共犯者
僕たちは、共犯者になった。
僕は幸一君のお父さんの良いところを、幸一君から沢山聞いて、沢山沢山、僕のお母さんに伝える。
幸一君には僕のお母さんの良いところを沢山伝えて、幸一君のお父さんに伝えてもらうようになった。
それから、僕たちはお互いのことも沢山伝える。
「今日も幸一君と学校で話してね、ご飯の感想を沢山聞かせてもらったんだ!幸一君のお父さんも、お母さんのご飯を食べる為に早く帰ってきてくれる日がまた増えたんだって。嬉しいよね、僕凄く嬉しい」
そんな僕を、お母さんはいつも微笑んで見守ってくれている。
ここに嘘は一つも無い。
ただ、『敢えて言う』という選択を、『わざと』していた。
罪悪感でいっぱいだった僕の心は、今は幸一君の言葉が支えてくれているから、何も怖くない。
一人になると考えるのは、専ら、今週末のことだった。
しよう、と約束した日は、もうすぐそこまで迫っている。
「それでね、今週末、僕、幸一君のお家に泊まりに行っても良い?」
「泊まり?」
「うん。幸一君のお父さんが出張らしくて。僕……幸一君と一緒に居てあげたい」
「まあ……」
居てあげたい、なんて上から目線だけれど。
お母さんは、幸一君を支えようとする僕に、共感して、協力をしてくれる節が強かった。
そう思ったのは、お弁当のこと。
幸一君と、幸一君のお父さんと会ったあの日以来、僕のお弁当の量がまた、増えたのだ。
僕は今回は何も言ってない。
多分、お母さんが、事情を察してくれたのだと思う。
お弁当の量がまた増えた日の夜、僕がお弁当ありがとう、って言うと、お母さんは、「いーのよ、お母さんは涼太が優しい子に育ってくれて嬉しい」と、言ってくれた。
お母さんはきっと、幸一君のことも良い子だと思ってくれている。
僕と仲良くしてくれて、僕が懐いている、良い子だと。
「幸一君のお父さんからは了承を得てるの?」
「うん、良いって言ってくれたみたい。僕ももちろん悪さはしないよ」
「そう、涼太が悪いことをする心配はしてないわよ。許可は必要だと思っただけだからね。それなら楽しんでいらっしゃい」
「うん……!ありがとう、お母さん」
第一関門は、突破できた。
といっても関門は、お母さんの許可が得られるかどうか、くらいだけだったけれど。
あとは僕自身が、上手くできるかという、心配だけ。
けれどそれも、きっと大丈夫だと思う。
大好きな幸一君と一緒なら、きっと大丈夫。
「出張用に、お弁当って要るかしらね?」
「へ?」
「幸一君のお父さん。涼太たちのお弁当も作る?」
「え、良いの?凄く嬉しい!」
「良いわよ、あとは手土産も持って行きなさいね」
「うん!分かった」
僕はドキドキしていた。
お母さんの反応に、変化を感じたから。
僕たちがしていることへの、手応えを少し、感じたのだ。
何とも思っていない相手に、出張用のお弁当なんて、用意はしないと思ったから。
金曜日の放課後、僕は幸一君と一緒に帰らず、真っ直ぐ僕のお家へと帰る。
それから早めにお風呂を済ませて、お泊まりの荷物を確認した。
今日はこれから帰ってくるお母さんと晩御飯を食べた後、お弁当を持った僕はお母さんの運転で、幸一君のお家に行くことになっている。
お泊まりは本当は明日からの予定だったけれど、幸一君のお父さんが明日の朝早くから出発するとのことだったから、一日前倒しで、あとは寝るだけの状態になった僕がお邪魔することでサプライズのお弁当を間に合わせるという計画だった。
お母さんがお弁当を作ってくれることは、幸一君には話したけれど、幸一君のお父さんは知らないままだった。
せっかくならサプライズにしたいと言ったのは僕で、幸一君も、僕のお母さんも、快く了承してくれた。
本当は早く幸一君の所へ行きたいけれど、僕はお母さんと一緒に食べるご飯の時間も大切にしたくて。
それから、幸一君が幸一君のお父さんとご飯を食べる時間も、邪魔せず大切にしたかった。
だから全員が全てを済ませた頃に動き始めるというこの計画は、なかなか良かったと思う。
僕のお母さんには運転をするという負担が掛かってしまうけれど、お泊まりの服とか、おやつとか、お弁当とかを持った大荷物の僕が、真冬の夜道を歩くことを、僕のお母さんも、幸一君も、何故か幸一君のお父さんも、許可をしてくれなかった。
