを乾かすためか、たくさんの書類が広げてあった。
「父様、母様。それで、話って何でしょうか」
父様の机にはうず高く積まれた書類があり、台車にも箱に書類が積まれている。
母様の手にもインクの黒い痕があるから、二人とも忙しいだろう。
でも二人は、急ぐでもなく、むしろ視線を合わせて、何かを確認し合っている。
「セフィリア。第一王子殿下との婚約は白紙だ。それは知っていると思うが」
父様が一旦言葉を切って、母様の方を向く。
視線を向けられた母様は言いにくそうに、口を少し開いて、息を吐く。
「学院に預かってもらうことになったの」
「学院に預かってもらうことになった?」
私はその言葉をオウム返しにして、頭の中で反芻する。
学院⋯?ガーニバルト王立学院?
ゲームの舞台の。その学院だよね。
「それがな、一週間後からなんだ」
「一週間後」
早くない?
私なにかした?いや、してない。登城してからの一週間は、なにもせずに大人しくしていた。
あ、あぁ。ステータス鑑定か。
なるほど。だから、登城したあの日、魔塔の人が。
いや、でも、魔塔と王立学院のほうは直接的で強力なコネクションは特になかったはず。
記憶を思い出した今、調べられることはこの王都の屋敷にいる、余っている時間で調べた。
どちらかといえば、王家との繋がりが強いはず。王立だから。
学院長も、たしか王弟殿下が勤めていらっしゃって。
―――そうか。これは、監視でもあり、管理。
私に拒否権は、ない。
恐らくこの件は、登城した日には決められていただろう。
この一週間以内に、手筈を整えた。
「わかりました。準備、します」
何かが、変わり始めている。
というより、全てが。
キャラクターの幼少期の描写に、セフィリアが学院に預かられていたなんて描写はない。
むしろ、いろんな場所に行き来していた、と描かれている。
でも今後は、私はきっと、制限される。
猶予は無くなった。
そこで、いままで固まっていたルアンが、口を開いた。
「⋯⋯じゃあ、姉さんには、もう会えないの⋯?」
いつになく震える声だった。
それに父様と母様は慌てる。
「そんなことないわっ。長期休暇にはちゃんと帰ってこれるし、許可も出れば面会もできる」
許可が出れば、というのは、魔塔側と同じようにするためなのか。
「でもやっぱり、毎日は会えないんでしょ⋯⋯?」
二人は困ったように視線を交わす。
ただ、私は、会えなくなる、ということを悲しんでくれるのが、不謹慎だけれど少し嬉しかった。
それは少なからず、ルアンの中では私が、必要な存在として残ってくれている証拠だから。
でも、どうしよう。
学院も教育機関で、沢山の貴族の子息令嬢が集まっているし、警備の観点からも毎日部外者が出入りする訳にもいかない。
父様は、王都の方にいるけれど、毎日忙しいし、戦場に行くこともある。ずっと面倒を見れるわけではない。
かと言って、母様は、領地の運営、境界の結界の調整もしなければならい。
このままだと、ルアンが私に会えるのは、長期休暇だけ。
私が死なないために、距離を置く、というのもありだけれど、それはルアンにとっては。きっと。辛いだろう。
「あ、そうだわ」
母様が、ひらめいた、といった風に声を上げる。
「今、古代魔術の術式を応用して、離れていても会話できる魔導具を開発中なの。試作品だし、ちょうど実証実験がしたかったのよね。どう?モニターとして、やってみない?」
離れていても会話できる魔導具⋯⋯⋯。
ビデオ通話的なものか。
これはルアンにとっても悪い話じゃない。
どうだろう、と思って見てみると、ルアンは、明るい緑色の瞳を輝かせて、母様を見つめている。
「母上。それ、いい案だね!」
お気に召したようだ。
「流石にすぐには無理だけど、領地から持って来るよう伝えるわ」
「うん!ありがとう、母上!」
無邪気に笑顔を浮かべるルアンは、年相応だった。
「では、セフィリア。学院での過ごし方について伝えよう。ルアンは、自分の部屋に行きなさい。もう夜も遅い」
父様の言葉につられて窓を見ると、大きな満月が夜空に昇っていた。
角度からして、今は十時ごろだろう。
ルアンは素直に頷いて、この部屋を出ていった。
それを見届けた父様は、自身の視線を私の視線と合わせる。
「セフィリア。すまない」「リアちゃん、ごめんね」
