第二話:雷光
「そろそろVIPルームね。誰かいると良いのだけどねぇ」
「……遺跡の中なのに緊張感がないですね」
「私にとっては勝手知ったる場所だもの。あ、コンソール発見と」
遺跡の中は固く閉ざされていた壁で道が塞がれていた。門ほどの強度ではないので、破壊して中に入ることは出来なくはない。
けれど、ルクスリアがいれば勝手に扉が開いていくので釈然としない気持ちになってしまう。ようやく慣れてきたと思った、その時だった。
コンソールに触れていたルクスリアの眉が一瞬、ぴくりと動いた。
「あっ」
「……あっ?」
「これ仕掛けたの、誰よ。マスターたちじゃないわね?」
「……ルクスリア?」
「――来るわよ、アーネ。戦闘態勢!」
ルクスリアの刺すような警告の声に私は警棒を引き抜き、身構える。
私たちの後方に魔術陣が浮かび上がる。それを見て、私は思わず息を呑んでしまう。
「あの魔術陣は……転移陣!?」
「誰かが後付で設置してたようね。コンソールの操作と連動させられてたわ」
魔術陣から浮かび上がるようにして現れたのは、私の二倍の体躯を持つゴーレムだ。
しかも、その身体は金属で出来ている。その姿を見た私の頬が引き攣ってしまった。
「メ、メタルゴーレム!?」
形を与え、魔術を組み込むことで術者の思いのままに動かせるゴーレム。
ゴーレムを作るのにも、作りやすい素材というものがある。金属、つまりメタルで作られたゴーレムは難易度が高い。
金属と魔術の知識が両立してなければ質の良いゴーレムは作れず、更には自動で動かすとなれば、国でも厚遇される程の実力者の証でもある。
そんなゴーレムが私の前に召喚された。ゴーレムの頭部にある目の部分が赤く光、私に狙いを定めているのがわかる。
はっきり言って、素のままの私が対峙したら絶対に勝てないと言える相手だ。
「ルクスリア! なんですか、これ!」
「悪魔のことを探ろうとしたら、それを迎撃するように組み込まれてたものよ。一体誰よ、こんなの用意したの」
「どうしますか!?」
「決まってるでしょう?」
ルクスリアはふわり、と宙に浮いて私の肩に手を乗せる。その顔に浮かぶのは不敵な笑み。
「破壊するわよ」
「そうですよね……!」
つまり、これからあのメタルゴーレムと私は戦わなきゃいけないことになった。
私たちが戦うことを決めたのを察知したのか、ゴーレムが巨大な腕を持ち上げ、振り下ろしてきた。私は後ろに跳んでゴーレムの一撃を回避する。
「ルクスリア! お願いします!」
「頑張るのはアーネよ、張り切っていきなさい?」
「貴方も頑張ってください! じゃないと死にますよ、私が!」
ゴーレム相手ではルクスリアの〝魅了〟は使えない。でも、ルクスリアが何も出来ない訳じゃない。
ルクスリアが私の背後から手を回すようにして私を抱き締める。そして、ルクスリアの身体が透けて私の中へと入り込むように消えていく。
『思考同調、開始。魔術の代理行使、行くわよ』
「魔力の配分は任せます! 余裕ないんで!」
『まったく、悪魔使いが荒いこと』
ルクスリアがぼやく声が脳裏に聞こえる。
これはルクスリアから魔術を学ぶようになって、私が気付いた方法だった。
精霊が恩恵として与える魔法は、精霊が行使することが出来る術式を契約者へと伝え、それを契約者が魔力を代価に発動させているものだ。
これは悪魔だって変わらない。けれど、悪魔と精霊の違いは人と密接に接しているかどうかの違いだ。
例えばの話、精霊が人の魔術を使う理由はない。精霊は自分の持つ技で十分だし、そもそも人の代わりに魔法や魔術を勝手に使うことはない。
けれど、悪魔は違う。悪魔は契約主からの魔力が供給さえされていれば自由に魔法を扱うことが出来る。
そして魔法は魔術を元とするもの。実際、ルクスリアは私に教えを説ける程、魔術について詳しかった。
だったら、ルクスリアに私の魔術を使って貰い、私自身に魔術をかけることが出来るんじゃないかという事に気付いた。
