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先祖返りエルフは悪魔の誘惑を振り切れない  作者: 鴉ぴえろ
第二章:誘惑者のランナウェイ
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幕間:その頃の『鷹』たちは 後編

「待ってくれ! カトレア!」


 冒険者ギルドを飛び出したガレットは、先を歩くカトレアに呼びかける。しかし、カトレアは足を止めず、心なしか早足に進んで行く。

 それでも追いつく為に、ガレットも駆け足でカトレアを追いかけ、道を塞ぐように前に立つ。

 ガレットが見たカトレアの表情は、今まで見たことがない程に不機嫌な表情だった。怯みそうになったガレットだったが、カトレアと今のままいるのは駄目だと思い、腹に力を込めた。


「カトレア、お前と話がしたい」

「夜にしてくれる? ダグさんも、ミルーニも揃ってる方が良いでしょう?」

「俺とお前の間でしなきゃいけない話がある」

「私にはないよ、そんなの」


 カトレアはガレットを拒絶するように視線を逸らし、その横をすり抜けていこうとする。ガレットは咄嗟にカトレアの手を掴んでしまう。

 ガレットに手を掴まれたカトレアは勢い良く振り払い、苛立ったように地を踏んだ。


「今さら、何!?」

「……」

「私が怒るの、わかってたでしょ!? でも、私は反論出来なかった。リーダーとして貴方の判断は正しいと皆が支持して、私は覆せなかった。なら、そこで終わっていた話でしょう!? 皆で決めて、あの子をパーティーから外して、それで正解だったんでしょ!? なのに今さら、何を話し合おうって言うの?」

「それは……」


 ガレットは言葉に詰まったように息を止めてしまう。今までない程に目を吊り上げたカトレアを前に、肩が下がってしまいそうになる。

 肩で息をして、呼吸を整えながらカトレアが前髪を掻き上げる。そして、一際大きな息を吐いてから肩の力を抜いた。


「……ごめん。言い過ぎたわ」

「いや……俺は、お前とそういう話をするべきだと思ったんだ。お前に隠してほしくないんだ」


 カトレアの落ち着いた筈の呼吸が、また激情に震えたのを感じた。すると、周囲の視線が自分たちに集まっていることに気付いたガレットが再度、カトレアの手を掴む。

 カトレアは怒鳴り声を上げそうな形相を浮かべるも、ガレットが手を引いた理由を察して、唇を噛んで黙った。そうしてガレットに手を引かれるまま、カトレアは歩いて行く。

 そして人目の少ない一角に辿り着き、そこでガレットはようやく一息を吐くことが出来た。そして自分がカトレアの手を引いていることに気付いて、その手を離す。


「……すまない」

「……」


 離された手を所在なさげにカトレアは揺らした後、ギュッと拳にして握り込む。

 必死に激情を堪えているようなカトレアの姿を見れば、ガレットは自分の心が押しつぶされるような気持ちになってしまう。

 これでは駄目だ、と思う。だからこそ話をしなければならないのに、言葉が出て来ない。


「……ガレットはさ」


 言葉が出て来ないガレットに代わって、カトレアが静かに口を開いた。


「今のガレット、私は嫌いだよ。自分のことばっかり棚に上げて、私に隠し事してほしくないとか、話し合おうなんて、どうして今なの? どうしていなくなってからそういう事を言うの?」

「俺は、自分のことを棚に上げてなんて……」

「してるよ。だって、ガレットは私に隠してたでしょ。皆で話し合う前にアネモネにだけ出て行けって言って、私に何一つ相談しなかった」

「それは……」

「私は所詮、冒険者パーティーの『黄金の鷹』の魔法師ってだけなんでしょ? ガレットが必要なのは、私の魔法師の腕だけでしょう!?」

「そうじゃないッ!」


 カトレアの言葉にガレットはついカッとなって言葉を荒らげてしまった。

 それでもカトレアの冷めたような目で見つめられれば、喉が引き攣ったように言葉が出て来なくなる。


「……そうじゃない、じゃないんだよ。ガレットは蔑ろにしたんだよ、魔法師としての、仲間としての私じゃない。アネモネの姉で、家族である私を蔑ろにしたんだよ。それが私にとって一番大事なものだって、ガレットはわからなかったかな?」

