60 魔物化した者たち
少々残酷な表現がありますのでご注意ください。
「これほど大規模に魔物化の実験をする必要があったのかな〜?」
地下鉱山を下へ下へと向かいながらヴラドが疑問を口にした。
「…邪神信仰者は瘴気石を取り込み魔物化する。そうして勇者や聖女を襲ったり、大地を瘴気で汚染させる手法をとってると聞いた。最初期に、魔物化する方法を確立するため大量に被験者情報が必要だったのだろう」
珍しくゲーデが長々と意見を述べた。
わたしも被験者情報、データが欲しくて大規模な被害が出たのだと思うけれど、ヴラドはそれだけではないと感じているようだ。
「僕も魔物化の方法の確立のためっていうのは同意する。けれどあまりに規模が大きい気がするんだ」
彼は自身の色気のある目を下へと向けた。
つられてわたしも下を見た。
「ここの底の瘴気、なんであんなに濃いのかな?」
地下鉱山を降りて行くに連れて瘴気が濃くなっていた。底に溜まっている瘴気の量も濃さも異常さはひしひしと感じられた。
それこそ魔王城の謁見の間、邪神封印の中枢レベル。
ここは魔王支配領域でも魔王城でもない瘴気に汚染されていないはずの地域なのに。
「問題です。大規模な魔物化実験で生み出した大量の魔物たちはどこに行ったのでしょうか?」
それはわたしもちょっと引っかかってはいた。
あのわたしたちに襲いかかってきたオーガたちはきっとこの実験場から逃げ出してきた数体なのだろう。またこの実験がいつ頃されて、どうやって逃げて、そもそも長い年月存在できるのだろうかとか別の疑問はあるけれど、それはそれとして横に置いておく。
ここにきて疑問に思ったのは実験データの情報は少ないながらも見つけた牢の部屋数の多さからして、相当数の魔物化が予想されるのにオーガ以外の魔物をこの鉱山はおろか森でも見ていない。
ならその魔物たちはどこに行ったのか。
冷や汗をかいてきた。
「お前が言いたいのはこういうことか? "生み出した魔物は底に集めたのではないか"」
魔王が核心を躊躇いなくつく。
「正解です。さらに言えば、底に集めたのは何故か、だけれどね。始末した方が管理が楽そうなものなのに。場所取るし。それは今のところあれこれ仮説を立てているところです」
「ふん、碌でもない説しか思い浮かばんな」
「まったくです。しかしさすが陛下。僕の考えなんてお見通しでしたね。なーんて、頭の回る陛下のことだからとっくにその可能性にたどり着いていたのでしょう? リンカちゃんを上に戻そうとしたのもそれを鑑みてですよね」
そうだったのか。先を読んでより厳しく残酷な光景が待っているだろうとわたしにああやった気遣いを…
「今からでも上に行ってもいいぞ?」
再度確認されたけれど首を横に振って断った。
ありのままを見ようという気持ちは変わらない。
魔王は「しょうがないな」といったふうに首を横に振った。
「底には魔物がおびただしい数いるだろう。元が人間のだ。覚悟はいいか?」
「うん、大丈夫」
「よし。では馬鹿正直に底に行ってちまちま倒してやることもない。数を減らすとするか」
そういうと魔王は右手に火の球を生み出した。
まさか投げ込むつもり!?
わたしは魔王の右腕の服を急いで引っ張った。
「ちょっと、ありのままを見たいんだって言ったでしょ? まずは肉眼で確認してからーー」
「それならば肉眼ではなく聖女としての力で今ここから見ればいい」
「あ、そうか…」
うっかりしていた。確かにそれもそうだとそこで聖女の力でもって底の瘴気を見るーーすなわち感知しようと意識して魔力を使った。
すると足元の感覚が消えて視界がぐらつき、平行感覚がなくなった。
急なことで動転していると、視界が真っ白に染まった。意識を失って倒れる時のようなあの怖さがあった。どこかに捕まらなきゃと手を動かそうとしたけれど体が動かせない。それどころか感覚がない。
どうしよう、どうしたのわたし、と混乱していると視界が暗くなった。
『お目覚めかな』
くぐもってはっきり聞き取れないけれど、誰かに話しかけられた。誰だろう。魔王? ヴラド? ゲーデ? でも口調が違う。
『う、あ…?』
自分の発した言葉の自覚があった。けれどわたしはしゃべったつもりがなかった。どうなっているの?
『ふん、意識はまだあるが魔物化し始めているな。成功ではあるか、不十分だがね』
魔物化!?
慌てて体に視線を向けようとするけれど体がやっぱり動かせない。
『バート、だったか。オーガ種へのはじめての成功例だ。己を誇り給え』
バート。バート?
それはさっき魔物化実験の被験者に名を連ねていた剣士の男と同じ名前。オーガになったともあった。
そうか、わたしはまた過去の幻視をしているんだ。
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