魔力の消費は同じでも、魔術の行使に意識を割かなくても良い。それに魔術の腕前はルクスリアの方が圧倒的に上だし、ルクスリアも私を魔術で強化することに専念することが出来る。
「行くよ……ッ!」
意を決して私はメタルゴーレムと向き直る。以前の私だったら、ここで絶望していたかもしれない。だけど、今の私には力がある。
ルクスリアに頼りっきりだけど、ルクスリアが私の力になってくれるというのなら。私は彼女の、家族と再会したいという願いのために戦うことが出来る。
無感動にゴーレムは私を潰そうとするように手を叩き付けてくる。それを今度は身体を前に倒すようにして回避する。
そのまま振り向き、腕の付け根を警棒で思いっきり叩き付ける。わかっていた事だけど、金属を打ち据えた衝撃が腕に通って痺れにも似た痛みが走る。
『強度把握。うん、やっぱりマスターたちの仕掛けじゃないわね。まだまだ並って所じゃないかしら?』
「メタルゴーレムの時点で並も何もないんですけどぉ!?」
なんでもないように言うルクスリアに文句を言いながら、今度は蹴り飛ばそうとしてきてメタルゴーレムの足を回避して距離を取る。
警棒での攻撃では、あの固い装甲を破壊することは出来なさそうだ。なら、ゴーレムの弱点である核を潰すしかない。
「ルクスリア! 核の位置を探ります!」
『はいはい、頑張って近づいてね』
「死なないことを祈ってください!」
ゴーレムの一撃を掻い潜りながら、私は胴や胸、背中と次々に警棒で叩いていく。どこを叩いても固くて嫌になってきそうだけれども、根気よくゴーレムの構造を把握するために当てて避けてを繰り返す。
これが生物であれば焦れてきそうなものだけど、ゴーレムに焦れるというような感情はない。ただ目的を果たすために私を淡々と追い詰めようとする。
なんとか紛いなりにもメタルゴーレムの相手を出来ているのは、ルクスリアの身体強化の魔術が凄いからだ。
私の状況に合わせて、その都度に些細な調整を加えているので疲れを感じない。
だけど、私の身体には間違いなく疲労が溜まり始めている。その証拠にルクスリアが持っていく魔力が少しずつ増えていく。
疲労を誤魔化し、感じないようにしている意識阻害の魔術も重ねてるんだろう。だけど、それだって私の疲労が多くなっていけば消費量も増える。
(こっちがジリ貧になる前に……!)
振り下ろされた腕を回避し、そのまましゃがんだ姿勢から跳躍する。腕を伝ってメタルゴーレムの頭に向かって駆け上がる。
そのまま警棒を目に相当する赤い光へと叩き付ける。すると、今まで見せたことのないような反応を見せた。
「!? 怯んだッ!」
『ビンゴ! 頭部よ!』
ゴーレムの核の在処は確認した。なら、ここで一気に攻め立てる。背後を取るように着地した私は、そのまま振り返ろうとするメタルゴーレムに向けて警棒を向ける。
「ルクスリア! 魔術式、接続!」
『わかってるわよ』
ルクスリアが私の思考速度を速めるように魔術を追加で行使する。
両手で握り締めた警棒、そして腕輪の魔術道具。この二つに込められた魔術を脳裏に思い浮かべ、追加で術式を結ぶための第三の魔術を描く。
脳裏に浮かんだ三つの魔術式が連結し、脳内で完成する。破綻がないことを確認するのと同時に、メタルゴーレムが振り返った。
でも、こっちの方が早い。狙うのは、その頭部!
「エンチャント、オーバーロードッ!」
『撃ちなさい、アーネ』
警棒を中心に青白い雷光が迸った。ルクスリアの補正によって、放たれる方向が固定された一撃を解き放つ!
「〝ライトニングバスター〟!!」
警棒と腕輪、揃って雷撃を与える機能を持つ魔術式をリンクさせ、拡張と相乗を追加の魔術で結ぶことで解き放たれた雷光の一撃。
収束された砲撃と化した雷がメタルゴーレムの頭部へと突き刺さり、そのまま抉り飛ばすように突き抜けていった。