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一緒に地獄に堕ちるか。  作者: 雨宮ツムグ


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ずっと囚われたまま

それから僕は、前の席の人たちと過ごすことが増えた。

というより、主になった。

久保井君とは移動教室のあの時以降、話そうとすることを諦めてしまった。

僕の心が、折れてしまっていたから。

久保井君を見る度に、全部僕だけだったのだと突き付けられて、その痛みに耐え続ける力が僕には無かった。

前の席の人は、名前が山口君なのだと知った。

思えば僕は、入学した時から、久保井君一色だったのだなと思う。

こうして知ろうとしないと、僕は山口君の名前すら知らなかったのだから。

山口君は、仲のいい人たちに、『みね』と呼ばれていて。

どこから来た『みね』なのかなと思っていたら、下の名前が『峰和(みねかず)』だからなのだと知った。

それから僕も、峰君と呼んでいる。

僕は秋村だから、あっきーだな!と言われて以来、皆にあっきーと呼ばれていて、不思議な感覚だった。

あだ名で呼ばれると、仲良くなれたような気がする。

随分と前から、仲が良かったような気さえした。

峰君のグループは五人だったから、僕が入ると丁度よかったみたいで、体育の授業だって、僕は峰君のグループの中に居た。

『僕たち』は僕と久保井君の二人だけで、『前の席の人たち』とは別物だったのに、やがて『僕たち』は僕と、峰君たち五人を合わせた、六人グループになって。

それがだんだんと、普通になっていった。

峰君は授業中も休み時間も関係なく、話したいと思った時に振り返ってくるから、僕たちは結構教室で目立っていた。

峰君は明るくて、元気で、先生も叱ることができない程、憎めないとてもいい人だった。


お昼休みは変わらず峰君たちと食べていた。

けれど、場所は、食堂に行くことが多くなった。

六人で固まって食べるとなると、教室の席を動かして集まるよりも、食堂の元から繋がっているテーブルで食べる方が、都合が良かったのだ。

食堂はいつも良い香りがして幸せな気持ちになる。

それに、心は折れてしまったのに、ずっとずっと心のどこかで気にしてしまう久保井君の姿が見えなくなる食堂は、僕の心を揺らがせなくて、落ち着く。

僕は久保井君と話そうとすることを諦めたけれど、久保井君が好きって気持ちは、ずっと手放せないままでいたから。

僕は久保井君の流し目が好きで、時々聞かせてくれる声が好きで、あの広い背中が好きで、僕をおんぶしてくれた時、僕が走って体当たりした時、ちゃんと受け止めてくれた頼もしさが好きで、転けて落ち込む僕を撫でてくれた優しさが好きで、口よりも目の方が雄弁なところが面白くて好きで、僕への気持ちが無いのに、僕の触りたい、触ってほしいって願いを叶えてくれる酷さが好きで。

白くてしなやかなあの肌が僕の脳裏に焼き付いて離れないし、僕にキスしてくれる時、マスクを下ろすあの動きが忘れられないし、沢山触れた唇の感触がいつまでも消えなくて、最後に触れた、久保井君の背中の熱に、僕はずっと、溶かされ続けていた。

僕がおじいちゃんになってもこのままだったらどうしよう。

高一の春に、ずっと囚われたままだったらどうしよう。


移動教室に着いてから、筆箱を忘れたことに気付いて、峰君たちに伝えてから移動教室を飛び出した。

チャイムが鳴るまでまだ時間はあるけれど、教室までまあまあな距離があるから急ぎたかった。

皆ほとんど移動を終えていたから、誰も居ない階段を駆け上がって、長い廊下も走ろうとした時、遠い向こう側で手摺に凭れて、苦しそうにしている久保井君の姿を見つけて、驚いて足がもつれて転けそうになった。

そのドタバタとした音で久保井君がこちらを向いて、けれど目が合う前に、久保井君が体勢を立て直す。

「大丈夫……!?」

慌てて駆け寄って支えようとした手は、久保井君に掴まれて、下ろされてしまった。

けれどそのことより、僕は久保井君の手の冷たさに驚く。

僕の知る久保井君は、ちゃんと熱を持っていた。

プリントを受け渡す時、僕と触れ合う手が温かかったことを覚えている。

キスをする時、僕の首に添えられる手が、熱かったことをよく覚えている。

それなのに、今の久保井君の手は、氷でも握っていたのかと思う程、冷たくて。

気温はまだまだ暑くて、僕たちはまだ夏服で、それなのに真冬みたいな冷たさをしていたから、心配になる。

僕は久保井君の考えていることが知りたくて、その眼鏡の奥の目を見たけれど、その目は既に前を向いていて、僕を置いて、歩いて行ってしまう。

掴んで離された手が触れたのは一瞬だったのに、ずっと握られているみたいに、手首に久保井君の手の感触が残っていた。


それから僕は心配で、久保井君のことをたまに見るようになった。

知らないうちに倒れていたらどうしよう。

そんな思いが過ぎる程、久保井君はどこか危うい雰囲気だった。

押せば倒れてしまいそうな、吹けば散ってしまいそうな、そんな危うさ。

冬服への移行期間が始まった時、一番に衣替えをしたのは久保井君だった。

冬服になる前から、時々寒そうに腕を組んでいたから、着込むことができてよかった、と少しだけ安心する。

けれど、久保井君は冬服になってからも寒そうにしていて、立っているのがやっとみたいな顔色をしていて、体育の授業は参加しないことが増えて、それから久保井君は、学校を、休みがちになった。


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