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先祖返りエルフは悪魔の誘惑を振り切れない  作者: 鴉ぴえろ
第三章:魅惑のオーバードーズ
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第一話:誘惑

 私の人生は一変した。今まで所属していた冒険者パーティーの『黄金の鷹』を抜けて、その後で『黄金の鷹』に恨みを持つ人たちに命を狙われた。

 その果てに死にかけた私は逃げ込んだ遺跡の奥で〝悪魔〟と呼ばれるルクスリアと邂逅した。そして彼女と契約をし、生き存えた。

 名前をアネモネからアーネと改め、新しい人生を歩もうとしてから早二ヶ月の時が流れていた。


『アーネ、ねぇ、アーネってば』

「……何ですか、ルクスリア」

『暇ー』


 ぷかぷかと浮きながら私の頭に手を乗せ、更には顎まで乗せてくるルクスリアに私は思わずイラッとする。

 実際に重みがかけられている訳ではないのだけど、ここ最近のルクスリアは口を開けば暇としか口にしない。小さな不満が積み重なって私の苛立ちを掻き立てる。


「……仕方ないでしょう。ここには楽しいものなんてないんですから」

『見渡す限り、森、森、森! ねぇ、いつまで山籠もりなんて続けてるのよ? そろそろ人の街とか行かないの?』

「行きません」

『なんでー?』

「なんで? じゃないでしょう……」


 私は溜息を吐きながら頭を乗せてくるルクスリアを振り払う。私の手から逃げるようにルクスリアが宙に浮いて、私の正面へと移動する。

 ルクスリアが言う通り、ここは森の中。加えて言うなら深い山の中だ。この二ヶ月、私は人目を避けるように森から山へと渡り歩くようにして移動を続けていた。


 全ては袂を別った『黄金の鷹』に万が一にも捜索されないように。今となっては大事だった姉や仲間たちに対しての感情は複雑だ。

 彼等のせいで私は命を狙われたと言っても良い状況に追い込まれて、実際に死にかけた。実力が足りないからと追い出され、追い出された先で恨みから殺されそうになった。


 こんな経験をすれば嫌でも人目も避けたくなる。このまま彼等に目の届かない場所まで向かって、そこで人生をやり直したい。

 ……とは言っても、死にたくないとは思えても積極的に生きたいと思えないのが現状なのだけど。


 とにかく今は過去となったしがらみから逃れるのに必死だった。だから自然と人の目が入る場所は避けたし、この前の教訓から困っている人と万が一出会ってしまうと自分のお人好しの気が疼いてしまうかもしれない。

 だから人に関わらない方が良い。かれこれ、この二ヶ月の間にルクスリア以外に会話したことなどなかった。そういう意味では私も彼女に救われているとは思うんだけど……。


『暇、暇なのよー! 見ても森、森、森! つまらない!』


 神によって封印され、今まで現世を拝む機会が限られていたというルクスリア。当然と言えば当然なのだけど、遂に彼女が不満を爆発させた。

 この二ヶ月、移動と食事と休息を繰り返していただけ。会話こそあったものの、何も面白そうなことなど起きていない。だからルクスリアが不満を爆発させるのも、まぁ仕方ない。


「自給自足は出来ているのですから、別に問題ありません」

『いや、嘘でしょう? 絶対に身体に悪いわよ、アーネ。木の実とか野草とかキノコとか、たまに取れる肉と魚! しかも、味付けは最低限の塩!』

「……今は何を食べても美味しくないんです。だから食べられればそれで良いんです」


 正直、〝初めて〟人を自分の手で殺めてからというもの食が細くなったのを自覚していた。それでも食べなきゃ飢え死にしてしまうし、力が出ない。だから詰め込むように食べるのが精一杯だった。

 そこに味を感じる余裕なんてない。だから今は何を食べても口の中の味覚がおかしくなっているとしか思えず、積極的に良いものを食べようとは思えなかった。それも人里に寄りつかなくなった理由だ。


「――暗い!」

「は?」


 突然、実体化してまでルクスリアが私の鼻先に指を突きつけながら言った。


「人生をやり直そうって言うのに、いつまでそのジメジメしたキノコみたいな心構えでいるのかしらね、アーネったら!」

「……ごめんなさい?」

「謝れって言ってるんじゃないわよ! もっと、折角自由になったんだからぱーっと自由にしたらいいのよ! ほら、私の力で金持ちを魅了して金を巻き上げるとか!」

「突然、何を馬鹿なことを言ってるんですか。そんな目立つこと、やりませんよ」


 私は思わず眉を寄せて言い放ってしまった。確かにルクスリアの力を使えばそんな事も出来るかもしれないけれど、そんなのやってはいけない事だ。


「むむ……私の力に惑わされないのは良いんだけど、そこまで頑なに拒絶されるのもお姉さん、悲しい」

「……私には貴方の力を適切に使う自信がありませんから」

「それ、そこよ。使おうとしない力を制御なんて出来る訳もないでしょう?」


 今度は頬を突かれた。何度も頬を突いてくるルクスリアの指が鬱陶しくて眉が寄る。

 追い払うようにルクスリアの手を払うと、ルクルスリアが私との距離を近づけて私の顔を覗き込むように見てくる。


「まぁ、私の力は人に向けると怖いってのはわかるわよ。だからね? アーネ。私と特訓しましょう?」

「……特訓?」

「私の力の使い方は、何も人を惑わせるだけじゃないのよ。その力はきっと、今の貴方を変えてくれるわ」


 ルクスリアの表情は真剣そのものだった。彼女の手が私の両頬を包み込むように触れる。


「これでも心配しているの。貴方はただ死んでないだけ、まだ生きる理由は十分じゃないわ。それは自分への嫌悪もあるし、周囲への拒絶もあって貴方の傷が癒えきってないから。それは仕方ないこと、だから今まで黙ってたわ」

「……ルクスリア」

「でもね、折角なら生きることを楽しみたいでしょう? だから、ちょっと私と私の力のコントロールを学ぶために特訓しましょう、ね?」


 ルクスリアは私を本当に心配してるから言ってくれてるんだと思う。その心配に心が僅かにさざめきを立てたように揺れるのがわかる。

 それは染みこむように私に伝わってくる。思っていたよりも力が入っていた身体から力を抜いて、私はルクスリアと向き直る。


「……それは構いませんが、〝魅了〟の力を他人に使うこと以外に使えるんですか?」

「使えるわよ? ただ、今の貴方には早いかなって思って教えなかっただけ。もうこうなったらいっそ荒療治の方が良いのかも、って思ったの」

「すいません。今、もの凄く不安になったのですが」

「大丈夫、大丈夫! 死んだらそこまででしょう!」

「命の危険があるんですか!?」


 やっぱり彼女は悪魔なのでは? 私はジト目でルクスリアを睨んでしまう。


「あると言えばあるというか、ないと言えばないというか……」

「どっちなんですか……?」

「そうねぇ。使い方によっては楽に人を殺せる方法でもあるのよ。でも、力は使いようって話」


 妖艶に微笑むルクスリアに私の背筋に悪寒が走る。それは彼女が嘘一つなく言っていることがわかってしまった。


「物は試しよ、やってみましょう? アーネ」


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