第十一章•下弦の月夜㊂
サザが退室してしばらくすると、今度はハスギが現れた。
サザから事前に、ハスギが夕食を運んでくることーー明日までは、満足のいくおもてなしができぬことを、深く詫びられていた。
一方の紅たちといえば、そんなことを気にするはずもなく、むしろ、こちらが頭を下げたいまでに、感慨深く、感謝の思いであった。
多岐に神経を使い、なにかと行動自体、難しいであろう今の状況に、豪華極まる部屋と、さらには食事まで、用意してくれたのだ。
そして、ハスギが運んできた夕食は、5人に驚きと喜びを、もたらすのだった。
純白の皿に、大輪咲くように、美しく盛りつけられた料理ーーそれは、紅たちにも馴染みのある、〈太巻き〉に、そっくりであったのだ。
色とりどりのたっぷりの具材を、白いごはんと、黒い海苔が、見事に包んだすがたーー。
それぞれの皿に盛りつけられた、〈5切れの太巻き〉を、ハスギは〈幸巻き(さちまき)〉と、紹介した。
二つの共通点は他にもあり、〈幸巻き〉も〈太巻き〉同様、特別な日や、祝い事があるときに、食されるという。
そして、艶やかな黒の丸盆の上には、〈ムメの吸い物〉も、あった。
手を合わせ、めいめいに箸を進めながら、ハスギから教えてもらった話によれば、〈神恵ノ国〉から南にーー大きな山を二つ越えた先、〈コシャール海〉という、大海があるという。
その〈コシャール海〉に臨む、主要な貿易港ーー〈タタラ港〉をもつのが、〈カチェラータ王国〉である。
〈神恵ノ国〉は、この〈カチェラータ王国〉に、貴重なきのこである〈ムメ〉を渡し、代わり海のある王国から、名産の〈海苔〉をもらっているのだそう。
その話の流れに、ハスギはあることも、教えてくれた。
〈城〉には、〈幸巻き〉を作る名人がいて、無論〈5の守護神〉のことは伏せ、今もってきたものも、その名人が作ったという。
もとは、故ララン王妃の側仕えであった者で、〈カチェラータ王国〉出身の、シャシャ•カイメ、という老女だそう。
明日からは、このカイメに、みなさまの身の回りのお世話をさせていただきますと、ハスギは言った。
気遣いは大変ありがたいが、自分たちに世話係は必要ないと、紅たちはみな同意見に何度も伝えたのだが、結局、王の第一側近は無礼のないようにしながらも頑として譲らず、その話は決定したのだった。
ハスギはカイメのことを、どうにも勘が鋭くーー仕事は女中たちのなかで、抜きん出てできるのだが、なにせ古手であり、齢を重ねた者特有の、少々頑固なところがあると、最後に言っていた。
ーー『似たもの同士』
王の第一側近が扉を閉め、青がつぶやいた言葉に、紅は小さく頷き、香り高い湯気をあげた椀に、手を伸ばすのだった。
カイメの作った〈幸巻き〉は、やはり名人と言われるだけに、本当に美味しかった。
見た目の華やかさ、溢れそうにたくさんの具材が、薄い海苔の内に、美しく巻かれているのもそうであるが、その具材ひとつひとつが、手をかけ調理され、大きな一切れを齧るたび、味わいが豊かに変化し、複雑でありながら、すべての具材が見事に調和していた。
別の世界でありながら、なまえが違くとも、自分たちの世界で親しんだ、馴染み深い食べ物を再び知り、口にすることは、なんとも不思議な思いと共に、冷たく強張っていた心までも、ほっと緩み、あたたまるのだった。
食べはじめるまでは、お腹が空いているのか、全部食べ切れるのかどうか、わからなかったが、一口食べ始めればあとはとまらず、結局全員きれいに完食した。
そして食後は、自分のベッドにいたりーーソファーにいたりーーバルコニーへ出たりしてーーおのおのが自由に、過ごしていた。
夜も遅くなった頃、渦の声が響いた。
「せっかくだから、みんなでお風呂入ろうよ!」
