子どものころ(家の外1)
きみ子の父親は公務員だった。
自宅は公務員社宅であり、きみ子と同世代の子どもをもついくつかの家族が
暮らしていた。
いつから一緒に遊ぶようになったかは覚えていない。
気が付けば、きみ子を含む4人の女の子で遊ぶ時間があった。
きみ子より一つ年上の亜子。亜子の妹できみ子より一つ年下の亜以子。
亜以子と同い年の江美。
この3人と遊んでいて、きみ子は楽しかったかどうか、思い出せない。
子どもの頃の楽しい時間だったか?今でも会いたいなと思うか?
答えはノーだ。
亜子による「誰かを標的にする無視」は突然始まる。
今思えば、亜子なりに何か無視のターゲットを作る理由があったのだと思うが、
それはきみ子ににはわからなかった。
きみ子も何度も標的になった。
無視の標的になると、幼いきみ子の心には鋭く厚いガラスがグサグサと突き刺さったように
痛くて怖くて苦しかった。
社宅の外に出れなくなり、外から聞こえる亜子たちの楽しい笑い声は、
心に刺さるガラスがさらに深いところまでズブリと切り込んでくるようだった。
無視は突然終わる。
それまでは鳴らなかった玄関のチャイムが鳴り、
亜子たちが「あそぼう」と誘いにくるのだ。
怒りなんてこれっぽっちも沸いてこなかった。
許してもらえたのだ。
その嬉しさしかなかった。
そして、また新たな標的がいることを知る。
「江美ちゃん、嫌なんだよね」
亜子がそう言うと、きみ子の心はドキドキした。
そうか、今日からは江美ちゃんが無視されるんだ。
じゃあ、江美ちゃんを無視しないと。
それはきみ子にとって、罪悪感も苦さもない、
楽しくて嬉しい高揚感溢れる使命感のようなものだった。
突然無視が始まった江美ちゃんの戸惑う顔は最高だった。
そう、最高だった。
これがずっと続けばいい。
江美ちゃんがずーっと無視されればいい。
だって、これまで江美ちゃんはきみ子のことを無視していたのだから。
なぜだろう。
無視を始める亜子を悪い人間だとは思えなかったのは。
幼かったからだろうか。怖かったからだろうか。
いずれにしてもきみ子にとって、亜子は「絶対」だった。
だから、何でも亜子の言う通りにした。
亜子が好きだというものは好きになった。
亜子が嫌いだというものは嫌いになった。
亜子が選んだものと同じものを選んだ。
亜子が欲しいといった譲った。
亜子がやってと指示したものは実行した。
そうじゃないと、ここから仲間外れにされてしまうから。
幼いきみ子にとって、ここは自分の居場所だったから。
亜子の言う通りにしていれば、ここに居ることができる。
そっか、私はこのころもう、怖くて不安な場所でも
自分の居場所としてしがみつくしかなかったんだな。
あの頃、一番苦手だったのは
「きみちゃんはどれが好き?」という亜子からの質問だった。
きみ子には自分の好きなものなんて選べなかった。
亜子が好きなものを選ばなければいけなかったからだ。
亜子が好きなものを選ぶのを待ちたかったらだ。
「え…亜子ちゃんは?」
はにかみながら恐る恐る質問し返す亜子は、にやにやしながら、
「きみちゃんに聞いてるの?きみちゃんはどれが好きなの?」
亜子と亜以子、江美はに顔を見合わせてクスクス笑う。
そして
「ねー、言ったでしょ。きみちゃんて、絶対亜子と同じもの選ぶんだよ。
変なの。きもちわるー」
きみ子は恥ずかしさと、悲しさとで泣きたくなった。
「ほらー。きみちゃんてすぐ泣くよね。なんで?」
そう、なんでだろう。
なんで私はこんなことで泣くんだろう。
泣き虫の自分が嫌いだ。大嫌いだ。
でも泣かせたのは亜子じゃないか。




