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先祖返りエルフは悪魔の誘惑を振り切れない  作者: 鴉ぴえろ
第三章:魅惑のオーバードーズ
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第二話:疑惑

「そもそもね、魔法と魔術は大元は一緒。違うのは魔術は単独で行使されるものであって、魔法は概念を司るものからの承認を得られないといけないものなの」

「……それが何だと?」

「魔術師である貴方ならわかるでしょう? 魔術の対象は自分自身でもいいし、他人でも良い。それは私が恩恵として齎せる魔法も魔術と同じように使えるということよ」

「……そういうものなんですか?」


 私の知る魔法というのは、もっと型が決められているようなものという認識だ。

 例えば、火の精霊サラマンドラと契約した魔法師が最初に覚えるのが〝ファイアーボール〟のように予め決められた魔法を精霊の認可を得て使えるようになっていくものだと思っていた。


「魔法の大元も魔術なのよ? 魔術を下敷きに新たな概念というもっと大きな魔術の管理者として精霊や魔獣が生まれ、その恩恵を魔法と呼ぶようになったのだから。だから魔法は管理者の使える魔法を借り受けて使っているようなものなの」

「なるほど……」

「精霊や魔獣は神から力を与えられる範囲を制限されているから、それを段階的に使えるように管理しているのよ。だから魔術よりも強力だけど、改変の自由はないの」

「……言われれば確かに?」


 思えば魔術は新しい魔術を生み出すことを研究することは出来るけれど、魔法は新しい魔法を生み出すという話は聞いたことはない。

 新しい魔法が出た、と聞いてもそれは精霊や魔獣への信仰に厚い者が辿り着ける奇跡のようなものだ。


「私たち、悪魔の場合は使える人が少ないからその制限もないのよ。私たちは世界の法則として定着した存在ではないからね」

「つまり、ルクスリアの魔法は改変が自由なんですか?」

「私の力の範囲内であれば、という注釈はつくけどね」

「……改めて悪魔とは怖い存在ですね」


 思わず背筋にぞっとしたものが走ってしまう。私の反応にルクスリアは目を細めて笑った。


「私の力は色欲。魅了の力が代表的だけど、それは結びついた結果に生まれるものであって本質ではないのよね」

「……つまり?」

「相手を魅了するのだけが私の力の使い方じゃない。まぁ、他に試す相手もいなかったからでもあるけど」

「……ルクスリアが何をしたいのかわからないです」


 下手をすれば命の危険があるとは言うけれど、彼女は私に何をしようとしているんだろう? その不安が私に嫌そうな顔にさせているだろうと思う。

 そんな私の表情なんてお構いなしにルクスリアは笑みを浮かべながら私の額にそっと指を当てた。


「物は試し。じゃ、力を抜いてー。行くわよー」

「ちょ、ちょっと――!」


 あまりにも突然のことに私は抵抗しようとしたけれど、それよりも先にルクスリアの指から流れ込んできた何かが私の頭に溶けていく。

 目眩のような感覚にその場に膝をついてしまいそうになる。視界が揺れるような感覚が抜けるまで深呼吸をして堪える。


「ルクスリア! だから、何をするのか説明を――!」


 自分の声を耳にした瞬間、違和感を感じた。その違和感は、最初にルクスリアに出会った時にルクスリアに受けた魅了のような感覚だ。

 自分の身に何が起きたのかわからない。だけど、自分の声が自分のものだとは思えない程に心地良い声に聞こえてしまった。


「魅了は暗示にも似ているわ。その魅了の虜になったものが貴方に心を奪われるように。じゃあ、その魅了を自分自身にかけたらどうなるのかしら?」

「何を……!」


 頭がクラクラする。自分の声なのに、心地良い。自分の頭を抱えている指の感触も、自分という存在に酔っていくようだった。

 自分に魅了をかけた? そしたらどうなる? 私は、自分に魅了されるってこと? それは私がどんどん自分が好きになっていくということ?