紅と鼓は、それまで疲れにとろんとしていた目を、ぱっと開くのだった。
たしかにお腹も満たされ、あとは熱い湯に浸かり、身体の凝りをのびのびとほぐすことには大賛成であったが、渦の提案には大反対した。
しかし、ここでもまた、予想外に、宿はみなで入ることに賛成したのだった。
「岩底さんも、一人で入りたいでしょ」
紅の必死な視線が、縋るように、黙ったままの青へ向く。
「べつに。 一度に入ったほうが効率的だと思う」
裏切り者!ーーという、紅の恨みがましい眼差しーー鼓の絶望的な視線に構わず、少女はさらりと言う。
笑みを浮かべた渦が、がっくりと肩を落とした二人の手をとり、励ますように、肩をぽんぽんと叩く。
「多数決ってことで、お願いしますよ。 さっき上のお風呂場見てきたんだけど、もう驚きよ! めっちゃ広いんだから! だからさ、そんなに落ち込まないで」
「そんなに広いの?」
鼓の希望の光を浮かべた目が、肩を抱く少女を見る。
渦は満面の笑みに、うんうんと、大きく頷いてみせるのだった。
「自意識過剰も大変そう」
青のつぶやきに、紅の目がきっと睨みつける。
「そんなんじゃ!……」
「全員明日死ぬかもしれない」
冷ややかな声が響くーー
「敵と戦って死なないのは、作り話の主人公だけ。 誰かが生き残っても、誰かが殺されるかもしれない。 この世界で、同じ墓に入る可能性も大いにあるのに、裸を見られるのが恥ずかしいとか、もはやそんな次元にないと思うけど」
淡々としながら、その言葉はどこまでも重くーー冷え冷えと骨身に染みて、ずんっと、鉛のような沈黙が、部屋を満たすのだった……。
「はあぁぁー………」
渦のため息が、広い浴場に反響するーー
「極楽じゃあ……」
瑠璃色の石で造られた、大きな円形の湯船に、金色に輝く湯出口から、白濁したとろりとした湯が、絶え間なく流れ出ている。
湯は思っていたより熱すぎず、ちょうどよい湯加減であった。
立ち上る湯気が、微かな硫黄の匂いと共に、ドーム形の高い天井まで、あたたかに満ちていた。
先に髪と身体を洗い、汚れを落としてから、5人はおのおの湯に浸かる。円形の湯船の縁に沿って、なめらかにまるみを帯びた段がつけられ、そこに腰かけて、湯に浸かれるようにもなっていた。
「あっ……岩底さん、軟骨にピアスあいてる……」
まるい湯船の形に、それぞれ間隔をあけて、青の隣に浸かっていた宿が、驚いたように、しげしげと見つめる。
「えっ!どれどれ、見せて!」
正面にいた渦が、興味津々に、ジャボジャボと音を立てて、見にくるのだった。
「本当だ! なんか意外ー!」
なぜだか嬉しそうな相手に対し、青は表情を変えず、じっと目の前の湯の表面を見据えていた。
たしかに見れば、常は下ろしている長い黒髪を、ひとつにまとめた青の左耳には、小さな銀色の輪のピアスが、ついていた。
「鼻もあいてる」
さらりと放たれた一言に、みなの目が見開かれるのだった。
「めちゃめちゃ意外なんだけど! 鼻ピって、まさか牛のほう?」
今や興奮に目を輝かせた渦が、親指と人差し指を合わせてつくった輪を、鼻の穴の中央へつけてみせる。
「牛って……」
小さく吹き出した青に、またまた他のものたちの目が、信じられぬものを見るように、しげしげと眺めるのだった。
「青ってさ、いつも美人だけど、笑うと可愛くなるよね」
ニヤリとした渦の言葉に、視線の先に映る細い顔は、すっといつもの固い面に、もどるのだった。
とーー青がおもむろにピアスをとると、その小さな輪を、ぽとりと、白く濁った湯のなかへ落とす。
「ちょっ……なにしてるの!……」
驚き慌てた紅が、思わず声をあげる。落としたピアスを探そうと、青のいるほうへ、動こうとしたーー
「じっとしてて」
低く放たれた声に、同じく探すのを手伝おうとしていた、鼓と宿の動きも、ピタリと止まるのだった。
