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第十四章•紫花(しか)の部屋で

「こっちだ」

「兄上、お待たせいたしーー」

「しっ……声が大きい。 おまえのどら声、脅すにはよいが、今回ばかりは命取りになるぞ」

「すみません……」

「万事抜かりなくやっただろうな」

「はい、もちろんでございます。 部屋への入室届は出されておらず、他の者たちがここへくることはありません」

「過信は首縄だと、おまえはその齢になってもまだわからぬのか」

「いえ決して……常々、肝に銘じております」

「でくのぼうは」

「キナイは予定通りに、〈5の守護神〉へロー•一族から捧げものをしたい旨を、王へ伝えに行かせました。 許可なく入室できる側近の二人も、今は王と〈5の守護神〉の傍にそれぞれつき、おそらく、こちらへ現れることはないかと」

「おそらくーー」

「はい……」

「まずまずだな。 まぁいい、こちらもさっさと済ませよう。 そのまえに、クルア、見苦しい汗を拭け」

「あ……はい……すみません。……兄上、入口の見張りですが、本当にこちら側の人間を置かなくて、よろしかったのでしょうか……」

「詰めが甘いと?」

「いえ……そのような……」

「首縄が、少し緩まったな。 レセネ•エンは、まこと愚かな男だ。 武術の腕、統率力にかけては申し分ないが、なにせ肝心な、物事の本質を見抜く〈眼〉をもっていない。 それゆえ王への忠誠心のみにできあがった、〈盲目〉だ」

「その主は、この国に災厄をもたらす元凶ーー」

「だが、〈スーザラン〉の長として、侮れぬ情報網ーー内に強い信頼があることもまた事実ーーあえてそこに、博打は打たん」

「火のないところに煙は立たず……。 万一エンの耳に入れば、大きな障壁に、厄介この上ないですからね。 兄上のお言葉に、久しぶりに〈影のやつら〉と、〈シッガ(羽札)〉をやりたくなりました」

「本題に入る」

「はい」

「私は長年考えていたことを、ついに実行に移す決意をした」

「……と、いうのは……」

••••••••••••

「穢らわしく、邪悪なる敵の攻撃ーー熾烈な戦いーーその混乱に乗じて、ナリ花王を暗殺する」

••••••••••••

「なんだ、巨漢なくせして怖気づき、どら声を失ったか」

「……その……いえ……そのような……少々、驚いただけです……」

「そんなに周りを見なくとも、ここには私とおまえしかいないのだろう」

「それは……も、もちろんです……」

「いいから汗を拭け。 すべては、この国のためだ。 偉大なるお方の子息といえども、やはり女の血が混じれば、必ずやその尊き稟性を受け継ぐとは限らない。 血ではなく、天資をもって継承すべく時代をつくるのだ。 幸い、ナリ花王はまだ妃を迎えず、子もおらぬ。 まさに天は我らの味方に、標的さえ確実に貫けば、事は完遂する。 お美しい〈5の守護神〉に、穢れ深き〈ばけもの〉たちと戦ってもらっている間、我らは王を密殺し、ナリ花王は〈冷邪〉に殺されたことにする。 万が一、誰かに見られたとて、大混乱の最中、邪悪なる力に操られていたと、なんとでも言えばよい」

「……なるほど。……ですが、本当なのでしょうか……あんな小娘たちに……」

「クルア、口を慎め。 非力な我らに代わり、恐ろしき〈魔物たち〉と戦い、後世語り継がれるであろう、〈輝かしい伝説の四つ目〉に、この清き王国をお守り、お救いくださるのだ」

「はい……それは……しかし……」

「王広間ですでに、〈風の守護神〉のお力は、実際にお見せいただいた」

「……はい……忘れもしません……」

「赤蕪が、毒入りのごとく黒ずんでいるぞ」

「あのような恥辱は……はじめてなもので……」

「いいじゃないかーーさすがは、お若き女神さまたちだ。 素晴らしいお力と、並外れた度胸がおありだ」

「兄上、側近の二人は、どうされるのですか」

「そちらも混乱に乗じて、〈城〉のなかに、〈影の職人たち〉を紛れ込ませる。 情深き王は、避難場所として、必ずや〈シード城〉を開放するはずだ」

「なるほど……」

「いつ〈結界〉が破られても、事を遂行できるよう、もうすでに、近くにやつらを待機させている」

「〈笑うロバ亭〉ですか?」

「亭主のヤージには、いつもの倍握らせた。 うまくいった暁には、さらに倍加え、一生飲んだくれて暮らせるようになる」

「あの屑が、いよいよ目にも見えぬようになるざまが、ありありと浮かびます。 いやはや、さすがは兄上です!」

「しっ……大きい声を出すな」

「すみません……。 〈笑うロバ亭〉ならば、例の生垣から裏の通用口へ、やつらをうまく入れられますね」

「いくらかには、顔を見られることになる。 今回が納めになるが、一世一大のことーーその価値は十分にある」

「計画の全容は……」

「王を一人にすることが要ーーやつらには最後に、大いに腕を振るってもらい、最大の厄介ごとである二人の、相手をしてもらう。 こちらは多勢といえども、あの二人のことーー形勢は5分5分か、最悪、破られるだろう。 だが、それも承知の上、確実に事を済ます、時間稼ぎになればそれでよい」

