第29話 恐れ
2/10分はここまで。
僕のそばで亡くなった男の埋葬は、味気なく終わってしまったようだ。新しい方の聖樹の、民家の少ない側に、共同墓地のような場所があった。その場所で、聖樹の方向を背景に小ぶりの墓石に向かって、膝をついて黙とうしている。数分間の黙とう。そうして祈りが終われば、亡くなった男の関係者は、ばらばらに感傷に浸るものもいれば、すぐにその場を後にする者もいた。
後々暮石に名前が彫り込まれることになるそうだが、今回は、遺体が埋められたのみだった。彼の知人や友人が集まり、個人個人、別れを済ます。その状況がやけにあっさりとしていたのは、僕の思いこみではないと思う。
病を持った人を、土葬して問題ないのか、という疑念はあるだろう。内臓や脳の処置などしなくては腐敗が酷く周囲に悪影響を及ぼすのでは、とも。しかしこの村は伝統により、聖樹信仰により、昔から病があれ、なんであれ死者を弔うのは土葬ときめられていたらしい。だからといって危険性を知ってまでそれを決行するのはナンセンスではあるが、今回の件は長老院の報告から、感染することのない「単純な接触」には死者を媒介とするもの、も含まれているそうだった。つまり、死人には件の病を移すことのないからくりがあるそうだ。そもそも本当に、人体実験で長老院がどこまで正確な推測ができているのか、不安なところもあるのだが……。
ユージェと僕は、医者の先導に従い、その埋葬の様子を見届けた。
形式としては土葬にあたるもので、遺骸は死者の知人の中で、サンの開花により固形物を形成できるものが棺桶を作り、その棺桶によって埋葬することが、通例だという。木材や石造りの棺桶に限らず、能力者の性質によっては、鉱石や金属であったり、レンガや泥状であったり、繭や布、革のような動植物由来のものにもなったりすることもあったようだった。
また聖樹の近くに墓地があるのは、再び聖樹の木によって果実として生まれてくるようにという祈りからである。
遺体の死の原因を推定出来たら、すぐに棺桶にいれ、土に埋めるのがこの村の葬式の流れらしい。湿度と温度が高い村では、遺体は長く放置はできない。だからすぐに土に埋めてしまうのだそうだ。土に埋めても、地中で腐敗したら、井戸水に影響すると思うかもしれないが、この共同墓地においては、聖樹の空間能力が作用しており、墓地の地中がほぼ聖樹の内部空間の影響下にあり、民の遺体は吸収され地質環境から隔離されると考えてよい。だから、死者はすでに聖樹と一体ということになるし、土葬の欠点であるスペースの確保も克服できたという。病原菌の民らへの流布の懸念も解消されたともいえる。
聖樹信仰の観点から言えば、聖樹とつながることが死後を明るく照らす最良の行いだといわれている。そういう点もあり、今生きている人たちとの別れより、聖樹と一つになる、という幸福が重要視され、今生きている先立たれた知人らも、別れ際が短いことに、不満はなく、いつか自分も聖樹と一体になるんだ、それまで聖樹信仰を続けていこうと決意を新たにするそうだ。
僕たちは、僕にとってはひどく短く感じる死者との別れの式の様子を見て、その場を後にした。
ユージェは、家に戻った当の目的であった届け物の物品を持ち、依頼人の指定した場所まで向かっていった。僕は後についていく。ユージェが僕の指導係になった当初の明るさはなくなってしまった。僕は彼女に何を話すべきかわからなくなった。
言葉は交わさない。それでもユージェは気にしていないように、ずんずん進んでいく。
僕はその日、1件目の届け物をする仕事を含め、3件の依頼をこなした。終始口数は少なかった。1件目の届け物は、結局のところ、クリスタルみたいなきれいな石ころだった。お姉さん然とした依頼人が、少年のような男の子への依頼として、僕たちはその石ころを届けた。別に、僕たちが運ばなくても、簡単に運べる程度のものだったけれど、依頼人は、僕たちが届ける相手に対して、何かを伝えようとしているということは想像できた。依頼人とその相手の間にクリスタルによる縁がある。その縁とはなんだろう。恋愛というテンプレートはこの村には存在しないそうだが、それに近いものなのだろうか。それとももっとクリスタルのように透明に近い関係性だろうか。それは、ユージェの言っていた『パートナー』という関係なのだろうか。
ユージェは淡々とその小石と、依頼人の名前を少年に告げ、依頼を達成した。男の子はすこし怪訝な顔をして、僕たちから物品を受け取ったけれど、お姉さんの名前を聞いたとき、少しはにかみが見えた。
結局依頼人のお姉さんがなぜ日をずらして届けさせたのかはわからなかったけれど、少しだけ、僕の中に好奇心と諦めの予感が並列して生まれるのだった。
諦めの予感とは……、ああ、この人たちのつながりも、聖樹信仰の前では、優先されることはないのだろうか、ということである。
ここまでしつこく考えていると、僕は聖樹を悪く考えているような印象を受けると思う。素直に言えば、聖樹をなぜ信仰するのか、理解できないから、僕の大事なものを決める権利を聖樹信仰に奪われかねないという意味で、僕はそれを敵対視している、といえるだろう。