「慌てて、ジタバタして、騒いでーー状況は、良くなるどころか悪化する。 冷静に、確実に、黙ってーーそうして物事を処理したほうが、結果は明らかに好転する」
固い声が余響を漂わせるなか、白い湯から浮かび上がった白い指に、小さな銀色のピアスが、つままれ光っていた。
「でもさ、なにか事が起こったとき、さっきの紅のように、慌てて必死になるのも、また人間の良さだよ。 たとえ滑稽に見えても、効率的じゃなくても、それは決して愚かなすがたではない。 生きもののなかで、唯一深い心をもつ人間から、その部分が消えてしまったら、少なくとも私は、存在する意味を見失うだろうし、寂しいし、悲しいな」
穏やかに、明るいなかにも、芯のある渦の声が響くーー。
突然、パンっ!と、思い切り湯を叩く音に、紅、宿、鼓は、ビクリとする。
「そうだ!ずっと言おうと思ってたんだ! これから名字で呼ぶのは禁止だから! 敵と命をかけて戦う仲間であるならば、百パーセント、名前で呼び合うべし! そのほうが、ぐっと絆が深まるからね! で、名字で呼んだ人は、罰として、一発芸披露だから!」
「一発芸……私……カエルの鳴き声しかできない……」
宿が、不安そうにつぶやく……。
「あるだけすごいよ……」
どぎまぎした鼓が羨ましげに、漏らすのだった……。
青は変わらず無表情に、紅は風呂のときと同じに、たとえ反論したところで、骨折り損だろうと、そしてもはやその気力も残っておらず、諦めのため息を吐いた。
「……私も、ピアス開けてみたいな……」
鼓が、耳に光るものをつけた、紅、渦、青を見る。
「私もあこがれる……」
鼓に同意するように、宿が漏らす……。
「えっ、だったら開ければいいじゃん! 全然痛くないし、あ、鼻はかなり痛いって聞くね、でも耳なら、ほんとに一瞬だよ!」
「うん……でも、なんだか怖くて……それに……親も、だめって言うと思う……」
濡れた髪に、巻き毛の美しく際立った、暗い瞳が、湯気の立ち上る一点を見つめる……。
「そっか……別に迷惑かけるわけじゃないし、自分の人生だから、やりたいことは、誰がなんと言おうと、やってみるべきだと、私は思うけどな……」
湯気のたまる天井を見上げて、渦が言う。
紅の瞳がーー隣に浸かる、青を見る。
「なに」
「……お母さん、厳しい人なのかと……」
短い間が、あくのだった。湯の上に見えた、ほっそりとした肩が、ゆっくりと上下する。
「人生で二度目に、親に反抗したのがこれ」
青は言うと、ふっと苦笑する。
みなの瞳が、まじまじと見つめた。
「ダサいよね。 勝手にあけて、見つかったとき、母親にはじめて平手打ちされた」
宿がはっと、口元に手をあてる。鼓は無意識のうちに、右手を頬へあてていた。
冷淡な声に反して、白い湯気を通し、視線の先に映る少女の顔には、温泉の効果によるものなのか、これまで固く覆っていた面が、一枚剥がれ落ちたような、不思議に新鮮な顔色が、たしかに見えるのだった。
「小さいとき、街でたくさんピアスがあいた人とすれ違って、そのとき母親が軽蔑した目で、まるで汚いものでも見るように、『あんな人になってはいけません』って、はっきり言ったのを、よく覚えていた。ーーくだらない、なんの意味もない差別。 あんな人って、私たちは、名前すら知らず、その人のなにを知ってるわけ。 その人がなにか罪を犯したわけ。 人でも殺したわけ。 なにも知らない。 知ろうともせず、ただ見た目で判断しただけ。 どんなにいい格好をして、どんな上辺を取り繕っても、皮を剥がせば、悪人は悪人でしょ。 そっちのほうが、よっぽどたちが悪い」
「だから……ピアスを……」
紅が、静かに言う。
「その罰として、新たにフルートの命令が下された。 週二日の休みが、一日しかなくなった」
