第三話:暴食
頭部を失ったメタルゴーレムがゆっくり崩れ落ちるように膝をつく。また動き出さないか注意しながら睨んでいたけれど、その気配はない。
警棒を下げて、深く息を吐き出す。ルクスリアが代理で行使していた魔術の効果がなくなると疲れが一気に押し寄せてきた。
「なんなんですか、メタルゴーレムがいきなり出てきて……」
「どうにも悪魔のことを探ろうとする人間を排除するためのものね」
「排除?」
「コンソールの起動を感知して発動する魔術陣が仕掛けられていたわ。でも、どう見ても後付だし、お粗末な術だったわ。本当に悪魔を封じたいならコンソールごと破壊すれば良いのに、それが出来なかったから封印を上に被せてたみたいね」
私との憑依を解いて実体化したルクスリアが言う。その目はメタルゴーレムへと向けられている。
お粗末な術とはルクスリアの基準ではそうなんだろうけど、私にとっては遙かに上の実力者の仕業なので生きた心地がしない。
「やはり、悪魔を封印するために?」
「恐らくは、ね。逆に言えば、封印するほど中に入られたくないってことでしょう? つまり、当たりよ」
今度こそコンソールを操作して、ルクスリアが閉ざされていた扉を開く。その中にあった光景に私は目を見開くことになった。
そこには緑の香りが広がっていた。天井からは太陽のようにも思える光が降り注いでいて、地上のように明るい。
「ここは……?」
「このプラントのマスターのVIPルーム……というか、研究施設の一区画ね。見事に残っているものだわ」
眼前に広がっているのは、昔から食べられている様々な食物が栽培されている光景だった。
瑞々しく、今にもかぶりついてしまいたいほどに新鮮に見える。ただ、整えられた畑と言うよりは、放置され続けて勝手に群生したと言うような姿だった。
「管理者もいなければ、こうもなるわよね」
「……これ、つまり古代文明の作物がそのままの姿で残っているってことですか?」
「そうじゃないかしら? 箱庭の中みたいなもので環境が変わる訳でもないし。原因もなければ変化もしないでしょう」
頭が痛くなってきた。こんなの古代文明の研究者たちに見せたら狂喜乱舞してしまいそうな光景だった。ただ、ここに入るのには悪魔の手を借りなければいけない。
また誰にも話せないような秘密を抱えてしまったことに、胃がしくしくと痛み始めてきた。
「いるとしたらあの子かしら……だとしたら、あっちね。行くわよ、アーネ」
「あっ、ちょっと、置いていかないでください! ルクスリア!」
さっさと歩き出したルクスリアの背を追って私は駆け出す。心なしか、ルクスリアの足取りが軽いように思える。
長い間、再会出来なかった家族とまた会えるかもしれないと思えば気持ちはわかる。私がもう二度、持つことはないだろう思いに少しだけ複雑な思いが宿る。
そんな気持ちを押し隠しながらルクスリアの後ろをついていくと、辿り着いたのは庭園だったと思わしき場所だった。
思わしい、と言うのは庭園にしては作物が無造作に生い茂っていたからだ。本来は花壇や、外での食事を楽しむためのものであろうテーブルや椅子も緑に呑み込まれてしまっている。
その庭園の中央に、かつてルクスリアが封じられていたような結晶が鎮座していた。
異なるのは結晶の色と、中に入ってる人。結晶の中で膝を抱えるようにして眠っているのは、私と同じか少し下ぐらいの年齢の外見の少女だ。
「――やっぱり、貴方だったのね。〝グーラ〟」
懐かしそうに、そして愛おしそうにルクスリアが結晶の表面を撫でる。
すると、脳に声が直接聞こえてきた。けれど、それは何を言ってるのか定かではない小さな声ですぎて、何を言ってるのか聞き取れない。
『……ぃ』
「……え?」
『……おなか……いっぱい……もう食べられないよ……』
どこかのんびりとした、間の空いたような口調で聞こえてきたのは……どう聞いても寝言にしか聞こえなかった。
困惑しながらルクスリアへと視線を向けると、彼女は困ったように苦笑を浮かべていた。