もちろんその気持ちがあるから、意地悪で村の中にも聖樹を軽視する同士はいないのだろうか、こういう反応が出るともいえる。
しかし、それ以上に、みんな画一的に聖樹を最重要視しているのは、どういう理屈なのだろうとかんがえる部分がある。
生活の基盤になっているから。多分そうだろう。
幼いころから、聖樹が大切だという風潮の中で育ち、そう教えられたから。それもあると思う。
考えても仕方ないことなのだろうか。
僕が、マクドナルドで喧嘩していたカップルを見て、浮気した男に文句を言いたい、と思うのと同様に、理屈じゃないのだろうか。そこには個人の生活と気持ちと、それなりの理由が入り込んでいる。僕にはそこを深くまで追うことは出来ない。だから、傍から見て、そういうものか、と納得するほかない、とあきらめている。
信仰の話や好き嫌いの話に限らず多くの込み入った事情についてはそうやって諦めているのだった。
ぼーっと、彼らの関係性から話を飛躍させて想像を膨らませていると、ユージェは何も言わずにすいすい進んでいってしまう。いつもなら僕に話しかけたり、くだらないことをしたりしてみせるのだが、死者が出た以降の僕の困惑を知ってか、彼女は距離を取って接しているようだった。
ユージェはもう、単純な話をしてくれないのかもしれない。あるいは、してくれても、僕がそれを単純な話だと受け入れられないかもしれない。
僕と彼女の間には、物理的な変化は何もない。僕と彼女は、そこに知り合いとして存在する。単純な話だ。でも、関係性は、変わってくる。聖樹のもとで、アコンの民という種を同じくする同類だった存在から、聖樹に対して信仰心を持つか否か、という信条の違う者同士に変わる。その差異が僕らの間に壁としてそそり立つ。それは、同じ場所に立って、同じ方向を向いて見聞きした物事でも、優先順位の違いからわずかにでも異なる意見を導き出し、結果として大きく食い違いを起こしてしまうだろう。
「なあ、大丈夫か」
彼女が唯一声をかけてくれたのは3件の仕事をすべて終え、彼女の家の前に戻ってきたときだった。つまり、事件のあった場所だ。
「え、と。何が?」
「別に気にしていないならいいんだけれど。今朝のことがあってから、体に力が入り過ぎてて、歩き方が怖いし、ずっと下向いているから。一度休んだ方がいいかと思ったけれど、あたしもユキになんて声かけていいかわからなかったから」
「……」
傍から見るとそれほどわかりやすかっただろうか。動揺していた。多分自分が気づかないほどに。
「変なのは今も一緒?」
僕は彼女に恐る恐る聞いてみた。
「そうね。ずっと」
「そっか」
彼女は空を見上げる。僕もつられて見上げてみた。空はうっすらと紫が差し込み、陽は普段の真っ白い光を陰らせ、オレンジに色づいている。白よりも青、青よりも赤と、昼頃にはうっとうしいほど白く輝いていた陽の色は、僕の感覚と全く反対に暖色になればなるほどに悲しそうに沈んでいく。
僕の顔は何色だろう。うろたえているのは収まったか。まだ、朝の老人ににらまれてビビったままだろうか。
彼女の顔は、後光が差してわかりにくい。強いて言うならば、後光のオレンジがその色だった。彼女の顔は悲しみの色につぶれていた。
「怖かった?」
「人の死は怖いよ」
「あたしたちのことは」
「すこし、理解できないと思った」
「死に対してのことで?」
「そう」
僕は驚いた。彼女はシンプルに聞いてきた。何かを窺うように、普通は言葉を濁してしまうのかと思うのに。
「ユージェは、それが当たり前なんだよね」
「うん。当り前よ。朝起きて、伸びをするように、村や聖樹のため行動する」
「でも、僕はできそうにない。巫女という職業の重荷を、今更になって痛感し始めている。僕は甘かったのかな」
「甘いとおもう。でも、誰もが通る道でしょ」
「誰もが?」
「そう。だれでも、シビアなまま生まれてこない」
「それがユージェの単純な考え?」
「そうね。だれにでも悩みはあるって意味では単純かもね」
彼女はこちらを向いた。ちょうど頭が夕日のシルエットを覆った。そのおかげで僕の視界は暖色の光が遮られ、見通しが立った。彼女の顔は陰色の紫に彩られている。まだどこかよそよそしさは残るけれど、彼女は少し、こわばりを解いたように思える。
「これから、少し行きたいところがあるの」
「暗くなるけど」
「でも、少しだけ。明日はミネさんが戻ってきて監督係を変わるっていうし、明後日はもう巫女として挨拶する日でしょ。だから、監督係として私がユキとゆっくり話せるのは今日だけだから。いっておきたいところがあるの」
ああ、そうか。僕が正式に民たちに顔を知らしめる集会は明後日にあるのだった。
僕は今朝の衝撃で忘れていた。意図的に忘れて逃げたくなっていたのかもしれない。
「どこに?」
「生まれたての蕾たちが育つ養育施設よ」
死の次は生。
彼女は僕に、村の終わりと始まりを知らせるつもりのようだった。




