ありがとう
幸一君に全部話すと、「なんてもん抱えてんだ」「抱え過ぎだ」「もっと早く話せ」って矢継ぎ早に言われた。
それから、「良いな」って言うから、駄目だよって泣く。
「駄目じゃない。俺の父さんはもう胃袋掴まれてる」
「……でも、人の心を操るみたいなこと」
「決めるのは本人たち。促すくらいは良いと思う。俺も涼太と家族になりたい」
「…………」
「泣くなよ」
もう散々泣いたのに、まだ出る涙は幸一君が雑に拭ってくれる。
その雑さが何故か嬉しくて、ちょっと笑って、息を吐く。
決めるのは本人たち。
それは確かにそうだ、と思う。
それから幸一君の、家族になりたい、って言葉が、僕の心に刺さる。
そう思ったのは僕だけじゃない、幸一君も思ってくれたってことが、深く突き刺さる。
「父さんは俺もおすすめできる。仕事人間だけど、酒もタバコもギャンブルもしない。暴言も暴力も振るわない。俺の母親が仕事から呼び戻せなかった父さんを、涼太のお母さんはもう連れ帰らせることができてるし、望みもある」
真面目な顔で教えてくれるから、本気なのだと伝わってきて、僕も頷く。
「おすすめ……うん、僕のお母さんも素敵な人だよ。料理が上手で、僕とちゃんと向き合ってくれる、愛情深い人。料理教室でおば様たちから息子を紹介されても、全部僕の為に断ってくれてた。だからもし幸一君のお父さんと合うなら、僕はお母さんに一人の人としても幸せになってほしい、とも……思ってる」
「ん」
僕は自分の目的の為に、僕のお母さんと幸一君のお父さんを利用しようとした。
その罪悪感でここのところは頭がいっぱいだったけれど、幸一君が前向きに受け取ってくれて、絡まった糸が解れていくみたいに、視界が開ける。
「幸一君、僕のこと、引かないの」
「……」
幸一君とお揃いの苗字が欲しいなんて願ったこと、お墓まで持って行く秘密、くらいの感情だったから、平気そうにしている幸一君に聞く。
幸一君は、なんで?って目をしているから、強い人だ、と思って俯く。
幸一君は、強い人だ。
最初からずっと真っ直ぐで、強い人。
自分の信じたことを、最後まで信じられる強い人。
「俺は涼太を想ったまま死にそうだった。そんな俺が、こんなにも想われてるなんて嬉しい。それに俺の父さんがダメな人間だったらマズイけど、本当に結婚しても、涼太のお母さんを幸せにできる人だと思う。だから大丈夫」
「……」
「俺も父さんを促していく。だから罪は半分ずつ。行き着く先が地獄でも、俺は涼太と居たい」
「…………」
「泣くな、枯れるぞ」
またポロポロ涙が零れるから、幸一君が少し笑って、どこかへ行く。
僕だってもう泣きたくない。
なのに幸一君の意見を聞く度に、涙が止まらなくなる。
ソファの上で幸一君と向き合っていた体勢のまま、泣き過ぎてフラフラする頭をソファの背に預ける。
そうしたら、タオルとお水を持ってきてくれた幸一君が、僕の頭を撫でるから。
いつかの転けた日のことを思い出した。
僕が落ち込んでいる時、いつも必ずこの手が僕が慰めてくれる。
「兄弟になったら、僕たち、どっちがお兄ちゃんになるのかな」
貰ったお水を飲みながらそう言うと、幸一君はきょとんとして、それから口を開く。
「さあ。涼太の誕生日は」
「僕は10月」
「俺は6月」
「じゃあ、幸一君がお兄ちゃんだ」
微笑むと、持っていたコップが取られて、残り少なかったお水を幸一君が飲む。
ぼんやりとその上下する喉仏を見ていたら、最後まで飲み切った幸一君が僕の上にきて、近付いてきて。
「変な扉開きそう」
「んっ」
濡れた唇でキスしてくるから、いつもより音が響く。
変な扉、と考えて、幸一君をお兄ちゃんって呼びながら甘える僕の姿を想像する。
確かにちょっと、何か、目覚めてしまいそうかも。
「お兄ちゃん……?」
「……こら」
キスの合間に零せば、唇を噛んで叱られる。
そうして離れていってしまうから、少しだけ追い掛けて、僕からも触れるだけのキスをした。
「僕たち、もう二人共今年の誕生日を迎えてたんだね」
「ん」
「来年はお祝いさせてね」
「うん」
「再来年もだよ」
「……分かってる」
その先もずっとだよ、という僕の願いを、汲み取ったように幸一君が笑う。
その笑顔に、大好きだと思う。
これからもずっと、そうであればいいなと思う。
「……さっき」
「ん」
「なんで溜息、吐いたの」
あの溜息を聞いた時、幸一君は甘える僕に、呆れたのかと思った。
けれどキスをしてくれて、キスができるくらいには、気持ちの熱があるのだと感じる。
「……最近、よくくっついてくるから」
「うん」
「キス以上がしたくなる」
「……へ」
じっと幸一君に見つめられて、顔どころか、体中が熱くなる。
キス以上、ってつまり。
「ずっと我慢してる。多分耐える為の溜息が漏れた。怖がらせてごめん」
「……あっ、そ、そうなんだ」
呆れられた訳じゃないならよかった、そう安心して息を吐くと、幸一君は僕の上から退いて、僕の直ぐ近くでソファに座る。
「涼太は」
「……え……あ、あの」
「……」
幸一君は目でも、涼太は、と問い掛けてくるから、泣き過ぎとはまた別のフラフラが僕を襲う。
僕は幸一君の真っ直ぐな目に弱い。
なんでも全部、打ち明けたくなってしまうから。
「僕……も、したい……」
言ってから、恥ずかしくて仕方なくて、両手で顔を覆う。
けれどその手は簡単に幸一君に回収されて、僕を見る幸一君と目が合う。
「それなら、来週末。父さん出張だから、泊まりにきて」
「……えっ、」
「しよう、涼太」
「し……」
「俺が愛したい」
「あ、あい……」
幸一君の真っ直ぐさの過剰摂取で倒れてしまう、と思った。
真剣な幸一君の態度が、色気を増していてクラクラする。
来週、来週……来週。
いつかできたらいいなとは思っていた。
それが、こんなに早くとは思っていなかった。
まだ心の準備ができていなくて焦る。
僕は何からしたらいいんだろう。
どうすれば幸一君と上手くできるんだろう。
「やってみよう、できるところまで」
「……幸一君」
「涼太。お願い」
「……うう」
幸一君のお願いなんて凄く珍しいと思う。
だからドキドキして、僕は参ってしまう。
それから小さく頷くと、掴まれた腕に力が込められる。
「ありがとう涼太」
「……うん。あの……こちらこそ、ありがとう」
聞いてくれてありがとう、受け止めてくれて、ありがとう。
それから、好きでいてくれて、ありがとう。