「そんなに習い事を、やっているの……?」
鼓が、心配する声のなかに、どこか羨ましさを滲ませた眼差しに聞く。
「月曜語学、火曜バイオリン、水曜フルート、木曜書道と華道、金曜乗馬、土曜料理」
「わぁ……フルコースだ」
渦が苦笑いに言う。
「……苦しく……ないの……?」
紅の言葉にーー沈黙が、流れるのだった。
「青の彼氏って、肌のほうの、彫り物師だよね?」
大きく開かれた黒い瞳が、射るように相手を見る。
渦はばつが悪そうな笑みを、見せるのだった。
「めでたい屋で、さも得意そうに言ってみせたけど、実はさ、前に一度、街で一緒にいるとこ、見かけたことがあったんだ。 ごめん」
「べつに、謝らなくていいけど」
「たしかに、たくさんのピアスとタトゥーで、ぱっと見独特の迫力があったけど、優しそうな笑顔で、腕に見えたタトゥーもさ、いかついっていうよりも、どれもセンスがよくて繊細で、なんていうか、花鳥風月的なものだった」
「澄人はアーティストで、自分で描いた自然の絵を、人の肌に彫るの」
「澄人っていうんだ。 名前までは知らなかったから、きれいな名前と年上ってとこは、あってたわけだ」
渦がニヤリと笑う。
それとなく首を後ろへ伸ばし、相手の背中側を見ようとした紅に、鋭い目が刺し向く。
「タトゥーは探してもないから」
「えっ、一つも?」
ビクっとした紅の代わり、渦が声を出す。
「目立たないとこに彫ってほしいって、頼んでみたけど断られた。 学校を卒業するまでやらないし、もし勝手に入れたら、別れるって」
「へーそうなんだー……。で、鼻のピアスを、おそろいにしたわけだ」
「そう。 私もしょせん、恋する乙女ってわけ」
冷たく自嘲を含む声に、『これで満足?』ーーという目で、青は相手を睨むのだった。
「彼氏さんのこと……お母さんは……」
紅が、恐る恐る聞く……。
「誰かさんにも見られてたことだし、たぶん知ってる。 でも、なにも言われたことはない」
絶え間なく流れ出る湯の音、流れ落ちていく水の音とがーー薄く湯気の満たす広い浴場に、一種の夢幻の如く、深くこだまするーーー
「六つと、三つ上の兄がいるの。 ただの兄たちではなく、親の理想を叶えた、完璧な二人。 岩底家は、家の中も外も、すべてのものが、決まった配列に並び、微塵の狂いもなく置かれている。 そこには、必要なものだけあって、不必要なものは一つもない。 不必要なものは、容赦なく捨てられるから。 ごく小さな埃さえ、我が家には存在することが許されない」
「もはやホラーだね」
たっぷりの皮肉を込めて、苦笑いに渦が言う。
「青んとこの親って、たしか弁護士と医者だっけ?」
「父親が弁護士で、母親が元医者。 両親ともほとんど家にいなくて、物心ついたときから、母親代わりのような家政婦がいたけど、十歳の誕生日に、禁止されていた着色料の入ったカラフルなお菓子を、どうしても私が食べたいってお願いして、特別に買ってもらって喜んで食べて、でも最後にそのことがバレて、その日のうちにクビになった。 人生最悪の誕生日。 そのあとから、母親は内科医をやめて、完全に家庭に入って監視するようになった。 岩底家は、息子が弁護士になり、娘が医者になるという、絶対の掟がある。 それ以外の道はない」
「青の家って、めちゃくちゃデカくて、めちゃくちゃ金持ちだと思ってたけど、絶対嫌だな」
紅、宿、鼓の開かれた目が向く先ーー渦が言うとなぜか、その裏表のない性格ーー真っすぐに正直な人柄からか、不思議と言葉に棘や嫌みはなく、青の顔に、微苦笑が浮かぶのだった。
「……〈学舎〉へ通うことは、許してくれたんだね……」
宿の静かな声に、真顔となった少女は、微かに首肯する。
