子どもころ(家の外③)
幼稚園から小学校の高学年直前くらいまでは、友達と言える友達はいなかった。
と思う。
きみ子は友達を作るのが苦手だった。
学校の友達がいなくても、亜子たちがいればよかった。
亜子からの無視は怖かったものの、自分にとっての居場所はそこだった。
幼稚園の頃から、きみ子はまず自分の名前が大嫌いだった。
「井田 きみ子」という名前。
どうしてもっと可愛らしい名前じゃないんだろう。
苗字も大嫌いだ。
幼稚園には、可愛い名前の女の子が沢山いた。
りえ、なみ、かおり、ゆき、まみ…そういう名前が良かったのに。
お父さんとお母さんのバカ。バカ。バカ。
きみ子は空想の中で「みゆき」という名前をつけた。
空想の中のみゆきは、髪の毛が長くてサラサラで、とてもかわいい顔をしている。
大きな二階建ての家に住んでいて、優しいお父さん、お母さんがいて、優しい姉・兄がいる。
両親のことはパパ・ママと呼ぶのだ。そして沢山の友達がいて、可愛い犬を飼っている。
何もかもきみ子が持っていないことばかりだった。
きみ子は、「みゆき」でいる自分が心地よく、「みゆき」として言葉を発し、
「みゆき」を演じた。
外でも一人の演じてしまうことがあり、外で独りで喋るきみ子を母親は気味悪がり、
注意されたことがある。
めちゃくちゃ恥ずかしかったが、きみ子はやめなかった。
みゆきでいたかった。
これは今でも自分の中で消えていない。
みゆきではないが、理想の自分、理想の自分の環境を空想の中で作り出し、
そこでの自分を実際に演じることがある。
47歳の今になってもある。
気が付けば演じていることもあれば、演じたくて演じているときもある。
そしてこの頃、学校に親友と呼べる友達や、自分が入れるグループが無いことで、
きみ子は学校に行くことが苦痛だった。
いじめにあっていたわけではない。でも、現実にも心の中でもいつもきみ子は独りだった。
あの人は私のことが嫌い。あの人も私のことが嫌い。
この人は大丈夫。この人も多分大丈夫。と、
心の中で、リストを作り上げていた。
そして、安心したり不安になったりするのだ。
私のことが嫌い。な人をリストに入れるときは、胸がチクチクと痛んだ。
嫌だったのに、やってしまったことを思い出したことを書いておこう。
・雨あがりの水たまりに、プールみたいと自分の身体をつけ、びしゃびしゃにした。
亜子がすごく笑ってくれてすごく嬉しかった。
・男子のような恰好をした。本当は女の子らしい恰好をしたかったのに。
男子のような恰好をしたほうが、周りの女の子が喜んだ。
・マーチングクラブになんか入りたくなかったけど、入らないと亜子が友達やめるといった。
・社宅の子たちと遊びたくなんかなかったけど、そこしか居場所がなかった。
・お父さんとお母さんの喧嘩の仲介なんかしたくなかったけど、
私が仲介しないといけないと思った。