「……それは、わかってる」

「わかってるなら、なんで私に相談してくれなかったの? アネモネがもう決めちゃってたから、私は何も言えなかった。あの子はもう、ただ諦めて、私に迷惑にならないようにって決めちゃってた。……あぁなったら、私じゃもう何も説得出来ない。私は説得する機会も与えられなかった。それをガレットのせいにするのは卑怯かな? 私も先に相談してくれれば、私から話を出来たって思うのは、そんなに間違いかな?」


 叩き付けるようなカトレアの言葉にガレットは唇を噛んでしまう。そんなガレットに目を細めて、カトレアは肩を怒らせる。


「……どうして、私を頼って、信じてくれなかったの?」

「…………」

「私だって、わかってたよ。アネモネが足手纏いになってるって。それとも私から言い出さなきゃいけなかった? でも、急に生き方を変えろなんて言われて、はい、そうですか、なんて言える訳ないでしょ」

「……だが、仕事の紹介は、して」

「それが本当にアネモネのやりたかった事なの? それでアネモネは本当に幸せになる? 家族を幸せにしたいって思って悪いの? 私がもっと頑張るから、って、それすらも言っちゃいけなかったの? 貴方が全部、言う機会を奪ったんじゃないッ!」


 カトレアがガレットの襟を掴んで、顔を近づけながら怒鳴る。その目にはうっすらと涙が溜まっていることに気付いて、ガレットは息を呑む。


「……貴方が大事にしてるのは『黄金の鷹』だけなんでしょ?」


 悲しそうに、失望したように言われて、ガレットは愕然としてしまった。

 そのまま呆けてしまいそうになるが、それでもここで呆けていては、本当に全て失うとガレットは抜けてしまいそうな力を振り絞る。


「……違う。俺は、俺なりに考えて、そうした」

「……わかってるよ。でも、それって本当に?」

「本当だ」

「嘘」

「嘘じゃない」

「じゃあ、気付いてないんだ。私に隠し事はしないでって言うのに、自分は隠し事をするんだ?」

「……確かに、お前に相談しなかったのは悪いと思っている」

「なんで私に相談しなかったの?」


 カトレアに理由を問われて、ガレットは理由を言おうとして、しかし言葉が出なかった。

 どうして自分はカトレアに先に相談を持ちかけなかったのか? と。カトレアが反対するから? しかし、それは当然だ。カトレアがアネモネを大事にしていることはわかっていたことだ。

 自分に説得が出来なかったから? いや、自分だけで説得する必要はなかった。ダグリアスだって、ミルーニだっていた。そしてアネモネ自身も自分の無力さをわかっていた。だから皆で話し合えば、自ずと今のようになっていたんじゃないかと思う。

 アネモネに関わることなのだから、どうしてもカトレアを通さないということは不可能だ。そしてカトレアを遠ざけるのは酷く不義理だ。考えれば、そう思うのは自然なのに、何故自分はカトレアに相談しなかったのか、ガレットは理由を見失ってしまっていた。


「……ねぇ、ガレット」


 答えられないガレットに、カトレアは酷く悲しそうな目を向けて、静かに告げた。



「――自分の思い通りに出来て、これで満足?」



 自分の思い通りになったんだろうか? ガレットは己に問いかける。

 アネモネはパーティーから外れて、カトレアの負担は減る筈だった。『黄金の鷹』としてもっと上を目指せる筈だった。

 けれど、アネモネが抜けた後のことも考えていた。冒険者よりも活躍出来る道はある。心配していたのは、なにもカトレアだけじゃない。自分だってそう思っていた筈だ。

 だから厳しくすることがリーダーとしての責任だと考えていたし、カトレアの不満も受け止めるつもりでいた。

 けれど、カトレアは自分の不満を決してガレットにぶつけようとしなかった。……いいや、もしかしたらその機会を待っている気になって、語り合う場を今日まで用意しなかったのは自分だ。

