第十三章•波紋㊁
〈5の守護神〉は、〈神恵ノ国〉の臣下たちと、向かい合っていた。
ナリ花王の口から、父マル花王が〈真偽ノ岸〉と共に、〈5の力を掌る守護神〉を、誕生させていたことーー十八年越しの真実に、伝えたのだった。
厳かな王の声が消えると、深重な沈黙がーー王広間に流れたーーー
「まこと、無上の喜びーー至極感銘の思いでございます」
長い沈黙を破った、低い声音ーー
響き渡った言葉とは裏腹に、それは背筋をひんやりとするような、不穏な気配が、満たすのだった。
美麗に輝く〈紋章〉ーー高貴な玉座へ真っすぐに伸びた、中央にある深紅の絨毯をはさんで、大空間を埋めるように、両側にずらりと並んだ臣下たちーー。
壮観な景色のなかで、重臣である三人の者だけが、纏う青の衣ーー長い〈リレ〉のすがたーー占める位置からも、別格を放っていた。
この目通りに臨む直前、ナリ王から伝えられていた、いわゆる〈要注意人物〉についてーー目にした瞬間から、警戒の信号が、本能的に内へ鳴り響くのだった。
三人のなかで、一番年嵩に、鋭利なまでに骨筋張り、老獪そのものの人相を具現したような男ーー
同じ鋭い眼にも、青の目が矢尻だとすれば、今見据える相手は間違いなく、研ぎ澄まされた刃であった。
少しでも油断し、間合いを間違えば、たちまちにスパっと、斬りつけられる。
不気味に眼光を底光らせた長兄は、たっぷりと間をとり、再び声を継ぐーー
「ロー•ママネでございます。 どうぞお見知り置きを。
〈5の守護神さま〉、十八年という、まこと長き月日を経て、こんにちみなさまがたに拝謁できましたこと、どのような言葉を尽くしても言い知れぬ、感激の思いに堪えません。 お若くーーお美しくーーそして、お強くーー〈5の守護神さま〉の尊きご加護に、邪悪なる〈魔物〉から、この清き王国をお救いくださいますよう、この場におります臣下一同を代表し、わたくしロー•ママネが、お願い奉りまする」
深々とーーママネが身を下げる。
「お願い、奉りまする!」ーーー
うしろの大空間を埋めた、大勢の臣下たちも、太く朗々と声をそろえ、深く身を下げるのだった。
「なるほどね……」
渦が、つぶやく。
主のすがたのない、玉座の前に並んだ、〈5の守護神〉ーー隣に立つ紅がちらりと見ると、少女は面白がるような、不敵な笑みを浮かべて、瞳を爛々と光らせていた。
見覚えのあるその顔はまさに、〈学舎〉の年に一度の伝統行事である、〈緑青祭〉で、圧倒的な戦術ーー強さを誇り、未だ負けなしの記録を更新し続けている、名物〈騎馬戦〉ーー女大将の顔であった。
「恐れながらーー」
ママネの横にいた、赤蕪そっくりな顔に、でっぷりと肥えたすがたの男が、口を開く。
「ロー•クルアでございます。 どうぞお見知り置きを」
ぎょろりと、相手を抉るように見る目ーー大仰なしぐさ、いかにもわざとらしく取り繕った、野太い声音と表情からも、長兄と同じほどに、激しい嫌悪感を覚えるのだった。
「恐れながら願わくは、ぜひともみなさまがたの、偉大なるお力を、穢れ深き魔物たちにこの短き命を奪われぬうち、この目で拝見叶いましたら、これ以上の僥倖、そして冥土の土産はございません」
不穏な気配が、いよいよしかと感ずるまでに、息苦しい空気を呈していた。
並び控える臣下たちの、強張る息遣いが、静まり返った場に、満ち満ちる……。
「白白しいお世辞はいらない。 私たちを疑っていると、はっきりそう言えばいい」
青の冷ややかな声が響くーー
紅が驚き見れば、少女は相手と同じ鋭い目に、真っすぐ見返していた。
視界に映る者たちが、びくりと身を強張らせ、生唾を飲み下す音が、しんとした場に、はっきりと聞こえるようだった……。
一瞬間崩れたその面を、しかし次兄はすぐに、再びもとへもどす。口元に湛えた、表向きの笑みーー兄とそっくりな酷薄さの滲んだ、目つきの悪い飛び出し気味の双眸は、露程も笑ってはいなかった。
不快な目が、〈5の守護神〉のすがたをーーとくと眺めていくーー
「疑っていますなど、恐れ多く、とんでもございません」
紅の瞳が、残る一人ーー三人のなかで、一番年若い男を見つめる。横にいる二人とは明らかに似ても似つかず、本当に兄弟であるのかと、信じられぬほどだった。
末弟のロー•キナイは、すらりとした背に、痩せすぎでも、肥えすぎでもなく、纏う衣を通しても、引き締まった体躯をしていることがわかった。
同じ衣を纏えども、これほどまでに違うものかと、驚きを覚えずにはいられなかった。
見る限り、その顔も目も、人を蔑むところのない、至極健全に、真っ当な印象であった。
観察をしていた紅の目と、キナイの目が合うーー互いにさっと、そらすのだった。
とーー王広間に、どよめきが湧き起こる……!
閉じられた空間に、どこからか〈突風〉が、吹き抜けたのだ!
しかし、その〈風〉は、ある特定の場所ーー特定の人物のみに、狙い消えたーーー
蒼然としたしじまが訪れるーー見れば、ロー•ママネ、クルアの、長い〈リレ〉と共に完璧に束ね上げられていた髪が、なんとも恥辱なさまに、崩れ乱れているのだった。
王広間の空気がーー〈恐れ〉と〈畏れ〉ーー二種類の意味を成して、言葉通りに凍りつくーーー
紅、青、鼓、宿の瞳が、犯人へ向くーー相変わらず、ニヤリと笑みを浮かべた少女の手ーー背中にまわされたその手が、〈してやったり!〉と、親指を高らかに立てていた。