謝る必要など無い。なのに、何故、謝ってくれているのだろうか。
「いいえ。それで、学院については」
「⋯⋯⋯そうだな。話そうか。セフィリアが行くのは、ガーニバルト王立学院だ。それは知ってるよな」
こくんと頷く。
「リアちゃんは寮暮らしよ。部屋は、五〇一ね。長期休暇には、帰ってきてもいいそうよ」
寮、か。妥当だ。
けれど、部屋まで決まっているのは意外だった。それに、五階もあるのか。
ゲームで、有数の学校として知られている、って言っていたっけ。
「預かられている時は、シキアを連れて行け。引き続き、彼女には世話係をしてもらう。制服は必要ないらしいから、服も要るしな」
「学院では、生徒たちの邪魔をしなければ、自由にしていて良いそうよ。図書棟や研究棟、訓練場、本棟にも行っていいわ。もちろん、寮も」
図書棟、研究棟⋯⋯。棟、とは、半端なところとは規模が違う。
「王都へは、学院長に許可をもらってからだ。大まかな説明は以上だな。行っている時、分からないことがあったら、シキアか、学院長に聞くといい」
「分かりました」
「じゃあ、リアちゃん。私たち、まだやることがあるから」
「手伝いますよ?」
「いや、見せられない書類も混じっているからな。今日はもう寝なさい」
⋯⋯まあ、そうか。
「はい。おやすみなさい。父様、母様」
軽く礼をして、父様の執務室の扉を開ける。
さて、学院の預かり生活は何をしようか。
ゲームの状況とかけ離れた今、私になぞるものなどなく、線路外に放り出されている。
なら、そこから、また道を探していこう。
どうせ、私は、死んでしまうけれど。
「⋯⋯⋯⋯」
まず、自分を鍛えたい。
魔王戦で、死なないように。
最悪、一人でも、魔王を倒せるように。
セヴィルアンルートの各エンドのスチルは、ほとんどセフィリアの死後、または死の直前のものだった。
私はよくセヴィルアンとセフィリアを魔王討伐の編成に組み入れていたから、何回も見ている。
エーデルシュタイン姉弟の和解シーンを。
セフィリアが、死ぬ直前、息絶え絶えに紡いだ声を。
編成に組み込まなかった場合の、ヒロイン視点で見た、セフィリアと決闘することを決意した、彼の表情は、無そのものだった。
どうしたら、ルアンが、あんなキャラに⋯⋯。
妙にざわつく気配がする。
でも、セヴィルアンルートのエンディングでは、本当は、彼は姉思いのいい弟で、セフィリアは、弟思いのいい姉だった、と描かれていたはず。
セフィリアが、セヴィルアンとヒロインの婚約を承認しなかったのは、公爵としての判断だったからで。
ヒロインは光属性を保有している、それはすなわち王族の血筋だということだけれど、出身は平民。厄介なことに婚約したセヴィルアンも巻き込まれることを配慮した、当主としての考え。
え。
ゲームの中でセフィリアは、公爵家当主になっている。
つまり、父様と、母様は、何らかの原因で、亡くなった⋯⋯。
思い出せ。
何だった。
前世の記憶を。
風が冷気を帯びて、ブレザーを着始める頃。
親友との帰り道の談義は、ほとんどあのゲームのことだった。
[つらいね。このイベント。ルートごとじゃなくて、共通なのも]
中秋の月明かりと電灯に照らされて、彼女の顔はよく見える。
[そうなんだよねぇ。何回見ても泣いちゃうんだよ]
親友がおちゃらけて、泣き真似をする。
[うん。エーデルシュタイン姉弟にとっても、ね]
[ねー。運営も鬼畜すぎるよ]
鬼畜、か。
[[二年生の、スタンピード]]
スタンピード⋯⋯。
未だ原因不明の、魔物が大量に生まれる、自然災害。
特に、エーデルシュタイン領より、更に北。大陸の最北端と考えられる、魔物の大量発生地域であり、魔王が住処としている『魔王領』では、スタンピードが起きたときの被害が毎回大きい。
「あぁ⋯⋯」
家族を、自分を盾にしてでも、護らなければならない。
じゃあ、どうするか。
「―――私が、強くならなければ」
例え、運命に抗えなくても。
自分の部屋に向かう途中、不意に窓に視線を向けた。
王都の屋敷からでも、月は見えた。
この世界でも、月はある。
懐かしいあの時のような。
太陽の光に照らされる、己では光を発することができない。
綺麗で、儚い。
それでも紺青の空で、霞みながら主張している。
誰かに、気づいてもらえるように。
怯えながら。
欠けている、
十五夜の、月。