 それを、満足かと問われた。何が満足だと言うのだろうか? 自分が何を満足していると思われているのか、ガレットは考えた。けれど、それでもわからない。


「……カトレア、俺は、君も、アネモネも傷つけたくなかった。それは本当だ。リーダーとしても、一人の男としても、案じていたのは本当なんだ。嘘じゃない」

「……」

「……だから、結果的に傷つけてしまったのは、俺の不手際だ。俺はそれを謝罪したい。カトレアだけじゃなくて、勿論アネモネにも」

「どうしてそんな事になったか、ちゃんと理由を考えたことはある?」

「……わからない」

「それじゃあ何を謝られてるのかわからない。謝られても、なんで傷つけられたのかわからなかったら、意味がわからない。何がそんなに不満だったのか、貴方は気付いてないの?」


 カトレアの突きつけるような言葉に、ガレットは力なく項垂れながら首を左右に振ってしまった。

 まるで道を見失ってしまったようだ。無明の交差点で、辿り着く場所すらもわからない。どうしていいかわからず、ただ立ち尽くすことしか出来ない。

 すると、深く重たい溜息を吐き出しながらカトレアが額を押さえて、俯きながら肩を落とした。


「……ガレットだけを責めるのはフェアじゃない。多分、私も悪かったんだ。認めたくなかったけど」

「……カトレア?」

「……あのね、ガレット。貴方、アネモネに嫉妬してたんでしょ?」

「…………」


 嫉妬。誰かを妬ましく思うこと。

 自分が嫉妬していた。誰に? アネモネに? 俺が、アネモネに嫉妬していた?

 何度も一つずつ確かめるように、ガレットは己の思考に埋没していく。


「…………あぁ」


 思わず足の力が抜けて、そのまま跪いてしまいそうになってしまった。それだけガレットは己に愕然としてしまった。

 アネモネにパーティーを抜けて欲しかったのは、心配していたから? そうだ、心配していたとも。

 自分が好ましく思う女性の妹で、頑張り屋な子だ。嫌いになれる方が難しいと思えるほど、アネモネは良い子だった。


 ――だからこそ、カトレアが一途に愛して守ろうとするアネモネが妬ましかった。つまりは、そういう事なのだろうと。


 隠し事をしていたつもりはない。だが、自分でも目を逸らして、リーダーとしての責任などを隠れ蓑にしていたことを自覚してしまった。

 ガレットはカトレアを愛している。カトレアが愛しているアネモネだって好ましく思っていた。これは嘘ではない。

 けれど、だからといってカトレアがアネモネばかり気にかけるのは……面白くもないし、カトレアに恋する身では複雑な思いが溜まるというもの。

 なんという浅ましい感情なんだろう。決して正しいとは思えない感情が自分の中にあったことに気付いて、ガレットは自分を殴りつけたい衝動に襲われた。

 アネモネを心配していたのは事実だが、同じぐらいの気持ちでアネモネに嫉妬していた。だから正当性な理由を突きつけて、自分の不満を解消しようとした。そう見られてもおかしくない、いや、むしろそう取られる方が自然だ。

 だから、カトレアは怒っていたのだ。そう思えば全てが自然と納得する形に収まる。そして、本当に自分が何をしなければならないのかを。


「……すまなかった、カトレア。俺が、あまりにも浅ましかった」

「……」

「俺は……カトレアが好きだ。愛している。けれど、お前がアネモネを大事にしているから、俺の気持ちを受け取って貰えないと思っていた。アネモネがいるままだと、このままなのだと。それは色々な意味で、俺を知らずに追い詰めていた。自分でも目を逸らしたくなる程に。だから、俺は本当に不義理を働いてしまった。今、心底申し訳なく思っている。本当に……すまなかった」


