揃いの
幸一君と付き合うこと、同性で付き合うこと。
そのことについて、最近よく考える。
多分、高二が近付いてきて、早くも進路の話が出てきているからだと思う。
先生は進路の話をする度に、『まだ先だと思ってたら遅れるぞ』ってよく言う。
それは長年、数々の生徒を見てきたからこそのアドバイスなんだと思った。
僕も実際、まだまだ先の話だと思っていたし、先生からそう急かされても、僕は何になりたくて、何になることができるのか、僕自身のことなのに、僕は全然分かっていない。
中学の頃は、どの高校へ行くか、偏差値は足りるか、そういう話が主だった。
けれど、高校生の今は、就職、という二文字も僕の中でチラついていて。
僕は、ずっと一人で育ててくれたお母さんに恩返しがしたい。
それに今年、誓ったのだ。
いつもパンを食べている幸一君に、僕のお弁当をあげる為、僕はお母さんに嘘を吐いて、お弁当の量を増やしてもらった。
そうした負担も掛けている分、僕は早く自立して、お母さんに楽をさせてあげたかった。
美味しいものを沢山食べさせてあげたいと、そう願ってもいる。
けれど、大学に行ってみたい気持ちもあって。
それ以前に、二年は幸一君と同じクラスになれるのかな、とか。
三年はどうなんだろう、とか。
幸一君は進路どうするんだろう、とか。
卒業しても、僕たちは一緒に居られるのかな、とか。
見えないこと、分からないことへの不安が、少し大きくなっていた。
それと同時に、やっぱり僕は幸一君と一緒に居たくて。
思い浮かぶのは『結婚』とか、そういう、法で縛られたものだった。
けれど僕たちは簡単に、結婚とはいかない性別の壁があって。
ずっと一緒に居たいだけだけれど、僕たちが二人で居ることに、嫌な顔をする人が居るということも、理解はしていて。
だから時々、泣きたくなるのだ。
好きなだけなのに、難しいことについて。
様々な人が戦ってくれて、いろんな制度が生まれ始めていることも知っている。
もちろん幸一君の気持ちだって大切で、けれど幸一君に、将来どうしたい?なんて聞く勇気はまだ無くて。
それなのに、僕は。
幸一君は、僕たちがずっと一緒に居ることで、家系が途絶えてしまうことに悩んでいたけれど。
僕はまだその手前の、ずっと一緒に居られる、居ても良い、という証明の方で引っかかっていた。
未来はどうなるか分からない。
だからこそ、繋ぎ止めておける何かが欲しかった。
僕たちのクラスや、進路が、もしバラバラになってしまったとしても。
僕たち二人はこれからも、ずっと傍に居ていいのだと。
これからもずっと、傍に居るのだという、証が欲しかった。
「……最近、静か」
「うん」
「何かあったか」
「ううん。幸一君が好きだってことを考えてた」
考え事をしている間は静かな僕を、気にしてくれた幸一君。
ぎゅっとその体に抱き付くと、幸一君も優しく抱き締めてくれる。
僕はこの温もりから離れたくない。
今すぐ幸一君を連れ去って、遠い島で、二人だけで生きていけたら良いのに。
でも僕たちはまだ学生で、僕たちは二人共、家族のことが好きだった。
寒くなるのと同時に、暗くなるのも早くなってきて。
危ないからって、早めに見送ってくれる幸一君に、優しさを感じると共に少しだけ、不満も感じていた。
僕は、こんなにもずっと一緒に居たいと思っているのに。
それは不満というより、ただの拗ねかもしれないけれど。
僕はちょっとだけ、モヤモヤとしていた。
だから。
「やだ」
「……」
そろそろ、って目をした幸一君に、僕はぎゅっと抱き付いて離れない。
だって、今から帰っても、まだお母さんが帰ってくるまでたっぷりと時間がある。
それならその分だけ、僕は幸一君と一緒に居たかった。
多分、将来のことを考える時間が増えたせいで、今こうして一緒に居られる時間がどれだけ貴重か、少し実感したせいもあったと思う。
「幸一君は寂しくないの」
僕から出た声は、思っていたよりも小さくて、そして拗ねている感情が明らかに漏れ出ていた。