••••••••••••

「……王に……とどめを刺すのは……」

「僅かでも急所を外れ、命拾いされるということのないよう、〈影の長〉に、その大役を果たしてもらう。 それゆえ怖気付かぬとも、我々は鮮やかな職人技を、この目に見届けるまでだ」

「そ、そういう意味では……」

「わかっているだろうが、失敗は許されない。ーーしくじれば、我が一族の破滅を意味する」

「はい……」

「王を消し去りーー〈5の守護神〉には忌まわしい〈悪気〉をお祓いいただきーー再び清き黎明の鐘が鳴り響いた暁には、我らロー•一族から、新しき王を据えるーー」

••••••••••••

「ーーキナイをな」

「キナイですかっ!」

「声を出すな!」

「申し訳ございません……。 ですが……なぜキナイなどに……兄上か、私のどちらかだと……」

「不満か」

「いえ……ただ私は……あのでくのぼうは……異母兄弟の能なし、なぜゆえあやつを……」

「たしかに、あれの母親は、愚かな女に、いくらでもけなすがよい。ーーだが、尊貴な父上の血が半分流れている以上、言葉に気をつけなくてはならぬ」

「父上のことは、もちろん、亡き今も変わらず、心より尊敬をいたしております。……しかしながら、あの城仕えの女中を娶ったことだけは、どうしても解せません」

「私が筋金入りの女嫌いに、この齢まで独り身なのも、関わりがないとは言えぬな」

「その女の血を引く息子の愚かさは、兄上が一番、ご存じだと思っておりました。 出来損ないの証拠に、最も厭わしい、十も齢が下の女中にたぶらかされ、しまいには結婚したいだと!……すみません……ですがあれは、明らかに我々への、復讐のようなものです」

「女中の名は、たしかイウといったな」

「はい……。 結婚を許さねば、あれはいまだに妻を娶らず……。 異母兄弟でなければ、とうに重臣の座からーーこの視界から、根絶やしにしています」

「ちょうどよい。 そちらの事も、共に片付けよう」

「といいますと……」

「〈城〉から消え、この世からも消え去ればーーあれもむだな抵抗をやめ、おとなしく我らの命ずる女を迎えるだろう。 女中ひとり増えたとて、〈職人たち〉にはたやすい仕事だ」

「なるほど……女中の代わりなど、いくらでもおりますからね。 しかしながら、兄上、今一度、お考え直しいただけませんか。 キナイではなく、せめて、私の息子に……」

「ワワヤ、タタヤかーー」

「ワワヤでございます。 タタヤは何度厳しく言い聞かせても、どうにもキナイになつき、あれと星や天の彼方などといった、まことくだらん話をしていますので、真っ当に育っている、兄のワワヤ一択でございます」

「私がでくのぼうを選んだのも、なにかそれ相応の理由があってのことだと、そうは思わないのか」

「それは……もちろん……」

「あらゆる物事のはじめは、避け難く不安定になるものーーそれが一国のこととなれば、安定を得るまで、いかに力を行使しようとも、複雑な様相に、危険も伴う」

「つまり……傷を負うことが避けられぬ、手始めの身代わりとする……」

「やつを究極の操り人形としてーーときに盾に、地均しが終わるまで、我が一族の看板として、玉座に座らせておく。 実際には、私とおまえが、政のすべてをーーこの新たなる〈神恵ノ国〉を、取り仕切り、司っていく。 そして、ゆくゆくは、おまえの望み通り、天資あるワワヤに継承すればよい」

「いや……素晴らしい……ほんとうに……感服の至りでこざいます。 いよいよ……我らロー•一族の、栄華を極める歴史が、幕を開けるのですね……」

「この〈紫花の部屋〉に、偉大なるマル花さまの名と共に、我が一族の〈書巻〉が、並び残されていく」

「……兄上、今なにか音が……」

••••••••••••

「なにも聞こえん。 興奮による幻聴だ。 おまえはただでさえ血が上りやすい。 この部屋にあるのは、上の天窓といくつかの通風口だけだ。 窓は開かず、そこの通風口を見てみろ、内と外の両側には、ネズミなどが入らぬよう、穴つきの蓋が厳重に固定されている」

「すみません……」

「大成まで、気を引き締め、潰れぬことだな」

「はい、もちろんでございます。 この目でしかと見届けるまでは、たとえ死んでも死にきれません。 兄上が出られてしばらくしたのち、私は出ます」

「わかった。ーークルア、くれぐれも最後まで、気を抜くなよ」

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