「〈学舎〉を卒業したら、母親の望み通り、内科医になるって約束した。 娘は一人だけだから、その足枷である事実を逆に利用して、兄たちと同じ外の学校に通わせるなら、家を出ていくって、医者には絶対ならないって、ほとんど脅したの」
「それがピアス前の、はじめての反抗ってわけだ」
渦の真面目な声が通る。
「でもそのおかげで、こうして全員そろったーー」
浴場という、特殊な空間の効果も合わさり、放たれた言葉は、神妙に反響してこだましーー深い余韻を残
す………
「……私は、姉のために、生まれてきたんだって……」
揺れ動く湯の表面を見つめて、鼓がつぶやく……。
「二つ上の姉は、ダウン症なの……。 物心ついたときから、私は姉を守るために、生きていくんだって……そのために生まれてきたんだって……両親に、いつも言われていた……。 お姉ちゃんのことは、もちろん好き……だけど……本当はみんなみたいに、アルバイトもやってみたい……学校帰り、もっといろんなとこへ寄り道もしたい……。 でも……うちは裕福じゃないし……両親は共働きだから……放課後は、私がみていないといけなくて……。 週に一度、〈チェチェ館〉で、大好きな太鼓を叩ける時間だけが、すごく楽しくて……いろんなことを、忘れられて……解放されて……本当の自分で……いられた……」
緩んだ身に、心の内をとつとつと語った少女は、向けられた視線に、はっと我に返る。
「ごめんなさい……私、最低だよね……」
「そんなことない」
渦の目が真っすぐに、はっきりと声にする。
真っすぐに見つめ返す目に、みるみる涙が滲み、汗と共に頬を伝った。
「兄、姉のしがらみ」
青が放ち、射貫く瞳が、紅へ向けられる。
紅は暗く虚ろな目に、打ち明けた仲間のすがたを、見つめていた……。
「ずっと兄妹が、いてくれたらって……」
宿が、つぶやく……。
「ひとりっ子って、羨ましいっていう人もいるけど……すごく、孤独だから……」
細い声が、立ち上る湯気のなかに溶けていくーー。
「『家族とは、赤く固い絆でありーー黒く堅固な呪いである』ーー」
あたたかな浴場に、青の冷然とした声が、響き渡るーーー
突然、渦がバシャリと立ち上がり、湯船から出ていく。
みなが見つめるなか、タオルもなく、言葉通り素っ裸のすがたに、広い浴場の出入り口のほうへ歩いていくと、壁にあった小さな扉を開き、なかにあったハンドルを、掴むのだった。
「サザに教えてもらったの」
渦がニヤニヤしながら、ハンドルを回していくーーー
「滑稽の極み」
青がつぶやく。
渦は笑みを深めて、べっーと、舌を出してみせた。
ぎぎぎぎぎっーーーと、きしむ音が、浴場にこだまするーーー
「わぁ………」
ドーム形の天井が、ゆっくりとーー回転しながら、開いていったーーー
たまっていた湯気が放出され、銀砂を一面にまいたような、満点の星空が広がる。
見上げれば、ちょうど真上に、まるで絵に描いたような、〈下弦の月〉が、煌々と輝いていた。
もどってきた渦が、ぽちゃりと、再び湯に浸かる。
5人はしばしの間、黙然と、息をのむ夜空を、眺めるのだった。
「ずっと同じ〈月〉を、見ていたんだ……」
紅が、つぶやく……。
次の瞬間ーー紅、渦、宿、鼓の悲鳴が、響き渡るのだった!
それははじめての感覚ーーあたたかい湯でつくられた、大きな白い手に、身体をむっくりと包まれ、そのまま浮き上がるとーーさながらヒヨコにでもなったかのように、湯船の外へ、そっとおろされる。
何が起きたのかーー呆然とするものたちに構わず、5つの湯の手は再び、ゆっくりと、瑠璃色の湯船へもどり、すがたを溶け消した。
気づけば一列に並んだ、四人の視線が、端にいる犯人を捕らえる。
「のぼせて倒れるより、いいと思うけど」
いつもの淡々とした口調に、青はスタスタと、湯殿から出ていった。