「……この子ったら、まったく変わってない……」
「この子は?」
「〝暴食〟の悪魔、グーラよ。……とてもがつくほどのんびり屋、脳天気で、好きなことは食べること。夢を見てても何か食べてるし、油断してると囓られるのよね」
仕様がない、と言うように腰に手を当ててて言うルクスリアはとても優しげな目をしていた。
「……とにかくまだ寝ぼけてるみたいだし、起こすわ」
「あ、わかりました」
「――グーラ! 起きないと貴方のおやつ、全部食べるわよ!」
『――おやつ!? ルクスリアお姉ちゃん、食べちゃだめだよ!!』
寝言ののんびりとした口調はどこに言ったのか、カッと目が覚めるような声量の叫びが脳を突き抜けていった。実際に音は出ていないのに、耳がキーンとなるような衝撃に目眩がする。
『……あれ? ルクスリアお姉ちゃんだ……』
「おはよう、グーラ。何百年ぶりかしら?」
『本当に本当のルクスリアお姉ちゃん?』
「そうよ」
『……おやつは?』
「ないわ」
『…………おやすみなさい』
「こらっ! アケーディアの真似をしないの! 起きなさい!」
ばんばん、と結晶を叩きながらルクスリアが中に入っているグーラちゃんを叱っている。
それは家族だから気安さを見せられる、私が知らない一面だった。
『……ルクスリアお姉ちゃん?』
「だから、そうだって言ってるでしょう?」
『……久しぶりー。何百年ぶり?』
「相変わらず会話がワンテンポ、ズレてるわね……アケーディアよりはマシだけど」
『ルクスリアお姉ちゃん、どうやってここに? その人、お姉ちゃんの下僕?』
「下僕じゃないわよ。ちゃんとした契約者よ」
「ど、どうも……」
意識が私に向けられたので、どんな風に挨拶しようかと迷っている間に当たり障りない声が出てしまった。
『…………素朴で純情そうに見えて、実は裏の顔が凄いとかそういう人?』
「グーラ、どこでそんな事を覚えてきたのかしら?」
『アウリティアお姉ちゃん』
「あの成金モドキの狐め……! 今度会ったら覚えてなさいよ……?」
「というか、一体どんな認識で見られてるんですか、ルクスリア……?」
「何よ、ちょっと悪ノリしてマスターと一緒に遊んだことがあるだけよ……」
「せめて私の目を見て言ってくれません!?」
本当、この人は昔に何してたのか。思わず呆れた目でルクスリアを見ていると、グーラちゃんの戸惑うような声が聞こえてきた。
『……嘘、もしかして正気? えっ、本当に真っ当な契約者なの……?』
「ふふん、凄いでしょう?」
何故かルクスリアが自慢げに胸を張って言った。真っ当じゃない契約者って一体……。
「グーラ。私が貴方に会いに来たのは顔を見たかったのもあるけれど……一緒に外に出ない?」
『……外に?』
「貴方も何度か、契約はしたんじゃないかしら? きっと私たちの力に魅せられて、呑まれていったんでしょう? でも、アーネなら大丈夫かもしれない。だから、また皆で集まれないかって思ったのよ。いつの日か、きっとマスターが来るだろうっていってた未来が今なんじゃないかって」
ルクスリアが問いかけると、グーラちゃんの声はぴったりと止んでしまった。
それから暫く間を開けてから、再び脳裏にグーラちゃんの声が聞こえてくる。
『……本当に?』
「えぇ」
『その人、私たちの力に惑わされない?」
「そうあって欲しいと思ってるし、彼女なら信じられる」
『信じて裏切られて、また悲しい思いをするかもしれないのに?』
その声は、本当に悲しそうな声だった。まるで自分の力を嘆いているような、そんな印象を受けた。
『ルクスリアお姉ちゃんは一番最初に眠ったから、わからないよ……私たちの気持ちなんて』
「……そうかもしれないわね」
ルクスリアは、その言葉を否定しなかった。ただ静かにその言葉を受け入れている。
『私は、自分で封印を望んだんだ。それでもマスターが言うような未来が来たら、って思ってたよ。でも、そんな日は来なかった。声を聞けた人も、時が経てば力に呑まれちゃう。……もう、疲れたよ』