幸一君の優しさは、僕の為を思ってのものだと分かっている。
分かっているけれど、寂しいものは寂しかった。
「はぁ」
「っ」
首元で、大きな溜息が聞こえて、息が詰まる。
その吐息が僕の首を撫でたせいもあるけれど、それ以上に、溜息が出るほど、呆れられたのだと思って。
体が固まって、一気に冷える。
ずっと幸一君と一緒に居たいのに、その幸一君に呆れられてちゃ駄目だろ、僕。
呆れられただけならまだ良くて、幸一君の中の、僕への気持ちがマイナスに傾いてしまったらそれこそ終わりだ、と怖くなる。
僕は抱き付いていた腕の力を緩めて、離れる。
幸一君の足に乗せていた足も途端に恥ずかしくなって、慌てて降ろした。
好きって気持ちを押し付け過ぎていたかもしれない。
好きって気持ちが溢れ過ぎて、独りよがりになっていた。
僕は泣きそうになるのを堪えながら、ちゃんと離れて、側に落ちていたカバンを拾う。
「ごめんなさい、あの、また明日」
そう言ってから、本当に僕たちに明日は来るのかなと思ってしまった。
仲が良いままの明日は来るのかなと、不安に思ってしまった時点で駄目だった。
目から涙が溢れて、次々に頬を伝って零れていく。
「おい、」
「上手くできなくてごめんなさい」
「え?」
「僕、全然上手くできてない。好きな人ができるのも、お付き合いも、全部初めてで、ごめんなさい」
本当はもっと上手に甘えたいのに。
本当はもっと上手に甘えさせてあげたいのに。
僕が最近考えていることだって、本当はもっと上手くできるはずなのに。
迷って、悩んで、躊躇して、結局、下手で。
情けなさが積み上がって、今崩れた。
ボロボロ泣く僕に、幸一君は何も言わないけれど、戸惑っているのを感じる。
「僕、幸一君が幸せで居てほしいのに」
僕自身も戸惑っていた。
僕も僕が変だと思う。
一度考えてしまった案が頭から離れなくて、絶対駄目なのに、絶対良いと思ってしまって、忘れたいのに忘れられなくて、僕はもう、ずっと、ずっとおかしい。
「僕のお母さんと幸一君のお父さんが結婚すればいいのに」
「……」
「そうしたら幸一君と家族になれるのに」
「……りょう、」
「そうしたらお揃いの苗字で、ずっと一緒に居られるのに」
「……」
「ごめん幸一君。僕ずっと最低なんだ」
僕と幸一君は、同性で。
学生で。
何も持たない、子供で。
そんな中で、家族になりたいと願ってしまった。
そんな中なのに、結婚すれば得られる同じ苗字に憧れてしまった。
順当にいけば得られるはずのそれらを、僕たちが得るにはハードルが高くて。
僕は皆の幸せを願っていて、好きな人には幸せでいてほしいと思っているのに。
皆を利用して、僕の望みを叶えようとしていて、僕のぐちゃぐちゃだった。
幸せで居てほしい。
幸せになりたい。
望んだものを得たい。
幸一君とずっと一緒に居たい。
多分、普通の恋人に向ける感情よりも重い僕のそれは、いつしか僕自身も押し潰していて。
自分の行動や思考に嫌気が差していた。
こんな危ない思考の持ち主は、真っ直ぐで純粋な幸一君や、僕のお母さん、幸一君のお父さんの、側に居てはいけないと思った。
自分勝手で、自己中心的なのに、気付いてしまってからは願うことを止められなかった。
『二人共凄く美味しいって喜んでくれてる』
『一生懸命感想を伝えてくれるの、嬉しいね』
『大切な時間として扱ってくれて幸せだね』
『なんかもう、家族みたいだね!』
僕は。
そうやってお母さんに、久保井家の二人と、関わることは幸せだ、という認識を刷り込むように、話していた。
僕はお母さんに、幸一君に、幸一君のお父さんに、顔向けできないほどのことをした。
罪悪感で押し潰されそうで、それ以上に、手に入れたくて仕方なかった。
『久保井』という、幸一君と揃いの苗字が。
「涼太」
僕の腕を掴んだ、幸一君の声が聞こえる。
涙が止まらないから、前はよく見えない。
それでも顔を上げると、幸一君とぼんやり目が合って。
瞬きした直後だけ、クリアになった視界で。
「一緒に地獄に堕ちるか」
幸一君が、そう言った。