皆意地悪とかでなく、僕を心配してくれての発言だと分かるから、僕も反論はせず、有難く受け取ることにする。
僕は本当に恵まれていると思う。
だから本当に、皆には幸せになってほしいなと思う。
色々暴走はしたけれど、僕は今、幸せだった。
僕を心配してくれる家族が、もう既に二人も増えていて、温かい気持ちだったから。
「それじゃあね」
「うん、お母さん運転ありがとう」
「いいのよ、立つ鳥跡を濁さず、良い子でね」
「はあい」
幸一君のお家まで送ってくれたお母さんをに見送られて、僕はタイミング良く開いた幸一君のお家の玄関を見る。
今から出るね、と幸一君に連絡はしていたけれど、こんなにピッタリに出てきてくれるとは、と少し驚いた。
「凄い、よく分かったね」
「車の音した」
「そっか、玄関で待っててくれたの?冷えてない?」
「ん」
頷きながら手を伸ばしてくれる幸一君にお弁当を渡すと、他の荷物も全部引き取られる。
それに笑いながら振り返ると、僕のお母さんの車は、丁度発進していくところだった。
僕がちゃんと幸一君と合流できるまで見守っていてくれたのだなと思って、心がじんわり熱くなる。
同じく車を見送ってくれていた幸一君は、軽く頭を下げていて驚いた。
「そのうち俺が迎えに行く」
「……ううん、同じ家に帰るよ」
「そうだった」
小声のやり取りは、雪が降りそうな夜空に消えていく。
幸一君のお父さんはもう自室で休んでいるというから、僕たちはそっと静かに冷蔵庫へお弁当を入れて、幸一君のお部屋へと移動した。
夜の幸一君のお家は不思議な感じだった。
静かで、暗くて、それなのに温かくて、何より幸一君が傍に居て、心強い。
「……ね、お父さんのお部屋、ここから近い?」
「いや、真逆だよ」
「そっか、じゃあ」
キスくらいはしても、大丈夫なのかな、と幸一君の目を見る。
けれどぎゅっと抱き寄せられて、明日な、と耳に直接吹き込まれたから腰が砕けそうだった。
「なんで。あと、耳元はずるいよ」
「……キスだけで止まる?」
「む……」
ちょっと、難しいかも。
考えて、断念して、僕はカバンからパジャマを取り出す。
今日の為にしっかり自分で洗って干してきたパジャマは、もっふもふの冬仕様だった。
「はあ……」
「……」
片手で両目を覆って、大きな溜息を吐いた幸一君を見る。
これは多分、我慢の溜息。
僕はもう学んだぞ、と思いながら幸一君の肩を押して、くるりと背中を向けてもらう。
「着替えるから、見ちゃだめ」
「……」
大人しく従ってくれた幸一君に満足して頷いて、僕も背中を向けて着替える。
着てきた服も暖かいけれど、やっぱりもふもふの部屋着は包み込んでくれる感じがあって、締め付けもなくて心地良い。
ほっと息を吐くと、背後でどさっと倒れる音がして、慌てて振り返る。
「なっ、大丈夫?」
幸一君は体を真っ直ぐに、ベッドへと倒れ込んでいて。
何事かと思えば、何処かを指差すのでその先を見る。
するとそこには死角になっていて、見えていなかった姿見があって。
「丸見え」
「……ばかっ」
大声は、すんでのところで耐えた。
けれど一撃くらいは入れないと気が済まなくて、近寄ると、仰向けになった幸一君が腕を広げてくれる。
だから一撃を入れるつもりだったのに、その両腕の誘惑に勝てなくて、ベッドに膝を突いて倒れ込む。
ちゃんと受け止めてくれた幸一君は、僕の首筋に顔を埋めるからソワソワした。
「触り心地良い」
「そうでしょう」
「帰る時置いて行って」
「……やだ」
二人で小さく笑い合って、幸一君が電気を消す。
お布団を掛けられて、抱き締められると暖かくて、なんて幸せなんだろうと思う。
それから、夢みたいだと思う。
「明日、頑張って起きようね」
「ん」
「大好きだよ」
「……ん。俺も」
「……へへ」
本当はもっと沢山お話したかったのに、暖かさと暗さでどんどん眠くなっていく。
ドキドキして眠れないかも、なんて思っていた昨日の方が眠れなかった。
寝落ちる寸前に、きゅっと抱き付く腕に力を込めると、背中を優しく叩かれたのが、その日最後の記憶だった。