 自分の浅ましい気持ちを覆い隠して、正当性のある理由を盾に、アネモネを押しのけたのだ。自覚がなかった、なんて言い訳にもならないだろう。自覚がなかったからと言って、そんなことが許されるかと言われれば許せないだろう。

 アネモネを追い出したのは、心配だったからだけではない。アネモネに対して嫉妬していて、疎ましく思っていたからなのだと。それは……許されざる不義理だ。

 だからガレットは深々とカトレアに頭を下げた。気が済むなら魔法でも叩き込んで欲しい程だった。この瞬間、羞恥心と後悔、罪悪感といった様々な感情が入り交じり、壊滅的なまでにガレットの心を打ちのめしていた。


「…………はぁぁぁ」


 しかし、決死の覚悟とも言える謝罪をするガレットに対してカトレアは頭が痛いと言わんばかりに押さえながら溜息を吐いた。


「……ガレットがやったこと、納得は出来ない。でも、私には責められない。私こそ、ごめん」

「……カトレア?」

「私も、わかってた。余裕がなかったんだ。だから、逃げてたんだ。楽な方に。今のままがいいって、何も変えたくないって。……私たちが変わってしまって、ガレットかアネモネのどちらかを選ばなきゃいけなくなったら、そんなの私には耐えられなかった」


 カトレアはガレットの肩に手を置いて、顔を上げさせるように持ち上げようとする。

 その力に逆らわず、ガレットは身を起こした。そしてカトレアの顔を見てギョッとすることになる。

 カトレアの瞳には涙が溜まっていて、泣き笑いのような表情を浮かべていたからだ。


「……でも、だからってガレットにばっかり我慢してって言うのも違う。アネモネももしかしたら、わかってたのかもしれない。私が一番、前に進めてなかったんだ。ガレットにそんな決断をさせてしまったの、アネモネに無理をさせてしまったのも私が弱かったからだ」

「いや、そんな事は……!」

「そうじゃないかもしれない。でも、私はそうだと思ってしまった。……だから、私こそごめんね。ガレット。私はただ八つ当たりをしていただけだ」


 ガレットはアネモネばかり心配するカトレアに、嫉妬を募らせてしまった。

 アネモネはカトレアに置いていかれたくないから、無茶を重ねてしまった。

 カトレアは大事だと思える二人を、どちらかを選ばなければならなくなるのを恐れた。

 そうして結ばれてしまった歪な関係は、それぞれが負担を重ねることになって、そして決壊してしまった。つまりは、そういう事なのだ。


「……私、最低だね」

「……いや。俺も、自分に対して失望している」

「……ごめん。ガレット、貴方の気持ちは嬉しいけど、アネモネにちゃんとケジメをつけてからじゃないと私、多分先に進めないから。それまで……その、待って貰ってていいかな?」

「あぁ。俺こそ、アネモネに頭を下げてからじゃないと、とてもじゃないが胸を張れない」

「……そっか」


 安堵したようにカトレアは息を吐いた。どんな表情を取り繕えばいいのか、迷ってるような顔を浮かべて。

 そんなカトレアを見て、ガレットは自然と手が動いていた。カトレアの涙を拭うように指先を伸ばす。

 カトレアは少しだけ身を竦ませたけれども、困ったように笑ってみせるのだった。


「……ごめんね、ガレット。それから、ありがとう」

「あぁ、俺こそすまなかった。……許しを請うのは、ケジメがついてからにする」


 そうして二人は、互いにぎこちなく笑い合った。

 変わってしまった変化に戸惑いながら、それでも変わらないままではいられないから。

 そして、謝らなければならない人がいる。まずは、それからだと。それぞれ自分に言い聞かせるようにして。

  

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