グリーンピース
あの後僕は、ああ、とか、うん、みたいなことを言って、教科書を纏めて、教室に戻った。
久保井君は後から付いてきていて、お昼も変わらず、一緒に食べた。
久保井君は僕をじっと見ていたけれど、僕はその目を見ずに、適当なことばかりを話していた。
最近グリーンピースを息を止めながらなら食べられるようになったんだ、久保井君は食べられる?僕、焼売は全部グリーンピースを取ってから食べる派だったんだけど、凄く手間でさ、頑張ったんだ、でもグリーンピースを食べられるのは息を止めてる時だけだから、グリーンピースを食べる為に息を止めると、焼売の味もしなくなっちゃうんだ、それならやっぱりグリーンピースは取っちゃう方がいいのかな、結局手間なままだね。ところで僕は右利きだけれど、左利きの久保井君と腕相撲するってなったら、どっちの手でやるんだろうね、両方一回ずつやるのかな、でもどっちしても負けちゃいそうだね。久保井君は筋トレとかする?僕は全然、でも腕立てとか腹筋とか、沢山できたらかっこいいよね、僕も明日から筋トレやろうかな。
そうやって、息付く間もない程、ずっと僕だけが話す。
久保井君の返事の有無は、最早全然気にしていなかった。
ごめんね久保井君。
明日はちゃんと久保井君の意見も聞いて、久保井君攻略本を埋めていくからさ。
今は僕の思考が、悲しいってことを考えないように、沢山話をさせてほしい。
好きな人からのキスは嬉しいのに、そこに気持ちは無いってことが、とても悲しいことだったから。
僕と久保井君は、それからも友達だった。
あの日僕が言ったことなんて無かったみたいに、最初からそうだったみたいに、友達だった。
多分、友達ではあるのだと思う。
だって僕たちはずっと一緒に居る。
教室でも前後で、移動教室では左右で、お昼の時も、体育でペアを作る時も、僕たちはずっと一緒だった。
だから、友達なんだと思う。
でも、週に二回だけ、僕たちは友達じゃないかもしれない時がある。
移動教室で授業が終わった後、最後まで残って、
「ん、」
二人で、ちょっとだけキスをするから。
僕は久保井君の気持ちが無いキスが悲しかったのに、キスされることを期待して、毎回教室に帰らず最後まで残る。
別に期待してない、みたいな顔をしながら、一番期待をしていて、悪い人間だった。
久保井君はいつも何も言わない。
僕の傍に来て、マスクを下げて、静かに僕にキスを降らせる。
久保井君はいつも目を閉じない。
だから時々、キスが止んだ時に言う。
「目、閉じて」
そしたら、その時だけ目を閉じてくれるから、その瞬間だけ、僕からキスをする。
僕からのキスはいつも触れるだけ。
何回キスしても、これが精一杯だった。
ねえ、久保井君。
僕たちは、まだ友達かな。
久保井君は、僕が触りたい、触ってほしいって言ったからか、時々、触ることも許してくれるようになった。
例えば、プリントを渡す時。
前は僕に渡さずに、僕の机の上に直接置いてきていたのに、今は僕が伸ばす掌に、手の甲を乗せて渡してくれる。
あとは移動教室の時、階段の所で、ちょっとだけいつもの流し目をしながら、肘を寄せてくれて。
もしかして?と思って肘の内側に手を乗せると、そのまま緩やかに階段を下っていくから驚いた。
まるでエスコートみたいだし、それから毎回やってくれるから、その度に驚いている。
そしてもっと驚いたのは、キスの時、僕の手を取って、久保井君の首に導かれたこと。
え、と思っていたらキスが降ってきて、久保井君の首の筋肉の動きとか、顎の動きが直接掌に伝わってきて凄くドキドキした。
こんなことしていいのかなって、多分、キス以上に変な胸騒ぎがした。
だって首は急所だから。
僕が突然力を込めるかもしれないのに、そんな心配一つもせず、信じて手を導いてくれて、ドキドキした。
首の太い血管を親指で撫でると、少しだけ久保井君が反応していて、ドキドキした。
僕は、やっぱりおかしくなってしまったんだと思う。
大事なのに時々、壊したくなるから怖かった。
梅雨に入って、晴れの日を見なくなって、それでも僕たちは変わらなかった。
僕たちは友達で、時々手が触れて、それから週に二回、友達じゃなくなる。
久保井君攻略本は、毎日じゃなくて週三くらいのペースで読み進める感じだった。
最近知ったのは、好きなアイスはソーダ味で、炭酸はあまり好きじゃなくて、飴よりグミ派だってこと。
それから、いつも向かい合っているから全然気付いていなかったけれど、お箸を持つのは右手だった。
器用だねって言うと、そうかなって目で自分の手を見ていて、なんだか可愛かった。
僕は正直、左手で文字を書く久保井君をセクシーだなと思っている。
少しだけ不自由そうで、そこに色気を感じていた。
梅雨が明けて、夏になって、蝉が鳴き始めても、僕たちは変わらなかった。
でもプールの授業だけは少し苦痛だった。
久保井君の肌を、他の人に見せて欲しくなかったから。
久保井君は白くて、しなやかな肌をしていた。
日に焼けると赤くなって、痛そうで、その肌をなぞりたくなった。
きっと痛そうにするであろう久保井君を、僕はどんな顔で見るのだろう。
僕はその日、久保井君の肌に触れる夢を見て泣きそうになった。
僕はずっと、ずっとおかしくなっていた。