「鏡があれば完璧だったのだけどね……そうだ、瞳越しでもいいから覗かせて――」

「――やめてっ!!」


 私は胸の奥底から沸き上がってくるような拒絶感に叫んでいた。今、自分の顔なんて見てしまえばどんな風になってしまうかわからない。それまで浸っていた酔っていたような感覚が嘘のように覚めていき、膝が笑ってその場に腰を下ろしてしまう。

 全力疾走した後のような疲労感が全身を襲って、そのまま倒れ込んでしまいたかった。さっきまで自分の声に感じていた違和感も掻き消えていくと自然と呼吸することが出来る。その事実に思わず安堵してしまう。


「……やっぱり、ね」


 私が息を整えているとルクスリアが小さく呟いた。そのまま私と目線を合わせるように彼女も膝をつく。


「耐性があるのもあるだろうけど、やっぱり問題はそっちよね」

「……問題?」

「まぁ、荒療治よね。でも、さっさと自覚させないとアーネがこのまま生きてるだけの屍になりそうだったし」

「……自覚? 何を……?」



「――アーネ、いつまで自分が嫌いでいるつもり?」



 ルクスリアが淡々と突きつけた言葉に、私の心臓がリズムが狂ったように鼓動を跳ねさせた。


「貴方が私の積極的に力を使わないのは怖いから。でも、怖いのは相手の人生を狂わせることじゃないのよ。もっとそれ以前の問題だもの。――自分が好きになって貰える筈もないっていう諦めでしょ? 私の力を拒否するのは」

「それは……そんな……私は……」

「この二ヶ月、貴方のことを見て来たのよ。最初は挫折して、絶望して、それで逃げたいんだけだと思ってた。でも、もっと問題は根深い所にあるんでしょ? だから自分が好きになる魅了なんて絶対にかからない。そもそも貴方は自分が好きじゃないから」

「……例えそうだとして、それが何の問題があるって言うんですか?」

「本気で言ってるのかしら?」


 呆れているのか、彼女の声に感情が込められていないように思える。ルクスリアの目も今まで見たことのないぐらい冷たいものになってる。

 ……わかっている。ルクスリアが言いたいことを。でも、私はわかりたくない。理解したくないから思考が動かない。ただ思考だけが空回って真っ白になっていく。


「ねぇ、アーネ。貴方、本当にお姉さんに愛されてたの?」

「……どうして、そんな事を聞くんですか……!」

「お姉さんだけじゃない。誰が貴方を愛してくれたの? 皆、貴方を厄介者だと思ってたし、貴方もそう思ってたんじゃないの? 生きている理由も探せないぐらい、貴方は自分に価値を見いだせてないんじゃないの。誰が貴方をそんな風にしたの?」

「やめて……!」


 その事実を突きつけないで、今、その事実を突きつけられてしまったら私は何も否定出来なくなってしまうから。

 ずっと、その事実に目を背けていたことを直視してしまうから。



「――貴方、生まれてから自分が幸せだと思ったことが一度でもあったの?」



 頭が軋むように痛んだ。瞬間、脳裏に今までの過去が次々と浮かんでいく。


 ――出来損ないのデミ・エルフ。

 ――優秀な姉と、出涸らしの妹。

 ――『黄金の鷹』に相応しくない足手纏い。

 ――置いていかれたくなくて、追いつくのに必死すぎて。

 ――でも何も結果を出せなかった、半端な無能者。

 ――それでも愛されていた。だって、たった二人の姉妹なんだから。



 ――じゃあ、妹じゃなかったら、それ以外に私に価値があったんだろうか?



 ――ない。何も、私には。

 ――私になんて、何も、価値なんて。

 ――誇れるものなんて何も、ない。

 ――それって……幸せだったの?



 自分自身に問う声が聞こえてくる。でも、私にはその声を受け止めきれなくて。

 ぶつり、と。意識が千切れるように目の前が真っ暗になっていった。

 私が信じていた、大事にしようとしていたものは……幸せなんて名前がつけられるものだったのかな? 

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