第28話 埋葬、幻想、価値観の異同
2/10分はあと1話投稿します。
平日18時、土日祝12時投稿
クレーマーだった男の身体は、医者の指揮により、どこかに運ばれていった。医者が言うには、流行り病は、単純な接触では移ることはないから、安心してほしいとのことだった。これは長老院からの報告だという。あの亡くなった男同様に、他にも罹患した民らが人体実験にされている事実があるのだろう。
医者はどこまで長老院の行っていることを聞かされているのだろう。流行り病のことをきいたら、どうしてそれがわかったかと疑問に思うことは必須だろうから、それを聞かないはずはないと思う。
だから、僕は医者に、テスェドさんから聞いたこと、長老院が人体実験をしている話を直接尋ねてみることにした。
「そうだね、仲間を助けられないことは残念だけれど、それで聖樹や民の生活にプラスになるなら、非情な選択も致し方ないと思う」
というのが彼の返答だった。
そう……なのか、と思う。肯定してしまうのか。
「それは、もしあなたの友人や知り合い、大切な人であっても許容できるんですか」
と追及する。
「私の個人的な感傷で聖樹とアコンの民の存続に傷をつけてはならない。聖樹の前ではアコンの民は平等な扱いだよ。それが長老院院長コクレウスであっても」
聖樹のために死を享受し、命を捧げることには変わらない――。
彼の言葉に迷いはなかった。
「そう……ですか」
僕は、医者の顔を見れなかった。
クレーマーににらまれて怖気づいた時、ユージェに失望されたかもしれないと思ったとき、それらとは違う感情をたった今抱いたのだった。
身がすくむ思いだった。理解ができないものを見たというような。
宗教といったのは、誰だったか。ジャコポと話した時、聖樹信仰の宗教がこの村に覆われていると、聞いた。
聖樹のために身を捧げるというのは、その考え方の典型的なものだとも。
前世において、世界の宗教の話を聞き、日本の戦争時代の話を聞き、全体のために身を捧げるという事例を聞いて、そういう世界もあるのか、と思いつつ、まねできないとも思っていた。
でも、自分がその立場に身を置き同じような信仰をできるか、となれば、まねできない、という思い以上に理解できないという拒絶の感情が浮かぶ。
今回亡くなったのは、僕にとって、苦手な因縁の相手だった。僕はその死に深い悲嘆を受けることはなかった。だから、比較的フラットに、アコンの民の死に対する医者の対応を見ることができていたと思う。彼は本当に身近なものの死に対して、聖樹を優先できるのだろうか、ということを見た。
できるのだろうな、と思った。
彼は医者だからこそ死に対して無感情に対応したのか、聖樹の信仰者だからこそ、彼の処遇に対して当然だと考えていたのか。
どちらでもいい。どちらともかもしれない。
この村ではそれが普通の反応なのだろうか。
僕はある種救いを求めて、隣にいるユージェと乾燥係のおばちゃんに目を向けた。
テスェドさんには口止めをされなかった。もしかしたら口が軽い振る舞いとして怒られるかもしれない。でも、医者の人にも話した時から僕の中のダムが決壊した。水は流れるまま、重力に逆らわずに落ちていく。僕の中の感情の濁流は、彼女らの応答を知りたいという欲求の重力に逆らうことが出来なかった。
「流行り病の患者たちを、病の効果を確かめるために犠牲にしている、ね」とユージェ。
「そうなのかい。ぶっそうだね」とおばちゃん。
「二人は……それを当然に思うの?」
「犠牲とは耳障りの悪い言葉だけれど、結局はみんなのためでしょ。じゃあ仕方ないよ」
ユージェの言葉に、おばちゃんもうんうんとうなずく。
「そう……か……。ユージェは弟君が、もし病に侵され、彼を病の原因を突き止めるために、治療されることなく反対に病がもっと進行するかもしれない場所に連れていかれていても、何も感じないのかい」
「それが、民の未来のためなら、仕方ない。もし叶うなら、弟の代わりに私がその役目を果たせればいいなとは思うけどね。弟が適役なら仕方ないよ」
「仕方ない……」
仕方ないと受け入れる諦念なのか。それでいいのか。
「よくないよ……全然よくないよ」
僕はクレーマーよりも弟君の方が一度とはいえ仲良く話した間柄だからこそ、その死を想像する時に未練の感情が混ざる。
これはエゴだ。博愛主義者なんかまっぴらだ。僕は僕の好きなものにしか執着できない。
でもクレーマーの男にも、村には大切だと思いやっているものがいただろう。その者たちも、彼の死と最期の扱いには疑問を抱かないのだろう。それが聖樹信仰に溢れる村の姿だ。
僕は知らない世界に放り出された気がした。
いや、もともと知らない世界だった。
前世とは違い、ファストフード店も車も何もない村。隣国には機械やそういうお店やメイド服を着る文化があるのかもしれないけど、それでも前世とは明らかに違う。
サンという概念。聖樹の存在。サンによって強化された生物ら。
端から異質だった。いや、異質なのは僕の方だ。世界は、この世界において正常なのだ。
異世界から迷い込んだのは僕だけ。
ここで生きていくのは、この異質感を受け入れる必要があるということか。それとも、僕が受け入れられる国を探して旅する必要があるのかもしれない。
明らかに僕はこの村において、異質だ。疎外感を感じて、当初はなやんでいたこともあったけれど、それは流行り病が流行っていた森から来たせいだ、病を恐れて僕を遠ざけていたのだ、と思っていた。流行り病にかかっていないことがわかり、その上、巫女としての資格を持っているとわかって、受けいれられるのだ、と安心した。
しかし、人から病が感染されないとわかった今、僕はかえって疎外感を感じるようになった。病の有無など些末なことだ。考え方が相容れない。
彼らは聖樹のことを第一に考え、僕は自分とその周囲のことを第一にしている。
価値観の相違は単純だけれど、現実においてはその差異が決定的になる。
その差異を僕の方が拒絶している。
怖いのだ。差異を強く意識しているのはこの場にいる僕と医者とユージェと乾燥係のおばちゃんの中で僕だけ。人数の差で、多数派が場を占める。空気は多数の意見を正常と見なす。僕の方が少数派であっておかしい考え方だということになってしまう。僕はおかしいのか。村や聖樹の存続のためにこの身を差し出すことを強いられなければいけないのだろうか。嫌だ。わがままだろうか。村の人たちと仲良くなれば、考えが変わる? そんなわけないという気持ちがある。
もし僕が巫女としてこの村で活動しなくてはならないのならば、村の中での重要な位置にあたる巫女という立場において、少数派の意見を持つことは少なからず衝突が起こるだろう。孤独の中において意志を貫くということの不安が少しずつ分かってきた。
ああ、僕は無性にテスェドさんに会って話がしたくなった。彼だけは、この価値観に異論を唱える仲間だ。
彼は聖樹信仰のために、犠牲をよしとしない意見をいつのころから思っていたのだろう。
常に少数派の立場だったはずだ
仲間がいればいい。でも、もし共感者がいなければ、彼はずっと独りぼっちだったのだ。
僕は彼に会わねばならないと感じた。
会って、改めて彼の怒りを聞かなければ。
今僕にできる一つの恩返しは、これだけだ。この世界に生まれて、居場所を与えてくれた彼に、恩を返すということをするには、とにかく会って話をしなければならない。
数日間この村にいて、ようやくわかった。
僕が異分子ということ。そしてテスェドさんと村の対立状況について。




