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第8話:鋼の重圧と、勝機の一閃

ダンジョン管理ギルド関西本部、地下闘技場。

ひんやりとした冷気が肌を刺す無機質な空間に、乾いた足音が響く。昇級試験のために集まった野次馬や、他のランク試験を受ける受験者たちの視線が、俺と俺の肩に止まるケイに突き刺さっていた。

「Fランクテイマー、漣。……テイマーが自ら剣を持って戦うのか? 珍しいものだな」

試験官として現れたのは、Cランクのベテラン冒険者『剛田ごうだ』だった。

その傍らには、彼のパートナーである中級魔獣**『鉄甲犬アイアンハウンド』**が低く唸りを上げて控えている。全身が黒く鈍い金属の毛並みに覆われ、突進力と噛みつきはDランクの魔物を容易に噛み砕く、まさしく王道の戦闘型テイマーの風格だ。

剛田が俺の装備を見て、苦笑しながら顎をしゃくった。

「規約通り、実戦武器の持ち込みは禁止だ。そこに並んでいる訓練用の木剣を選べ」

俺は壁のラックに向かい、一番重く、頑丈な『黒檀の木剣』を手にした。タングステン刀には及ばないが、これなら自分の身体能力を乗せて叩き込める。剛田もまた、同様の木剣を引き抜いた。

「ルールは単純だ。制限時間は10分。お前が俺たちの一撃を耐え抜き、あるいは一矢報いることができれば合格だ。……ただし、俺は手加減をしない。死ぬ気で来い」

剛田が木剣を無造作に構えただけで、周囲の空気が重くなる。

「……始め!」

合図と同時に、視界が歪んだ。

剛田が地面を蹴り、それと完全に同期して鉄甲犬が弾丸のように俺の左側面に回り込む。速い。ゴブリンとは比較にならない、洗練された挟撃の踏み込み。

「ッ!」

ケイの瞳が金色に発光し、俺の脳内に二つの軌道が光の筋として示される。

――鉄甲犬の跳躍噛みつき、そして剛田の本命の右袈裟切り!

俺は迷わず、鉄甲犬の突進ルートの直上へと飛び込んだ。

避けるのではない。ケイの『導き』が示した、犬の踏み込みが最も浅くなるコンマ数秒の隙間へ滑り込む。

「カァッ!」

肩の上からケイが鋭い『夜鳴き』を放ち、至近距離で爆音を浴びた鉄甲犬の耳がピクリと跳ねて軌道が一瞬ブレる。その隙を見逃さず、俺は手にした黒檀の木剣の柄頭を、鉄甲犬の顎の下へ強引に突き上げた。

ガッ!!

打撃の衝撃が俺の手首を痺れさせるが、鉄甲犬の身体は空中で大きくのけぞる。しかし、真の脅威はその直後に迫っていた。

「パートナーへの対処は上々! だが、本体が疎かだぞ!」

剛田の纏う強烈な殺気とともに、木剣が俺の脳頭部へ向けて振り下ろされる。

躱せない。俺はあえて体勢を崩しながら自ら地面へと倒れ込み、黒檀の木剣を斜めに掲げて剛田の刃を受け流す軌道を取った。

ギギギィッ!!

激しい摩擦音が響き、剛田の圧倒的な筋力によって俺の木剣は地面へと叩きつけられ、右手の皮膚が裂けて血が滲む。だが、完全に受け止めず「受け流した」ことで、剛田の重心はわずかに前方へと流れた。

その一瞬の隙。泥まみれになりながら見上げた視界に、ケイの導きが明確な『勝機』を焼き付ける。

俺は地面に転がった姿勢のまま、両手で掴んだ木剣を、剛田の軸足の足首へ向けて文字通り「へし折る」ような勢いで横薙ぎに叩き込んだ。

「……ぬぅっ!?」

剛田が驚愕し、強引に足を引いて回避する。その瞬間、彼の完璧だったバランスが完全に崩れた。

そこが、ケイの指ししめした唯一の死角。

俺は空いた左手で地面を突き、跳ね起きると同時に、右手の木剣を剛田の首筋――ではなく、防御のために咄嗟に掲げられた彼の木剣の『つか』に向けて、全体重を乗せて叩きつけた。

ガゴォォン!!

闘技場に、木製品とは思えない凄まじい破壊音が響き渡る。

剛田の木剣がその衝撃で手元から弾き飛ばされ、乾いた音を立てて砂の上に転がった。俺の木剣の先端が、剛田の喉元でピタリと止まる。少し遅れて、体勢を立て直した鉄甲犬が俺の喉元に牙を突きつけていた。

三人(二頭と一人)の動きが、完全に静止する。

「……そこまで!」

立会人の声が響き渡った。

剛田は弾かれた自身の右手を見つめ、それから呆然とした様子で俺を見下ろした。その腕は、俺の木剣の衝撃を殺しきれず、微かに震えている。

「……おいおい。俺の鉄甲犬の癖を見抜き、さらに俺の『防御の型』の歪みを狙って、ピンポイントで柄を叩き落としたのか? Fランクのテイマーが、木剣一本で俺の武器を奪うとはな」

剛田はフッと表情を緩め、闘技場の観客席に向かって、呆れたように、しかし誇らしげに言い放った。

「合格だ。……いや、Fランクの器じゃねえな。こいつの戦い方は『強者』のそれじゃない。格上の喉元を、泥水をすすってでも食い千切ろうとする『捕食者』のそれだ。全てが歪で――だが、極めて合理的だ。評価は『極めて優秀』としておく」

闘技場の静寂が、割れんばかりのどよめきに変わる。

俺は木剣を戻し、震える手でケイの頭を撫でた。

「見たか、ケイ。……これが、俺たちの力だ」

勝敗は関係ない。だが、俺は今日、確かにこの世界の一線級のテイマーとそのパートナーに、冷や汗をかかせてみせた。

Eランクへの昇格は、単なる通過点に過ぎない。俺の視線の先には、あの暗い縦穴と、その奥に眠る真実がある。

剛田と鉄甲犬の視線を背に受け、俺は闘技場を後にする。その背中は、もはや昨日までの臆病な少年のものではなく、獲物を狙う獣のそれへと、確かに変貌を遂げていた。


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