38 距離感の変化
「そろそろ出発しようか」
「もっと休まなくて大丈夫か?」
「大丈夫。早く行こう」
彼の望みどおり、いい気分転換になった。
瑞々しく生命力に溢れた素敵な場所だった。
自然の中でゆっくり落ち着いて食事をとるなんていつぶりだろう。勇者一行としての旅は従属の術で自由はない息苦しい日々だったし、ウィルと二人で森で過ごした時は見知らぬところに放り出されて不安だった。魔王城に来てからはみんなよくしてくれたけどわたしは一人勝手に緊張していた。
なんなら、この世界に来て一番の気分転換になったのではないだろうか。
神秘的で、綺麗で、静かで、ここにいると世界が滅亡の危機だなんて思えなくて、現実をわすれて心穏やかに過ごせた。
…思いがけず二人の絆が深まり思い出もできた。
…また来たいな。
「また連れてきてやろう」
「えっ」
魔王はわたしの心を読んだように再来の約束を口にした。なぜわたしの思っていることに気づいたのだろう?
「そんなに不思議そうにすることはないだろう。…お前の表情が前よりわかりやすくなっただけだ。俺が読み取れるようになったのか、お前が以前より感情を表にだすようになったのか、どちらだろうな?」
そんな問いかけはずるくないだろうか。
頬が熱をもってしまう。
…後者の答えは合っていると思う。
わたしはここでの少ない時間を過ごしただけで、心がほぐれた自覚があるから。本音で話したことで素の自分を出せている。
前者は……そうだったらうれしいと、思う。
けれどとても口には出せない。
「俺たちの領域は乾いた大地ばかりで気が滅入るだろう。俺も時には気分転換に足を運んでいた」
「あなたでもあの景色に気が滅入るなんてことあるんだ?」
「おい、俺を何だと思っている。長らく見慣れた景色だが感性はまともなんだ。滅入りもする」
「おまけに周りは変わり者が多くてまとめるのが大変だし?」
「言うようになったな。さてはお前も内心俺の配下は変人ばかりと思っていたな?」
「実際そうでしょう」
「否定ができん」
しかも「お前も」ってあんたも自分の配下を変人だと思ってたのか。
実は魔王が魔王一派で一番まともな感性で常識人なのかもしれない。
それにしても取り繕うのをやめたら話しやすくなった。
ぽんぽん会話ができて楽しくもある。
「気分転換にこれからは同伴者ができたな」
魔王の機嫌良さそうな声色に、照れとうれしいが心に湧き上がった。転移の魔法を使い、中断していた地脈の調査の次の地点に向かうべく、魔王がわたしの肩に手を置いた。
「ではよろしく頼むぞ、まどか」
不意打ちの真名呼びはずるいと跳ねた心臓のある左胸を抑えながら思った。
転移先はまた魔王支配領域と人の世界との境界地点。でも次の地点はここではないらしい。
「この場所は他の境界よりも南下している。しかもこの200年で急速に瘴気が広がり国一つ飲み込まれた。理由は分からず仕舞いだが、気になることがある」
「気になること?」
魔王は視線を魔王支配領域内の、緑のまるでない土色一色の小高い丘へと向けた。
「あの丘にあった廃神殿が破壊されていた。200年前には確かにそこに傷みはあるものの建物があったというのに、瓦礫ばかり。粉々に砕かれた石材や焼け焦げた形跡もあった」
「地震とか火事の可能性は?」
「この辺りの地盤は固く、地震が起きる環境ではない上、戦火や火災があったという情報はなかった。妙だろう?」
「うん、気になるね。調べよう」
魔王がわたしを横抱きにして低空飛行をするも気持ちも心臓も相変わらず落ち着かない。いけない、瘴気の感知に集中、集中、今は聖女としてのお仕事中!
平静を保とうと必死な"まどか"は気づかなかったが、魔王はそんな彼女の恥ずかしがったり焦っている表情を見てなんともいえない満足感を感じていた。
丘の上の神殿跡はぐちゃぐちゃになっていた。
石造りのそこそこ大きい建物だっただろう大量の石材が砕け散り、焼け焦げた石材や地面が一面に広がっている。
「ひどい荒れ方…」
「極地的で地震や火事とは違うように見える。どちらかといえば天災よりも、人災に見える」
「誰かが故意に神殿を壊したってこと?」
「ああ。瓦礫の配置をよく見ろ。焼け焦げた場所を中心にして放射状に広がっている。これは火の上級魔法『フレア』を使いふき飛ばした後に見られる焼け跡と似ている」
「でも、神殿をふき飛ばして何の意味があるの? もう神様はいないし、建物しかないのに」
「いや、そこで仮説を立てた。祭壇があったかも知れん」
「祭壇?」
祭壇として思い出されたのは女神ウララの森の祭壇跡。そこにはそもそも精霊昌を使った祭具による結界があったけれど、それが失われて瘴気を放つ魔の森となっていた。ということはもしかしてーー
「何者かに祭壇の結界を壊された結果、瘴気に侵食されたのかも知れん」
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